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戒め荒療治

年長組高校三年の夏。

「そういやさ、夏休みといえば、覚えてる?」

 切り出したのは(ひろ)だった。

 現在時刻は二十一時。会議通話の画面には四人の顔が並んでいて、それぞれシャープペンシルを片手に作業に励んでいる様子である。

 こうでもしないと宿題になんぞ手をつけないぞ、ということで、夏休みも半分を過ぎた辺りで焦り始め、夜八時から日付が変わるくらいまでの時間、お互いを監視すべくだんち〜ず☆メンバーとゲスト組でのビデオ通話を毎日開催することにしているのだ。参加は自由。なんとなくゆるっと始まって、ぽつぽつと途中退席を挟みながら、ゆるっと終わる。

「何を?」

 今日のメンバーは今のところ、尋、付和(ふわ)香奈朶(かなた)、そして(しのぶ)の四名。手を止めて聞き返した付和へ、愉快げな尋が続ける。

「付和の親父さんにしこたま怒られて、庭の木に吊るされたの。」

「えっ。」

 思わず、といった様子で顔を上げた忍。付和の父親には何度か挨拶したことがあるが、そんな虐待まがいのことをするような人物には見えなかった。聞き間違いか……?

 しかし、驚きを示したのは彼女ひとりで、付和と香奈朶はなんでもない風に肩を揺らしてみせた。

「懐かしいな。」

「あはは、ちょうど私と尋と付和だったよね?」

「かなちゃんも?!」

 二重の驚きである。どんな悪さをしたのであれ、たとえ男の子であっても木に吊るすのはやりすぎだと思うが、女の子にも容赦がないだと……?

「今なら虐待だって騒ぎに、なりそうだがな。」

 忍の思考を読んだかのような付和の発言へ視線をそちらに向ける。宿題をこなす手を止めた香奈朶が、夜食のピーナッツを摘んで頷いた。

「まあ、それだけの事しちゃったんだよ。私たちがね。」

 さも当然のように言われては「そうなのか」と納得しそうになる。いやでもやっぱり木に吊るすのはダメじゃない……? 怪我しそう……。いやでもだんち〜ず☆のこの感じ見てると絶対子供の頃ヤンチャだっただろうからな……それくらいしないと言う事を聞かなかったのかしら。案外子供の体って丈夫にできてるし……まあ、無事だったならいい……のか……?

「縛られたってこと、だよね? 痛そう……」

 色々考えた末に残った感想を正直に述べる。そんな忍の言葉へ、尋が首を横に振った。

「痛くはなかったな、そういや。上手いこと縛ったんだろ。小三の時だっけ?」

「確かな。」

 付和が同意するとほぼ同時、通知音とともに画面が四分割から五分割に切り替わる。

「やほー。」

「お、おーちゃんやっほ。」

 遅れてきたのは(おおい)だった。即座に反応した尋のあと、ほか三人も彼が元気に振る手へ応える。

「何の話してたの?」

「私たちが付和パパに吊るし上げられた話っ。」

 鉛筆を削る音を響かせながら問う覆へ、その通りなのだがなんだか語弊のありそうな返答をするのは香奈朶である。

 さて覆も例に漏れずなんということはない風で、懐かしそうに数回頷いてみせた。

「ああ、樫の木に? 懐かしいね、覚えてるよ僕も。」

 忍の暮らしていた少子高齢化地域で同じことが起こっていたら、最悪の場合、警察沙汰になっていたことだろう。おおらかというのか、なんというのか……。いやでも彼らがこうして健やかに大きくなっているのだから良いのかしら……いや、なんかまだ腑に落ちないけど……。

(さとる)(すぐる)とで冷やかしに、来たもんな。」

「人聞きの悪い。あれは心配してたすーちゃんを連れてってあげたんですー。」

 忍がカルチャーショックを受け入れられない間にも、話はどんどん進んでいく。

 だんち〜ず☆全員の名前が出揃ったところで、「あー……」と気まずげに、吊るされたという当の三名が声を揃えた。

「まあ、俺たち意図せずとはいえ、すぐちん生贄にして逃げたからな……。」

「それで余計に叱られたんだよね。」

 頬をかく尋、次いで眉を下げた香奈朶。忍の知る限り、だんち〜ず☆の面々は年長組が年少組を正しく可愛がっている印象なのだが。最年少をいじめるような真似をするなんてそんな……嘘だ……。

「そもそも、そんな叱られるって、一体何したの?」

 解釈違い案件を一旦置いて、忍は麦茶片手に問う。「ちゃんとエアコン入れてる?」と尋が言うのに頷いて、結露したコップを珪藻土コースターへ戻した。

「あー……お恥ずかしい話、なんだが石投げて遊んでて人んちの、窓ガラス割って逃げた。」

 付和から回答を得ると同時、忍の口から「ああ……」と声が漏れる。「そりゃあ叱られるわ」と暗に示され、ほか四人は声を上げて笑った。

「焦ってたからすぐちん付いてこられてないのに気づかなくてさ、置き去りにしちゃったんだよね。」

 嘆息しつつ、缶コーヒー片手に尋。同じく眠気覚ましにこちらはグラスのアイスティーをストローでひとくち含み、香奈朶が大きく頷いた。

「すーちゃん石投げ参加してないのに一人で取り残されて、私たちの代わりに泣いて謝ってくれたんだよ。えらいよね。」

「それはえらすぎる……。」

 香奈朶に同意し、忍はほうっと息を吐いた。よかった。解釈違いじゃなかった。ただ年長組が浅はかだっただけだ。安心した。

「すーちゃん、えらいっていうか、かわいそうだよ。年長組の対応がゴミすぎるばかりに。」

「うん。それはそうね。」

 忍が心の声においてもオブラートに包んだそれを覆から率直な言葉にされ、尋は再度頬をかく。自嘲気味に肩を竦め、付和が続けた。

「まあそんなことに、なりゃあとっ捕まって、怒られるわなって。」

「一時間くらいみっちりお説教されたよね。」

「そうそう。そんで反省が足りないっつって、縛られて吊るされた。」

 みんなの記憶が正しければ、傑については当時小学一年生だ。そんな小さな子を一人残して年長組が逃げたとなれば、こっぴどく叱られるのは想像にかたくない。

 忍も「確かにそれは吊るされても仕方が無いか?」という気になってきたところで、これまではペンを走らせながら毒を吐いていた覆が手を止めてにまりと笑んだ。

「外野からすればだいぶ面白かったよ。めっちゃ笑ったもん。無様で。」

「ひでえ。」

「傑だけは『三人が死んじゃう』って心配、してくれたけどな。」

 思わず「天使かな……」と漏らした忍を見、尋が露骨に膨れる。忍はだんち〜ず☆においてすー推しなのだが、忍の恋人として、尋はそれが悔しいらしい。ごめんねひろりん……私、苦労人ポジが性癖なんだ……。

 しかし荒療治だけれども、彼らが反省したのならば、かのしつけは正解だったのかもしれないな、と忍は思う。忍が同じことをされたものならトラウマになっていただろうが、こうして笑い話に出来るくらいには皆経験を糧にできているのだろうし――

「でもあれ、わりと楽しくなかった?」

「そうそう。途中からアトラクションみたいな感覚で遊んでたよな。」

「惺はどうかわかんないけど、僕もちょっと『いいなー』って思ってた。」

「メンタルが強すぎなのよ反省して?」

 忍が口にしたド正論にどっと笑い声が上がる。彼らと出会って約一年。忍も彼らの扱いに慣れたものだ。

「でもさ、あの時付和だけめっちゃ泣いてなかった?」

 と、思い出した風なのは尋。

「あ、そうそう! 珍しく付和がびしょびしょに泣いてたもんだから、さすがに僕も惺も触れられなかったもん、あの時。」

 同調した覆の言葉を受け、忍は画面上で視線を付和へと移した。

 当時小学生とはいえ、確かにこの年齢不相応に落ち着いた男が父親から叱られたくらいで大泣きする姿は想像できない。同じ泣くのでも歯を食いしばって「泣くもんか」と意地を張りそうなものだが。

「ああ……まあ叱られて、泣いてたわけじゃあないからな。」

「どゆこと?」

 尋に聞き返された付和は即答せず、画面から目を逸らした。一様に首を傾げたほか四名。視線をどこか遠くへ向けたまま、付和はため息をつく。


「自分にしか見えない鬼の、形相の老婆に小一時間、凄まれてみろ。またあんな目にあったら今でも、泣く自信があるぞ俺は。」


 覆と尋との口から「えっ」と零れたのが重なった。数秒の無言の後、遅れて理解したらしい香奈朶が口を開く。

「あっ……なるほど……?」

「それはつまり……付和くんにだけはその時、おばけが見えてたってこと?」

 質問するまでもなくそういうことだろうとは思いつつ忍。頷いた付和はようやく画面へ視線を戻し、再度大きく息を吐いた。

「ああ。そもそも親父は自分の、息子である俺を特別、懲らしめたかったんだな。おばけが見えない二人と一緒に、吊るせば怖いものを見るのは、俺だけだ。その恐怖を共有することも出来ない。」

 想像して四人は震え上がった。特別怖がりな覆が小さく「ひえっ」と声を発する。

 ただおばけが見えるだけでも十二分に怖いのに、自分にしか見えていない相手から明らかに認知されて、凄まれる……?

「それめちゃくちゃ怖いじゃん……。だって……えっ付和そんな怖い思いしてたの……?」

 自分を抱きしめて覆。付和は大袈裟に頭を抱えてみせ、わざとらしく嘆息してから続けた。

「そういうことだ。横で呑気に、遊んでる香奈朶と尋に助けを、求めはしたが泣いてる、俺の話が聞き取れなかったのか全く、理解してもらえなかったな。」

 香奈朶と尋が瞬きを数回。我慢から視線を逸らし、それぞれ「あー」とか「うー」とか唸ってから口を開く。

「なんか……それは……ごめんな?」

「めちゃくちゃ楽しくぶらぶらしてたよ……。」

「正直殺意が湧いた。」

「僕ならやってる。」

 テンポのいいやりとりに忍が吹き出す。覆の目が本気だったのは見なかったことにして、「なんてな」と付和は肩を竦めた。

「山椒家の男子は友達と、一緒にあそこに吊るされて怖い目に、遭わされるのが恒例行事なんだと。兄貴も親父も爺さんももれなく、あそこにぶら下がったそうだ。」

 すごい話だ。見える人も大変なのだな。付和を除く四人は初め「はえー」と間抜けな声を発することしか出来なかったが、ふと気づいた香奈朶が唇に触れる。

「ってことはつまり、あの木の下には常におばけがいる、ってこと……?」

「やだ」と小さく覆が言う。聞こえたのか否か、付和はなんでもないように回答した。

「さあな。常にかどうかはわからん。何せ子供が吊るされてる、時にしか現れないんだそうだ。俺もあの一度きりしか見たことがない。」

「へえ……悪いことした子を懲らしめに出てきてくれる感じなのか。守護霊的な?」

 尋の問いへ頷き、付和は手元へ視線を落とす。サラサラとノートへ何か書いてから、またこちらへ視線を戻した。こんな話をしながらでも宿題するの偉いな……と忍は思う。

「そんなところだろうな。とんでもなく怖かったが干渉は、してこなかったところを見るにこっちを、叱りつけるくらいの気持ちなのかもしれない。」

 言い終えてからノートを閉じ、「今日はここまでにするわ」と付和。宿題どころではなくなっていた四人は我に返り、集中力など切れてしまっているけれど、それぞれ視線だけは手元へ落とした。勉強する素振りだけは見せつつ、それでも話は続ける。

「よく耐えたな付和少年……。十年越しにめちゃくちゃ褒めてやりてえわ。」

「えらいだろ。」

「えらいよ……すごくえらいよ付和!」

 尋と香奈朶に労われ、「今更過ぎるけどな」と笑う付和。忍が小声で感謝を述べたのは尋にしか聞こえていなかったので置くとして、鉛筆を下唇へあてがった覆が「そういや」と切り出した。

「付和パパよく香奈朶のこと吊るしたよね。箱入り娘を木にぶら下げるって、相当じゃない?」

 先程忍も引っかかったところであった。女の子にする躾にしては、かなり乱暴なような気がするし、特に香奈朶はお嬢様だ。付和パパ、かなり思いきったな……?

「ああ、さすがに女の子は……って躊躇、したそうなんだが当時呼ばれてきてた香奈朶ママが、『やっちゃってください』って言ったらしくて決行、したそうだ。」

「ママ……?!」

 衝撃を隠せない香奈朶の声に笑いが起こる。なるほど、ママからのお許しが出たならそれは吊るされるわ、と、すっかり忍も思考を毒されてしまったようだ。結構なおてんばだったのね、かなちゃん……。

「女の子ぶら下げたのは歴代、初めてらしいぞ。喜べ。」

「喜べないよっ!」

「てか忍、さっきから黙ってるけど付いてこれてる?」

 尋から問われた忍は険しい表情。口を開いて出たのはこんな言葉だった。

「うーん……未知との遭遇……。」

「UMAみたいに扱うのやめてもらっても?」

 覆の間髪入れぬ返答に笑い、今日は早めにお開きの雰囲気になる。誰からとなく大きく伸びをして、皆画面に表示された赤いボタンへ手を伸ばした。


「また明日。」

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