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2/17

姫川忍の長い一日

年長組高校二年生の春。

 

 私は今、大変困っている。

「えー、流石に大仏は見に行こうぜ。」

「いやいや。それよりやっぱこの神社だろ。」

 学年が一つ上がり、二年生のクラス替えから約三ヶ月。誰がこんな時期に設定したのか知らないが、コミュ力ない勢にあまりにも厳しいスケジュール感でもって準備が始まってしまった修学旅行。

 当然、こんな短期間ではろくに友人が出来ていない私であるけれども、事なかれ主義故に人当たりだけはいいので、あまり親しくない面々が寄せ集められたグループの数合わせに放り込まれてしまった。

「まあ確かに神社、行ったら大仏は厳しいか。」

「ぶっちゃけ全部キョーミ無いからー、あたしはスイーツ食べる時間さえ出来ればー、どこでもいーよー。」

 ざっくりとメンバーを紹介すると、歴史ある町の散策に盛り上がるオタク男子が三人、学校休みがちなギャル子ちゃんが一人、私と同じように数合わせで放り込まれた男子が一人、そして私。

 シンプルに事故っている。誰一人としてまともに会話したことのある人がいない。

 日常生活に困らない程度には色んな人たちとお話してきたけれど、修学旅行は盲点だった。文芸部と美術部掛け持ってる時点でバレてそうではあるけど、これまでクラスでは中途半端にオタクを隠してきてしまったし、広く浅くの交友関係が仇となり、担任に「誰とでもうまく行きそう」と判断されてしまったのである。逆なんです先生……誰とも上手くいかない派閥の人間なんです姫川(ひめかわ)……たすけて……。

「姫川はどっか、行きたいとこないの?」

 心のSOSが聞こえたのかといわんばかりのタイミングで、六つ合わせた机の向こう側から声がかかる。私と同じく数合わせ要員、けれど私と違って誰とでも上手くいく派閥の男子、話し方が若干独特な、山椒(さんしょう)付和(ふわ)くん。

「私は……えっと……」

「へー、姫川ちゃんってゆーんだー? 姫ちって呼んでいー?」

 答える前に割って入られ、若干の衝撃を受ける。陰キャの自覚はあるけれども、ギャル子ちゃんからは認識すらされてなかったのか……ちょっと寂しい……。

「好きに呼んでいいよ」と笑い、顔を上げては、山椒くんから未だ視線を向けられていることに気づく。優しいなあ……さすがモテ。顔は正直普通って感じなのに、モテるのはこういうところからなんだなあ。ちゃんと全員の意見を反映しようとしてくれる。

「特にどこっていうのは、今のところ……。」

「まあそうだよなぁ。寺だの神社だのに興味、ないよな一般高校生。」

「俺も無い」と笑うのに対して、眼鏡のオタクくんが「いや寺生まれは興味持つところでは?」とツッコミを入れた。へえ。山椒くんはご実家がお寺なのか。まあ、それっぽい名前ではあるなあ。

 それにしたって、全く意見を言わないのも気が引ける。ぱらりとパンフレットを開いたところでギャル子ちゃんが声をかけてきた。

「そういや姫ぽよさー、さっき廊下で、七男(ななだん)にカレシいるーみたいなハナシしてたー?」

「へ?」

 唐突に話が変わったので、思わず間抜けな声が出る。さっきと呼び方変わってるし。

 楽しそうに話しかけられてはちらりと担任の動向をうかがい、船を漕いでいるのをばっちり見てしまった。いや寝るなよ。仮にも授業中だぞ。

「聞こえちゃったんだー。あたしほら、そーゆーハナシ好きじゃんー?」

 ギャル子ちゃんは随分と上機嫌に二つのお団子ヘアを揺らす。いや知らんけど。知らんけどまあ、少し親しくなっておかないと修学旅行しんどそうだし、先生寝てるし……ちょっとの雑談はいいかな……?

「うん、彼氏、いる。」

「ひゅー。清楚っぽいのに他校にオトコいるとかー、姫ぴぴやるーう。」

 男子たちが黙ってしまった。そうだよね。コメントしづらいよね……なんとも言えない空気がつらい。つらいけれども、ギャル子ちゃんに空気を読むという選択肢はないらしく、追求は続く。

「どんな人ー? かっこい?」

「えと……かっこいい、と、思う。」

「ま、そっかー。ブサイクだと思ったらー、付き合わないよねー。」

 ケラケラと笑うギャル子ちゃん。ただでさえ機械音声に負けるレベルのカタコトでしか喋れてないのに、冷や汗をかき始めた私。ここで「みてみて彼ぴマジイケメンなのー!」って言えるメンタルが欲しい人生だった……いや、ごめんやっぱり要らない。

「写真とかないの?」

「え。」

 予想外の方向からかけられた声に、机ばかり眺めていた視線を上げる。愉快そうにこちらを見ているのは山椒くん。いや、モテ男子山椒付和、絶対陰キャ女の彼氏に興味無いよね……? どういう心境で聞いてきた……?

「あたしも見たい見たーい。ツーショないの? プリでもいーよ。」

 当然のようにギャル子ちゃんも乗ってきたし、オタクくんたちも「俺も気になる」と話を合わせてくる。いいから。空気読まなくていいから……。オタク女がイケメン彼氏自慢するの痛いのはよく分かってるから……。

「うー……一枚しかないけど……。」

 まあその……せっかくだから、自慢するけど。

 スマホを取り出し、没収されないよう、もう一度担任を確認してからギャル子ちゃんに見せる。表示させたツーショット写真を眺め、ギャル子ちゃんは「えまじのイケメンじゃんウケる」と呟いた。でしょう……私もなんでこの人が私とお付き合いしてくれてるのか分からないの……。

「そんなに? 見せて。」

 悪戯っぽく笑んでは手を伸ばしてきた山椒くんにスマホを手渡す。この人、ほんとこういう表情似合うな……一学年下の小動物系男子とちょいちょいイチャついてるのを見かけるけれど、彼とはなんなんでしょうか。修学旅行にかこつけて関係性を知りたい。決めた。旅行の目標これにしよう。今決めた。

 さて私の隣の眼鏡オタクくんが立ち上がって山椒くんの背後に回り、男子四人が画面を覗いた。なんか恥ずかしいなこれ……コミュニケーション手段絶対間違え──


「……(ひろ)?」


 伝えていないはずの恋人の名前が飛び出したので、半ば伏せていた顔を上げる。ポーカーフェイスのイメージを覆し、山椒くんは目をまん丸にして顔全体に驚きを貼付けていた。え、そんな顔するんだ……ネタ提供ありがとうございますご馳走様です……じゃなくて!

「尋くんと、知り合い?」

「うん。幼馴染。」

「へえ姫川が尋の彼女ねえ」と興味深げに画像を眺めている山椒くん。幼馴染……尋くんと山椒くんが幼馴染かあ……いいなそれ……ありがとうございます……

 などと考えているうちにスマホが返ってきた。担任が覚醒する前に机の中にしまい、「世間は狭いねえ」との結論でまた旅程の話に戻る。

 雑談に興じたのは成功だったようで空気も和み、スケジュール設定は順調に進んだ。チャイムが鳴って机を元に戻し、各々自席に戻らんとする。

「姫川。」

 と、山椒くんに呼ばれて振り返った。

「次尋といつ、会う予定?」

「えと……今日、一緒に夕飯食べに行くよ?」

「へー。」

 なにやら企んでいるらしい目に、悪戯心と腐女子魂とが揺り動かされ。

「俺も混ざっていい?」

 自分でも引くくらいの即答で首肯した。



 *****



『修学旅行のためにクラスメートと旅行雑誌買いに行くから、ショッピングモールで待ち合わせにしてもいい?』


 放課後の教室掃除中、(しのぶ)ちゃんからこんなメッセージが届いた。会ってデートできるなら何でもいいんだけど、そっか、西高(にしこう)は修学旅行、二年生で行くんだな。七男は三年の初めに行くから、なんか変な感じ。

『いいよー。俺掃除当番だから待たせちゃいそうって思ってたし、ちょうどいいわ。』

 モップ片手に返信、フードコートで待ちあわせることにして、スマホをポケットへ。彼女からは過去に「学校で友達らしい友達が出来ない」と相談されたことがあるのだけれど、旅行雑誌を一緒に買いに行くようなクラスメートができたんだな……。パンフレット程度なら学校から配られるだろうに、私財叩いてでも楽しもうって思えたわけだろ? 仲良いってことだ。よかった、よかった。

「はー、早く忍ちゃんに会いたーい。」


 ──などと浮かれきっていたのが、三十分前のこと。これは由々しき事態である。


 え、フードコート、忍ちゃん、居たけどえっ、誰よその男……!

「あ、尋くん。」

 にこり、忍ちゃんが笑う。遠いけど、笑ったのはわかる。手を振ってくれている。可愛い──いや、そうじゃなくて!

 あの表情からして忍ちゃん側に浮気のつもりはなさそうだが、なんだあの彼氏面は。忍ちゃんの正面に座って片肘つくのやめろ。美味しそうにクレープ頬張る姿を見るな。それは俺だけの特権だぞ付和! ……え、付和? 付和じゃん。

「おーまーえー!?」

 ずんずんと歩み寄ると、付和はにまりと嫌な笑みを浮かべた。分かっててやってやがるこいつ……というか待ってどこで知り合ったの? インターネット? 許さないが?

「何してんだよ人の彼女に?!」

 背後から忍ちゃんを抱きしめ、正面の男──幼馴染の愉快犯を睨みつける。あ、もちろん優しくぎゅっとしたぞ。当たり前の配慮。忍ちゃんは硝子細工より繊細。これ一般常識ね。

「たまたま修学旅行で同じ班に、なったクラスメートが幼馴染の恋人だっていうから、遅ればせながらお付き合いの、お祝いとして二人にクレープを、奢ってあげようという優しさだけど。お前は要らないんだな、そうかそうか。」

「尋くんは付和くんが大好きです苺のやつがいい。」

 高速で掌を反した俺に忍ちゃんの笑い声が届く。ついでに低く「きも」って声も聞こえた気がしたけど、気にしない。

 腕を解いて「乱暴にしてごめんな」と彼女の顔を覗き込んだら、口元に生クリームを付けたまま、はにかんだ。えっやだかわいい……

「私こそごめんね。尋くんに悪戯してみたくって……山椒くんのお誘いに乗っちゃった。」

「可愛いから全部許す。」

 指でクリームを拭ってあげながら言う。付和がコーヒーを軽く吹き出した。

 しばらくじとりと眺めていると財布を手渡され、「好きなの食えよ」と。え、本気で奢ってくれるの。やさし。

「クラスメートだったんなら言えよなー。散々のろけたから若干恥ずかしいわ。」

「え、そうなの?」

「まあな。知りたい?」

「知りたいっ。」

「やめろ。」



 *****



 これは由々しき事態である。ふわひろ思ったより美味しいんですけれども、どうしましょうか。何、財布丸ごと渡すって何……? どれだけ信頼置いてるの……? 愛? 私邪魔かな帰った方がいいかな?

「えと……山椒くん、奢ってもらっちゃって、ほんとにいいの?」

 興奮で脳汁が出すぎては困るので、自分の中で自分の中の話題を変えた。クレープ屋さんに向かった尋くんの背中を見送ってから、山椒くんに問う。もちろん、こちらも本心からの心配ごとだ。

「ん? いいよ尋の、面白い顔も拝めたし。」

「お祝いしたいのは本心」と微笑まれ、素材が増えましたありがとうございます、と口に出そうなところを抑える。なにか言おうとして、別の声に遮られた。

「え、付和なに伊織(いおり)さん差し置いて女の子口説いてんの。」

「誤解だやめろ。」

 とんでもない早口だった。相手を確認するより先に口が動いたようで、振り返った山椒くんは目を丸くする。

(おおい)(さとる)も。」

 取っ手のない紙袋をひとつ抱えた背の低い男の子と、その後ろに両手にビニール袋を提げた、背の高い男の子。前者は西高の制服を着ていて、後者は上下揃いのウインドブレーカーを身にまとっている。

「あ、一年生の。」

 と、口に出てから「やばい」と思った。制服の子は山椒くんと時々廊下でいちゃ……お話している一年生の子だったので、一方的に顔を知っていたのである。ごめんなさい山椒くんとかけ算してごめんなさい!

「姫川、覆と知り合い?」

「あ、えっと、一度……廊下で山椒くんとお話してるのを見かけたの。」

 嘘です十回は見てます……。なんならわざわざ見に行ってます……。

「あー、そっか。確かに僕、割と付和のとこいくからね。」

 勝手に色々心のうちで言い訳をしている私の意に反し、制服の子に特別私を気持ち悪がる様子はない。よかった……というか一個下なのに山椒くんのこと呼び捨てなんだ……ありがとうございます……今日は山椒くん感謝祭……修学旅行の目標達成しちゃったこれからどうしよう何を楽しみに当日迎えたらいいんだ……。

「初めまして、付和の幼馴染で一年の飛来(ひら)ですー。こっちは七男二年の磯井(いしい)くん。付和のクラスメートさん?」

「そ。姫川さん。尋の彼女。」

「姫川です」と頭を下げると、二人とも会釈をくれる。それから数秒沈黙の後、二人で「んえっ?!」と声を揃え、顔を跳ね上げた。

「は、じゃあ、噂の『しのぶちゃん』……?」

「あ、はい……たぶん?」

 磯井くんに問われて頷くと、「まじか」と目を瞬かせる。何だろう、なにかまずいことしたかな。隣で飛来くん項垂れちゃったし。

「嘘じゃん……マジでかわいいじゃん……。」

「ガチのヤツじゃん……。」

 二人の反応にオロオロしていると、山椒くんが笑い声をあげた。

「俺もさっき知ったとこ。ほら主役、帰ってきたぞ。」

「あれ、覆と惺じゃん、どしたの?」

 戻ってきた尋くんはクレープを二つ持っていた。恐らくこちらは自分の財布から出しただろうサラダ系の方を山椒くんに手渡し、私の隣に座ろうとして。

「爆ぜろリア充!」

「落ち着け覆、弁明の時間くらいはくれてやれ。」

「えっ何の?!」



 *****



 さて、それから少し経って、相変わらず男の子に囲まれている姫川です。

 これが通常時なら大変居心地が悪いのだろうけれど、今日は感謝祭なので大変有意義な時間を過ごさせていただいている。腐女子冥利に尽きませんか……私の最推し尋くんとその幼馴染の皆さんですよ……。幸せでしかない……私ちゃんそこどいて邪魔よ……。

「なるほどね。それで今日は付和がおじゃま虫してたんだ。」

「まさか尋がベタ惚れの、『しのぶちゃん』がクラスメートだとは、思わないだろ……面白くなっちゃったんだよ。」

 クレープを食べ終えたら、今度は磯井くんがタピオカを奢ってくれた。なんとも親切にしていただいて……。

「あの、磯井くん、ありがとう。」

「ん? ああ、気にしないで。勝手に『しのぶちゃん』に悪女像抱いてたことに対する罪悪感だから、それ。」

 笑う磯井くんに、私も肩を揺らす。

 どうも尋くん、これまで派手目な子とばっかりお付き合いしていたらしく、「しのぶちゃん」も清楚ぶってるだけのギャルだろうと踏んでいたようだ。ごめんね……ギャルではないけど、もっとタチが悪いかもしれない……。あと、かつての奔放ぶりをバラされて凹んでるの、ちょっと可愛いとか思っててごめんね尋くん……。

「ところで、嫌じゃなかった? 彼氏の恋愛遍歴的なもの、普通に話しちゃったけど。」

 申し訳なさそうに磯井くんに問われては「大丈夫」と笑う。いやまあ、全く嫉妬しないことは無いんだけど、それよりもかつて下半身でものを考えてた時代の尋くんが右要素増し増し的な意味で推せすぎるのでノーカンというか……プラマイプラというか……とは、さすがに言えないので思案して。

「昔のことはその……全く気にならない訳じゃないけど……聞けてむしろ良かったくらい……かな。尋くんのこと、もっと知りたい。」

 尋くんに横から抱きすくめられたし、飛来くんからは目の前にチョコレートをお供えされてしまった。ああオブラートに包みすぎていい事言ったみたいになってるごめん……本当は九割下心なのごめん……。

「てか、デート邪魔してごめんなさいですね? 今更だけど。」

 飛来くんが言うのに時計を見て、いつの間にやら七時を回っていることに気づいた。楽しかったから時間忘れてたけど、ご飯食べられるお腹でも無くなってるし、もう少ししたら帰ろうかしら。火曜日なので、毎週見ている生配信もある。

「ほんとだよー。俺忍ちゃんとイチャイチャしたかったのにー。」

 幼馴染への甘えからか不機嫌を隠しもしない尋くんに笑むと、ほか三人も同様に口元を綻ばせた。ホントに仲良しなんだなあ……。

「いいな、幼馴染。」

 思わず、口からこぼれた。一瞬「おっと」と思ったけれど、まあこれに関しては属性としても最高だけど、個人的にも憧れる関係なので、よし。

「そんないいもんでも無いと思うけど。」

「こんな感じで、プライバシーとかないし。」

 磯井くんに続いて尋くん。飛来くんが「ごめんて」と眉を下げた。

「姫川きょうだいは、いる?」

 首を横へ振れば、「いるなら感覚わかるかと思ったんだけど」と山椒くん。

「俺兄貴二人いるんだけど歳、離れててさ。なんならこいつらとの方が兄弟感、あるかもって感じ。」

「あー、兄弟ね。それはあるかも。ほんとの兄弟じゃないけど、もはや身内よな。」

 山椒くんに続いて尋くんが笑った。身内。身内か……なるほどね? ありがとうござ──


「つまり、忍ちゃんは俺らにとって身内の彼女……つまりほぼ身内ってことな。」


「へ。」

 おそらくは間抜け面の私。言った磯井くんと視線を交わす。ぐるり、飛来くん、山椒くんと眺め、尋くんと目が合った。

「身内の身内は身内って、最高に頭悪い理論だけど、俺、忍ちゃんとはずっと一緒にいたいからさ、そしたらこいつらがどうしても付きまとうわけよ。」

「いや、言い方。」

 飛来くんにツッコまれ、尋くんは笑う。

「こいつらとも仲良くしてくれると、俺も嬉しい。」

「お前ら忍ちゃん狙うなよ絶対だぞ」と睨みを利かす尋くん。三人が破顔したのに釣られたところで、「ねぇねぇ」と人懐こく飛来くんが声をかけてきた。

「嫌じゃなければ、僕も忍ちゃんって呼んでいいですか? 僕のことも覆でいいし!」

 なんだろうこの可愛らしさ……これが弟属性……左ね決定。

「全然、嫌じゃないよ。どうせなら敬語も使わないで。」

「え、いいの」と即座に順応する飛来……覆くんに頷く。コミュ強凄いな……私なんか尋くんのこと「尋くん」ってスムーズに呼べるようになるまで一ヶ月かかったのに……。

「じゃあ、俺も惺で。」

「便乗、付和で。」

 今難しいって話を脳内でしたばかりだというのに難題をこの人たちは……これだから陽の者は……。

「……覆くん、惺くん、付和くん。」

「はーい。」

「呼んでみて」と催促されたので仰せのままにすると、三人揃っていいお返事である。明日寝込むかもしれないレベルのコミュ力使ってるんだぞこっちは……でもなんか……嬉しいな……。友達少ないからなんか……こういうの憧れてたかも……あ、ちょっと泣きそう。

「えー、俺の特別感無くなっちゃうじゃん。」

 文句を言いながら、こちらも嬉しそうな尋くんである。少し間を置いて「あ」と零すと、最推しの笑顔が私ばかりを見る。


「忍。」


 はい爆弾ありがとうございますいい人生だった……。

 そこから「って呼べばいいんじゃーん」と続いたけれども、既に死んだので聞こえたけど聞こえなかった。呼び、呼び捨て……推しからの……私の中の夢女が死んだ……。

「忍、どうかした?」

「……………………嬉しいなって。」

「随分溜めたな。」

 さて、覆くんが咥えていたタピオカストローからズッと音が鳴ったので、それを機に全員腰を上げた。七時半。週もまだ半ばだし、そろそろ帰らないと。

「遅くまで野郎ばっかの集団に付き合わせてごめんな。」

「ううん、楽しかった。」

 気遣ってくれた惺くん。持ってきた重そうな袋二つのうち、片方を当然のように付和くんが請け負った。なに……身内にも紳士的なの……本物じゃん山椒付和……というか、端から呼び慣れていなかったせいか、名前呼びには割と上手いこと移行できそうかもしれない。脳内で互いに呼ばせまくろう。邪な方向から擦りこもう。

「尋、帰り二人きりだからって忍ちゃんのこと、襲ったりしちゃだめだからね。」

「襲わねえわ。」

 軽口を叩く様を傍から見守り、改めて萌えを噛み締める。尋くん二枚目のはずなのにいじられ枠なの最高だな……。それもこれも付和くんとたまたま同じクラスだったおかげだよ……ありがとう恋バナ好きのギャル子ちゃん……萌えをありがとう修学旅行……。

「俺お前らに何だと思われてんの?」

「色魔。」

「ケダモノ。」

「助平野郎。」

「おまえらマジでいい加減にしろよ?」

 ……? このテンポ……既視感があるような…… ?

 尋くんに呼びかけられ、一瞬浮かんだ疑問はすぐさま忘却の彼方へ。

「まだいるからさ、幼馴染。また紹介するわ。」

「うん。楽しみにしてるね。」


 帰宅した私がいつも通り視聴した生配信で、推し生主だんち〜ず☆の正体に気づいてしまうのは、また別のお話。

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