粒は何かを落とすもの?(タマゲッターハウス:ローファンタジーの怪)
タマネは通っている中学で卓球部に所属している。
部内での実力不足に悩んでいたとき、一匹の不思議な黒猫にであった。
このお話は『小説を読もう!』『小説家になろう』の全20ジャンルに1話ずつ投稿する短編連作です。
舞台や登場人物は別ですが、全ての話に化け猫屋敷?が登場します。
武 頼庵(藤谷 K介)様の『この作品どう?企画』の参加作品です。
卓地タマネは中学一年生の女の子。
中学校で卓球部に所属しているが、部内でそれほどうまい方ではない。
数少ない卓球台を上級生が優先的に使うため、練習不足が気になっている。
数日後に、地域での複数の中学校が集まって卓球の試合をする交流イベントがある。タマネもそれに参加する予定だ。
参加者の中では弱い方だと感じており、せめて一回は勝ちたいと思っている。
とある休日、タマネがスポーツ専門店で買い物をし、帰り道を歩いていた。
「今度の卓球の試合、勝ちたいな……」
タマネがそうつぶやいたとき、ニャーという猫の鳴き声が聞こえた。
なんとなく、呼ばれたような気がする。
そちらを見ると、黒い猫がタマネをじっと見ていた。
以前から通学時などにも見かけていて、時々撫でさせてもらっている。
黒猫はもういちどニャーと鳴いて歩き出す。
タマネには『ついておいで』と黒猫が言ったように思えた。
黒猫は立てた尻尾をふりふりしながら歩いていく。
タマネがついていくと、黒猫はときどき振り返り、そして先導するように歩いて行った。
商店街を抜けて橋をこえ、信号機のある交差点ではちゃんと青信号で渡っていた。
やがて、町はずれの雑木林の入り口に到着したところで、ニャーと鳴いた。
『ここだよ』と言っている……ような気がした。そして林の中に入っていった。
林の中には洋風の黒っぽい建物があった。
外壁は黒い木の板で覆われ、その上に古びた看板がぶら下がってる。
看板には『九十九屋』とあった。どうやらアンティークショップのようだ。
こんな店があることをタマネは知らなかった。
店の前には家具や時計が並び、解放された扉の横には少し錆びついたベルが取り付けられている。
タマネが店に入ると、優しげな灯りが古道具や家具の一部を照らしていた。
店内にはさまざまな時代の品々が陳列され、棚の上には古い本や陶器が積まれていた。
「いらっしゃいませ~。……あれ? トステバ?」
店長らしき男の人がいて、タマネを笑顔で迎えてくれた。
年齢はよくわからない。大人の雰囲気だけど若そうにも見える。
なんとなく顔が猫っぽい? タマネはそう感じた。
その足元にさっきの黒猫が『ただいま~……。お客さんを連れてきたよー』というように鳴いて、じゃれついていた。
「お嬢さん、ゆっくり見ていってね」
「あ、はい」
猫さんは、気分転換のためにここに連れてきてくれたのかな?
そう思ったタマネは、ショップの中を見て回ることにした。
壺に香炉、西洋人形、オイルランプ、茶道具、食器、兜に置物……いろいろなものが並んでいる。
壁を見ると掛け時計に油絵、水墨画に掛け軸、お面などが見えた。
数多くの骨董品がきれいに並べられている。
品物も店内も掃除がいきとどいているようで、素敵なお店だと感じた。
タマネの足元からニャーという声がした。
『あっちも見てみなよ』
猫がそう言っているかに聴こえた。
タマネが猫の見ている方を向いた。店の奥の壁に扉があり、その向こうに卓球台が見えた。
「あの……。店長さん、あの卓球台も売り物なんですか?」
「そうだよ。まぁ、買っていく酔狂な人は少なそうだけどね。実は、私も若いころに少し卓球をやってたんだ。あの台は長く使ってなかったから掃除をしていたのさ。気分でネットを張ってみたけど、相手がいなくてね」
若いってどのくらい前だろう? とタマネは思った。
今でも十分に若く見える。タマネには、この人には以前にも会ったように感じられたが、いつどこで会ったかは思い出せない。
「じゃあ、少し打たせてもらえませんか。あたしも卓球部なんです。ラケットも自分のがあります」
「そうなの。じゃあ、お願いしようかな。あ、紹介が遅れたね。ぼくはこの九十九屋の店主で五徳 静林」
「あ、ツクモって読むんですか。キュウジュウキュウ屋って変だと思ったんですよ。あ、あたしは卓地 珠音です」
「タマネちゃんか。それじゃあ、少しやってみようか。よろしくね」
タマネと店主はそれぞれのラケットを持って卓球台に移動した。
二人で軽く打ち合いを始める。
黒猫は棚に上がって、二人の様子を見守っていた。
ラリーを続けながら、タマネはこんど参加する交流イベントについて話した。
自分の実力に不安があることも。
「そうだねぇ。ヒマなときは相手をしてあげられると思うけど、すぐに上達するのは難しいかな。あ、そうだ。タマネちゃん。きみのラケットを見せてくれる?」
「あ、はい。どうぞ。姉のお古なんで、少し汚れてますけど」
タマネが自分のシェークハンド型ラケットを店主に渡した。
両面にラバーが貼ってあるが、タマネは赤色の普通のラバーしか使わない。
裏面には黒いイボイボがついたラバーが貼られている。
元々このラケットを使っていた姉は、県外の全寮制の高校に行っていて、しばらく会っていない。
「裏はツブ高のラバーだね。タマネちゃん。こっちは使わないの?」
「黒い方はスポンジが入ってないんです。相手に強く打たれると受けきれないので使いません」
普段の赤いほうは、ラバーと本体の間にスポンジが入っており、ピンポン玉の勢いをおさえてくれる。
黒い方にはそれがないので、強い球を打ち返すと相手コートをこえてしまうのだ。
「じゃあ、タマネちゃん。少しの間、ラケットを交換してもらってもいい?」
「あ、はい。いいですけど」
ラケットを交換して、もういちどラリーを始めた。
何度か打ち合いをした後、店主は「じゃあ、行くよ」と言って、ラケットを手の中でくるりと回し、黒い方で打った。
さっきまでと同じコース、同じ速さで飛んできた。
タマネが打ち返したピンポン玉はネットを超えられず、自分側のコートに落ちた。
「あれれ? なんでー?」
「何が起きたかわからないみたいだね。タマネちゃん。これがツブ高ラバーの特徴だよ」
部屋の壁に古風な小型の黒板があった。
店主はチョークで黒板に何かをかきはじめた。
「ラケットで玉を打つとき、ふつうは下から上に振りあげるよね。玉に当たるときに上向きにこすっているんだ。そうすると、飛んだボールは進行方向に回転するんだよ」
「それで、もしもこの玉がカベにあたれば、回転の影響で上に跳ね返るよね。相手がラケットで打ち返すときも上に跳ねあがろうとするんだ。だから、打ち返す相手はコートをこえないように、ややかぶせ気味に打つ。打ち返された玉の回転は逆になって、戻ってくる進行方向に回転する」
「そう……ですね。あまり考えたことはなかったです」
「で、その玉をツブ高ラバーで打ち返せば、玉の回転を残したままで跳ね返るんだ」
「……はい?」
店主は図で説明を続けた。
打ち返した玉は、進行方向とは逆の回転で飛ぶ。
相手が気づかずに同じ打ち方をすると、玉はコートに落ちるのだ。
「まぁ、全日本の大会レベルになると、玉に刻印されたマークの動きで気づかれるらしいけどね」
「そんなお化けみたいな人の大会じゃないから、大丈夫だと思います」
「それじゃあ、ふだんは赤い方で打って、途中で黒に持ち替えて打ってみようか」
タマネをラケットを返してもらった。
店長にうながされて、その場でラケットをくるくる回して裏表を持ち替えてみた。
その後、店長と打ち合いをつづける。
途中で、ラケットを回転させて裏表を持ちかえる練習をした。
「タマネちゃん。せっかく両面にラバーがあるんだ。バックハンドは使わないの?」
「それ、苦手なんです」
バックハンドは、身体の左側に飛んできた玉を右手のラケットの裏面で打ち返すやりかただ。
タマネは過去にバックハンドで、裏の黒ラバーで打ったこともある。
でもボールが変なところに飛んでしまうのだ。
おそらく、さきほど店長の解説した回転が逆になることも影響しているのだろう。
今までは左にきた玉は、強引にもっと左に走り込んで打ち返していた。
もちろん、それだと間に合わないことが多い。
店長はピンポン玉がたくさん入ったカゴを持ってきて卓球台においた。
「じゃあ、こんどはバックハンドの練習をしてみようか。ぼくはタマネちゃんの左面に連続でいれていくよ。タマネちゃんは打ち返すんじゃなくて、玉が飛んでくる方向に押し返すイメージで、ラケットを当ててみて」
「あ、はい。わかりました」
店長は玉をつぎつぎに打ち込んでいった。
タマネは左側にきた玉を、右手のラケットの裏面で押し返した。
最初はラケットを玉に当てられなかった。
しばらくすると、玉を前に返せるようになったが、相手コートに入らない。
が、カゴの玉がなくなる頃には、相手コートに返せるようになった。
「だいぶうまくなったよ。タマネちゃん。試合でも活躍できるようになったと思うよ」
「ありがとうございます。あ、球拾いやりますね。……あれれ?」
床にたくさんの玉が転がっている……と思ったけど、少ししか落ちてない?
『だいじょうぶだよ。まかせて』
よく見ると店長の足元にはカゴがあり、ピンポン玉がいっぱい入っている。
そこに黒猫のトステバちゃんが、玉をくわえてきてカゴに入れるのが見えた。
「トステバが全部集めてくれてるから、任せるといいよ」
「わぁ、トステバちゃん、すごーい!」
その後、タマネは店長に黒ラバーでのサーブのコツなども教わり、楽しい時間を過ごすことができた。
数日後、交流イベントの日を迎えた。
タマネはあの後、部活の練習でも黒ラバーを使っていた。
同級生との試合では、何度か得点することができた。
レギュラーの先輩と試合したときは、すぐに対応されたのだが。
「やっと両面が使えるようになったんだね」
と、先輩からは、ほめているのかけなしているのかよくわからないことを言われた。
卓球大会の会場に入ろうとしたとき、ニャーという猫の声がきこえた。
あれれ? もしかして……
見覚えのある黒猫が塀の上でこちらを見ている。
『がんばれ。勝て!』
たしかにそう聴こえた。
タマネはこぶしをぎゅっと握って、黒猫に軽くうなづいた。
「タマネ、どうしたの? 行くよー」
「はーい」
先輩に呼ばれて、きびすを返した。
トステバちゃんも、きっと店長さんも応援してくれている。
それならきっと今日の試合にも勝てる。タマネはそう思ったのだ。
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