それが「好き」ってこと
年長組高校二年の春。
多少センシティブな描写を含みます。
デート終盤、午後四時半。恋人の家に遊びに来ている。
「すごい量の本だな。分厚いのから……薄い本まで。」
俺の超可愛い恋人、忍ちゃんは、所謂腐女子である。初めて見たなあ、同人誌ってやつ。これプロが描いてる訳じゃないんだろ? めちゃめちゃ絵が上手いな。
「ご、ごめんね……しまうところ足りなくて……。本当は船井くん呼ぶ前に、もう少し片付けておくつもりだったんだけど……。」
さて、彼女が腐女子であることを最近別の人から耳にしてしまい、数日前にそれを知った本人から死にそうな顔でカミングアウトされたわけだけれど、別にそれで忍ちゃんがちっちゃくて真面目で控えめで可愛いことが揺らぐ訳でもないし、だからなんなのって感じだった。世間一般では腐女子とかオタクの子を嫌う傾向があったりするのか? よくわかんない。
「いいって、いいって。俺が無理に遊びに来たいって言ったんだし。」
……っていうかむしろ、今回俺がこうして無理言ってまで彼女のひとり暮らしのアパートへお邪魔したのは、そんな忍ちゃんの趣味に乗じた、下心のためだったりする。
「座って待ってて。お茶持ってくるね。ペットボトルだけど。」
「え、いいのに。気い遣わせてごめんな?」
首を振ってキッチンへ向かう忍ちゃんを見送り、緑系の色味で統一された部屋を見渡す。落ち着いた趣の、忍ちゃんっぽい部屋。そんな中で異質なのは、部屋の隅に積まれている、ちょっと際どい表紙の同人誌。
「……想像より、いいな、これ……。」
思わず、小声でそう呟いた。女の子の部屋に助平なコンテンツが存在するというのは、言葉を選ばず申し上げると……大変にそそる。
肉食系女子と付き合ってたこともあるけど、あの子らもエロ本とかはさすがに持ってなかったし。まあ、持ってても隠すわな。なのにそれが清楚な黒髪ぱっつんツインテ美少女の部屋に、堂々と大量に積まれている……? ギャップも相まって、最高じゃんか。
俺ら頭ピンクの高校生男子とは違い、良い子の忍ちゃんの持ち物なので当然、ここに成人向けのものはない。彼女がこれを「尊いもの」と位置づけており、決して己のオカズにしているのではないということも知っている。
でも、こう……だって、本番なしでもさ、これの大半がちょっとはえっちなお話なわけじゃん? たぶん。表紙から見るに。それをだよ? この清楚が服を着て歩いているかのような見た目の可愛い忍ちゃんが、夜な夜な読んでいる……? これに興奮しない彼氏いる?
「船井くん……ほんとに嫌じゃない……? こんなの読んでる彼女、気持ち悪くない?」
俺の視線を追ったらしい忍ちゃん。不安そうに尋ねてきたのに顔を上げた。ひとりで内心大興奮している俺に対して不安そうな彼女を見てはさすがに申し訳なくなって、気持ち明るい声を心がけて口を開く。
「気持ち悪いなんて、まさか。忍ちゃんの部屋、綺麗だな。俺の部屋なんか、もっと見せられないようなもの置いてあるよ。」
言いながら勧められたクッションに腰を下ろした。持ってきてくれたグラスに口をつけたところで、忍ちゃんも俺の隣に座る。あれ、忍ちゃんはお茶飲まないのかな。グラス、俺の分しかないけど。
「本ばっかり買うから、他が殺風景なんだよね……。もっと可愛く出来たらいいんだけど。」
ゴウンゴウン、と洗濯機が音を立てる。これだけ回させて、と言われたその音が生活感を助長して、余計になんかムラっと来るんだけど……。いやもう俺多分、何をしてもしなくてもムラつくわこれ。仕方なく無い? 部屋中忍ちゃんの匂いするんだよ?
「十分、可愛いと思うけどな。」
無難な言葉しか出てこず、平静を装い切れていない俺に気づいているのか居ないのか、忍ちゃんはじっとこちらを見つめてくる。いや可愛いな……やめて我慢できなくなっちゃうから……初めての子相手にがっついちゃダメなことくらい分かってるから……ってよく考えたら俺、処女相手にするの初めてじゃない? 大丈夫か? 無理させずに抑えられるか?
「初めて来たのに、なんか落ち着く部屋。でも……」
「でも……?」
理性はなんだか文句を言っているけれど、うるさい心臓と洗濯機の音が思考の邪魔をする。少しだけ躊躇って、でもやはり俺も男の子なので。
「忍ちゃんのいい匂いがして、ちょっと、えっちな気持ち。」
腰に手を回したら、下心が口からこぼれた。忍ちゃんは目を真ん丸にした後、その腕を拒むでもなく、ただ、小さくなってしまう。やばいかな。体目当てみたいに聞こえたかな。ちょっとそのきらいがあるから否定もしきれないけどな。どうしようかな。自分本位に言い訳を探るうち、口元を抑えながら忍ちゃんが口を開いた。
「あ、の……今日は……ごめんね……あの……女の子の日なので……。」
赤らめた頬、外された視線、その割にこちらを向いては俺の胸に顔を埋め、背中に回してきた細い腕。
言い訳がテンプレートで可愛いなあと思いつつもちょっとガッカリした俺へ、忍ちゃんは続ける。
「お家に呼んだら期待させちゃうってわかってたけど……もう少し船井くんと一緒にいたくて断れなかったの……。ごめんね? 嫌いにならないで……。」
見上げてきた涙目で言われて、良心が痛んだ。それはずるい……。一方的に俺が盛ってただけなのに、そんなふうに謝るのはずるい……。
「嫌いになんかならないよ。むしろごめんな? 怖がらせちゃった?」
ぎゅうと抱きしめると、腕の中で彼女はふるふると首を横に振った。
「その……おっぱいもお尻もぺたんこの貧相な私で、えっちな気持ちになってくれるのは……嬉しい。」
……は?
「……そういうこと言うの禁止……我慢できなくなっちゃうよ俺……。」
すでにフルで元気になってしまっている部位を極力当てないように気をつけながら腕に力を込める。えへへ、と可愛らしく笑い声を落とし、忍ちゃんの腕も力を強めた。いや可愛くない? 俺の彼女めっちゃ可愛くない?
「……ちゅーもだめ?」
「ちゅーは……いいよ?」
許可を得て唇を重ね、再度抱きすくめる。なんだろこれ……今まで付き合ってきた子たちと違う……ちゅーだけでこんなに満足感あるもん? いやこの起立した息子さんはあとからどうにかしなきゃならないけど、それは置いといて。これまで相手の生理中とか、口では心配してたけど、クソつまんなかった思い出しかないんだけど。忍ちゃんなら全身全霊で労わってあげたいわ……たとえ嘘の生理でも。え、てか、かつての俺最低か? 生まれ変われてよかった。ありがとう神様仏様忍様……。
「船井く……」
「尋。」
「……尋くん。」
少し強引に名前で呼ばせては、「なあに」と上機嫌に手を離してやる。忍ちゃんは上気した顔でこちらを見上げ、それから照れくさそうに視線を逸らした。もう全部かわいいな……。俺どうなっちゃったんだろ……こんなこと話したら惺にくそ笑われそ──
「来週、また……来てくれたらその……いい、よ?」
──え?
「……大丈夫なの?」
目を瞬かせる俺を見上げ、忍ちゃんは小首を傾げる。
「女の子の日……来週なら終わってるので……?」
何で? と言いたげな目に生唾を飲み込んだ。あ、マジで生理中なのか。したくない口実かと思ったんだけどマジのやつだったのか。え? 嬉しいが? いや、待て、落ち着け。
「てか、今日辛いのに無理してデート来てくれたんじゃないの? お茶までいれさせてマジでごめんな?」
「痛みとかはあんまりない方だから、大丈夫だよ。」
はにかんでみせるけど、なるほど、冷たいお茶を俺一人に出したのはそういう事か……冷やしちゃダメなんだもんな。夏祭りでかき氷勧めたら、香奈朶に半ギレされたことある。
「それに……ふな……尋くんと、一緒にいたかったし。」
もじ、と所在無さげに両手を合わせた忍ちゃん。
「……可愛いのも大概にして……。」
遂に口から出た。忍ちゃんは真っ赤になってこちらを見上げてくるけれど、視線を交わさず、またぎゅうと捕獲する。
「苦しいよ、尋くん……。」
「やたら煽ってくれちゃってさ……来週、覚悟してよね。」
鼓動が伝わってくる。たぶん、こっちのも筒抜け。
幸せだなあなんて思いながら、届いた抗議の声に肩を揺らした。
「初めてなので……優しく……してください……。」
「ふふふ、どうしよっかな。」
一年後
忍「はー……さとひろの尋くんには、全ギレでにゃんにゃん言って欲しい……。」
尋「本物の尋くんは忍ちゃんとにゃんにゃんしたいんですが、そこんとこどうですか?」
忍「締切チキンレース三徹目なのでごめんなさい。」
尋「はい……お茶淹れような……。」
忍「尋くん好き。」
尋「知ってる俺も。」




