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リアル対局武勇伝ムスイ 【2】 ~一杯のかけそば ~

作者: ムスイ

タイトルに深い意味はありません。

私の名前は『ムスイ』。

56歳の囲碁のプロ棋士である。


昨年、本因坊戦の挑戦権を獲得したものの

3勝4敗でタイトルを逃してしまった。

もう限界だろう。


私は田舎の方にある中古のお店を購入し

「囲碁が打てる蕎麦屋」を経営することにした。


以前、蕎麦屋さんでアルバイトをしたことがあるため知識はある。

これからは「囲碁が打てる蕎麦屋さん」として

囲碁を愛する人たちの集いの場を提供できればと考えている。


妻は店を開くことに反対だった。

しかし、私も年齢が年齢であるため、今後の活躍は難しい。

生きていく上で必要な選択だったと思う。


そして、いよいよ開店日を迎えた。


初めてのお客は「母親」と「小さな息子さん」の2人。

私がプロ棋士であることを知っており

子供の囲碁を見てやってほしいとやってきたのだ。

息子さんは小学一年生とのこと。


母親と息子さんは碁盤のある席に座った。


「あの、対局後にかけそばを・・・一杯、お願いします・・・」


なんだか申し訳なさそうに母親は注文した。

母親も子供も身なりが良いとは言えず、色々と察するところがあった。

「ご注文、ありがとうございます」

そう言って、私は2人の対局を横目に「そば」の準備を始めた。


対局開始。

2人とも、かなり囲碁を打てるようだった。

実力はアマの5~6段くらいはありそうだ。


母親は安定した綺麗な囲碁を打つなという印象を受けた。

対して、息子さんは少し荒い。

いい手を打つが、やり過ぎだと感じるところもあった。

そういったところを直せばもっと伸びるのではないかな。


何にしても、小学一年でここまで打てるというのは驚きだ。

全国大会でも上位を狙える強さだと感じた。


しかし・・・・・息子さんの打ち方には、何やら違和感を覚える。

それが一体何なのか、私にはどうしてもわからなかった。


対局は終盤へ。

息子さんの方が優勢であったが、際どいところで地を失う結果に。

逆転となり、母親が勝利した。

どちらが勝ってもおかしくはない見事な対局だったと私は評価した。


私は注文を受けていた「一杯のかけそば」を持って行った。

母親は息子さんに食べるよう促した。

しかし息子さんは「負けたから食べない」と拒否してそっぽを向いた。


よく見ると、母親の「手」はかなり細かった。

隠すように服を着ていたためわからなかったが、かなり瘦せ細っている。

あまり食べていないのではと思った。


だからこそ、気づいた。

対局中に感じた「違和感」の正体に。

息子さんは「計算された悪手」を行っていたのだ。


息子さんは対局中「好手」を打ち続けていた。

その「好手」が終盤になって「悪手」に変わってしまった。

それが敗因だった。


私は「運が悪かったな」くらいに見ていたが、それは運ではなかったのだ。

彼は最終的に悪手になるよう計算したうえでの好手を打ち続けていたのだ。


それは囲碁において、まったく必要のない技術だった。

しかし、彼が生きていくうえでは必要な技術だったのだろう。

母親に食事をしてもらうためには、それしか方法が無かったのだ。


彼も小学一年生にしては体が小さい。

自分だってお腹が空いているだろうに・・・・・。


そんな時、私はミスを犯してしまった。

つまづいて「伝票バインダー」をそばの中に放り込んでしまったのだ。

汁が飛び散り、母親の服にかかってしまった。


「申し訳ありません!」


私は急いでタオルを持っていき、何度も何度も頭を下げた。

母親は大丈夫だと言ってくれた。


その後、お詫びとして「そば」を2人分提供した。

そして封筒に「クリーニング代」を包み手渡した。

母親は必要ないと言っていたが、私はどうしてもと受け取ってもらった。


2人が帰るのを見送る私。

あれだけ打てるのであれば、いずれはプロの世界にやってくるだろう。

10年後が楽しみだな、と思った。


   ~~~ 完 ~~~

■後日談


「強いと判断した人は無料」と看板に書き加えた。


常連たちは、息子さんに「もっと大きくなれ」と毎回そばを奢った。

「そばだけじゃ大きくなれんだろ!」と何故か私が怒られた。

仕方がないので、そば以外の料理も出すようになった。

もはや蕎麦屋とは言えない店になってしまった。

息子さんは「食べきれないから」と毎日料理を持ち帰った。


■著者あとがき


10年くらい前に書いた「元ネタ」がありましてね。


・母親はふくよか

・子供は痩せ細っている

・豪華なそばを一杯だけ注文

・蕎麦屋で対局し、母親が勝利

・母親は食事、ひもじそうに見つめる子供

・そして2人は帰っていった

という、酷い母親の物語にしていました。


これを公開したときに

「子どもが母親を思ってわざと負けてやった」

という暖かい発想のコメントをいただきましてね。


その案をもとに10年ぶりくらいに書き換えてみたのが

今回の内容となります。

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