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推し恋あをによし1

年長組二年の秋。

珍しく続き物。4話完結予定です。

 

「どんな感じにしましょうか?」

 初めて入った美容院。青年は今まさに美容師への返答にテンパっているところであった。

「どんな……ええと……まず前髪は切りたくて……」

 彼、藩田(はんだ)双刃(そうじん)には両手で数え切れないほどの推しがいる。節操がなくとも良いのだ。二次元美少女は天と地がひっくりかえったってこちらを認識しないのだから、いつどこで何人の美少女を愛そうと全く問題はない。

「ヘアカタログとか、見てみる?」

「あっ、えっと、見ます。」

 高校二年生にして人生の半分くらいをアニメ漫画小説といった二次元のオタクとして過ごしてきた双刃の原動力は、常に推しであった。

「高校生さんなら、こういうのとか流行ってるよ。」

「え、これは流石に……」

 父が道場を開いているがために半ば無理やりやらされた剣道の稽古も「あの漫画のヒロインと同じ剣の道だ」と気づいた途端に身が入ったし、「あのアニメで主人公の妹が通ってる学校と略称が同じだ」という理由だけで、学力的に無謀と思われた富田西(とみたにし)高等学校、通称西高を受験することにも決めた。やれば出来るもので、合格した末にきちんと今、その西高へ通えている。

「似合うと思うけどなあ。」

「も、もう少し無難なやつで……」

 さて、推しが自身を認識しないという大前提は、彼が自身の身なりをほとんど省みないことへの最たる理由でもあった。最低限風呂にさえ入って、あとは生活に支障がなく、窮屈でなければ良い。服やら靴に金を使うより、推しのグッズか薄い本が欲しい――

「そうだなあ……それじゃあ、こういうのは?」


 ――そう、思っていたのだけれど。


「あ、これなら……」

「じゃあ、こんな感じにしていきますね!」



 *****



 修学旅行を終えてから約一週間。少しずつ浮かれムードも失われてきた教室にて、見直しでもしておこうかとアニメキャラクターが印刷されたクリアファイルから一時間目の提出課題を取り出す。

 寝ぐせの付いた伸ばし放題の前髪。隙間からあくびの涙をぬぐって、双刃は時計を見上げた。予鈴まで残り三分といったところ。ぼうっとするには長く、読書や音楽鑑賞には少々短い、微妙な時間だ。まあ、途中まで聞くか。

 ポケットからコードの絡まったイヤホンを引きずり出す。解いてねじれたまま耳に取り付ける寸でのところで、廊下からドタバタと足音が届いたのに視線を移した。ガララ、と勢いよく引き戸が開き、息も絶え絶えに二人のクラスメートが駆け込んでくる。

「ま、間に合った……」

「あー……まじイッショー分走ったー……」

 両膝を掴むようにして前屈みになり、息を切らす二人の女子生徒。どうやら全力で走ってきた様子だ。額には汗がにじんでいる。

 陰キャオタクにとって異性なんてものは住む世界の違う存在である。少し前までであれば気にも留めなかったろうし、見つめていては一歩間違うと目が合ってしまいかねない「顔」の一部である「額」に汗が伝う様子など、絶対に見えなかったはずだ。けれど双刃がそれを認知できているのには、先程言及した修学旅行の班分けが関係している。

「お寺クンー、笑いスギなんですけどー。」

「いやその、登場は笑うだろ。寝坊か?」

 一軍男子と、駆け込んできたうちギャルの方が会話するのを眺め、出したばかりのイヤホンを鞄へ放り込む。推しの新曲よりも、自身にとって初めてと言って過言ではない「オタク以外の知人」である彼らの会話への興味がほんの少し勝った。

「そーねー。寝坊ねー。」

 ギャルがにまりと笑んだのへ、もうひとりが気まずげな表情を浮かべる。一軍寺生まれの視線が移り、その先で黒髪清楚女子が頬をかいた。

「私の、寝坊……」

 えっ……? マジで? 真面目そうな方の失敗をいい加減そうな方がカバーするの良さみがすごくないか……?

 「ギャルと清楚」という組み合わせは「オタクにやさしいヤンキー」と同様にファンタジーであり、それゆえ二次元において尊みの極みである――と、双刃は思っていた。

 それがだ。なんということでしょう。今目の前でその奇跡が繰り広げられている。三次元でこんなやばたにえん開園されることある……? 生まれてきてよかった……森羅万象に感謝……。


 さて、こうして萌え散らかしている双刃であるけれど、見た目・話し方・コミュニケーション能力・趣味と、どれをとっても友人の増えようがないと自負している。それ故に修学旅行では旅程を共にしたいと思ってくれる奇特なクラスメートが二名いただけで、もう大満足であった。ちなみにだが彼らも当然同じ穴の狢(オタク)である。

 しかし残念なことに、修学旅行の班編成は五人以上七人以下という決まりがあった。そんなに友達いるかよ。無茶言うな。

「まあ、先生が何か上手いこと他とくっ付けてくれるだろ」だとか、「アニメの聖地巡礼したいけど、陽キャと一緒になったら大人しくそいつらについてくしかねーな」だとか、端から諦観を漂わせながらそんなことを三人で話していたところ、想定外に同班になったのが一軍男子寺生まれ・留年不登校ギャル・ツインテール清楚ちゃんという、個性の展覧会場みたいな面々だった。それがちょうど今遅刻騒動で会話している三人だ。

 コミュ障オタクが苦手とする相手ばかりで、はじめこそどうなるかと思ったが、双刃ら三人のあずかり知らぬところで一軍男子と清楚ちゃん、ギャルと清楚ちゃんがそれぞれいい感じに交友関係を築いてくれたようで、その後の話し合いは特別問題なく進み、何事もなく――どころか、とても楽しくすべての旅程を終えることが叶った。

 やはり陽の者は円滑なコミュニケーションに長けているのだなあ。凄いなあ。特に清楚ちゃん、MVPよ。文芸部でオタクだって聞いてるけど、俺たちとは雲泥の差よ。


「あー。オタククン一号も笑ってんじゃんー? サイアクなんですけどー。」

 そんなことを考えながら微笑ましく三人のやりとりを眺めていると、ギャルの方が突然双刃へ視線をくれた。トンボでも捕まえるのかといったような動きで人差し指をこちらへ向け、くるくるさせている。ジト目。いいねギャルのジト目。推せる……。

「え、いや……ま、間に合ってよかったな。」

 萌えを押し殺した反動か、些か馴れ馴れしい文言が口からこぼれた。いやまあ、一応クラスメートなのだし、旅行前旅行中と何度も会話は交わしてきたのだからこれくらいフランクであっても全く構わないだろうけれど、住む世界が違う相手にタメ口を使う時点でこちらは毎回ドキドキなのだ。だって相手はギャルだぞ? こっちの名前覚える気とか一切なさそうなギャルだぞ?

 さて、そのギャルは双刃の返答へ満足げに笑い声を発すると、再度清楚ちゃんへと視線を戻した。本当に良いギャルだな……挙動不審なオタクくんを邪険にしない素敵なギャル……ありがとうございます。

「オタククン一号の言うとーりよー。しーちゃんには毎日モニコしなきゃかなー?」

「わ、助かるっ。」

「うっそー。自分で起きなー。」

「ええっ……期待したのに……」

 ギャルのはじけた笑顔と、落胆した様子の清楚ちゃんとを見、双刃は小さくため息をつく。てぇてぇ……。

 ギャルの方、かつてはかなりヤンチャしていたと聞いているし、つい先日までは少なくとも、週の半分は自席にいなかった。それが清楚ちゃんと仲良くなってからというもの、毎日きちんと登校してきて、遅刻や早退などもない。

 清楚ちゃんも清楚ちゃんで修学旅行前までは――畏怖する女子という生き物の中でも目立つ方ではない彼女を双刃がきちんと認識できていなかったことも要因ではあろうけれども――苦笑か作り笑い、二パターンの表情しか見せなかったような気がする。けれど、最近はと言えばギャルに振り回されてすっかり百面相だ。これはお互いが良い作用を及ぼしあったと考えて間違いないだろう。

 えー……控えめに言って最の高。もう完全に推せる。いや推した。すごい。現場行くドルオタの気持ちがちょっとわかった……叶うことなら投げ銭がしたい……あっ、彼女らをキマシとか言って邪な目で見ているわけでは断じてないぞ! でもこれまで二次元にしか存在しないと思っていた異種交流が実在したんだよ。見ちゃうに決まってるだろ。ときめいちゃうだろ……。

 誰に咎められた訳でもないのに早口で脳内言い訳を構築しつつ、予鈴が鳴ったので解散したギャルと清楚から教卓の方へ視線を移す。ちょうど入ってきた担任教師が座りかけていたギャルへスカート丈を注意したのを視界の端に眺め、双刃は無意識にまた口角を上げた。

 ラノベみたいな賑やかさの朝。俺をこの日常にモブとして組み込んでくれてありがとう世界……。


 しかしこれがモブ男「オタククン一号」最後の朝となることを、彼はまだ知らないのである。



 *****



 ……最悪だ。

 双刃は嘆息すると視線を周囲へ向けた。全員ジャージ姿。現在、体育の授業中である。

「中山、組もうぜー。」

「えー。お前後頭部狙ってくるからヤなんだけど。」

 ゲラゲラとわらう陽キャたち。見渡す限りの一軍男子。ぽつねんとテニスコートの隅っこに立ち、双刃は二度目のため息をついた。

 生まれてこの方、教室の隅で日陰者をやってきた双刃であるが、体を動かすのは好きだ。先述のように剣道もやっているし、運動神経についても決して悪い方ではない。なので体育の時間は普段から結構楽しみにしていて、今日もソフトテニスをやると聞いては「初めてやるけど楽しそうだなあ」などと、のんきに考えていた。

 しかし、残念ながらザ・インドアなオタク友達は早々にだめなほうのグループへ消えていき、真面目にラケットを振るっていた双刃、気づけば運動部陽キャばかりの上級グループでゲームを行う運びになってしまっていたのである。よりにもよって、ダブルスだそうで。

「やっちまったな……。」

 「二人組作って」ほど恐ろしい言葉が他にあるだろうか、と双刃は頭を抱えた。周囲がどんどんペアを作っていく中、当然のように取り残されては肩身が狭くなっていく。人数は偶数なので、あぶれる心配はないのだが……ああ、そのうちジャン負け罰ゲーム感覚で陽キャの一人がやってくるに違いない。キモオタと組まざるを得なくなる一軍くんに申し訳ないな……適度に手を抜いておくんだったか……いやそれもそれで癪だけど……。

 ひとりなら一通りの動きができる双刃であるが、チームプレーとなると話は別。あれはなんなんだろうな。誰かと一緒にコートに入ると、途端に萎縮しちまって動けなくなるあの感じ。ああ……早いとこ、この時間終わらんかな……次昼休みだし……。体育だからって浮かれてたの馬鹿らしくなってきた……これならつるっぱげ教師の物理の時間に、わけわからん数式見せられてる方がまだましな気さえ――


「あれー? オタククン一号じゃんー? ソフテニできる系ー?」


「え。」

 やたらデカい声とともに顔を覗き込まれて身をすくませる。至近距離からにっこりと笑顔を向けてきているのが推しのギャル――松明(まつあき)仁江(ひとえ)であることを認識し、双刃は思わず後ずさった。

「ま、松明?」

「そー。松明ー。」

 本人が松明だというのだからそうなのだろうが、この授業のルール上、こちらのグループに割り振られているのは野郎ばかりであるはず。追い込まれた末に見えている推しの幻覚か……? だとしたらいよいよお終いだよ、俺は。

 しかし何度見ても目の前には誰かのおさがりなのかオーバーサイズのジャージを身にまとう仁江。袖やら裾やらを折りあげているので普段よりも小柄に見えるが、その姿はまぎれもなく双刃の知る彼女だ。

「な、何でここにいるんだ……?」

「えー。何か人数あわないぽくてー。中学んときテニス部だったからー? こっち行けって言われた系ー。でも中二で辞めたしー、フツーにヘタだからー、やばいかも的なー?」

 初耳の情報に双刃は目を瞬かせた。さて、ここにきてきちんとあたりを見てみれば、現役のテニス部員などは女子であってもこちらのグループに割り振られているようだ。確かに、実力差を考えると妥当な采配である。

「そ、そうなのか。」

「そー。」

 しかし仁江、てっきり万年帰宅部だと思っていたがテニス部だったのか。グレる前とかかな……推しの新情報助かる……。

「でもよかったー! あたしマジでー、しーちゃん以外トモダチいないからー。オタククン一号いるなら安心ー。」

 一人で助かっている双刃に、仁江はそう言ってからからと笑う。彼女の言葉が理解できないでいるうちに、体育教師が満足げにうなずいた。

「よし、ペアは決まったな? テキトーにアルファベットでコート割り振るから、ちゃんと聞いてろよ。」

「え、俺決まってないんですけど」と焦った双刃の袖を何かがつかむ。振り返れば今しがた会話していた推しがいて、大変機嫌よさげに上体を左右へ振ってみせた。

「んじゃ、よろしこー。」

「……えっ、お、俺?」

 自身を指さし問う双刃に、仁江はあっけらかんと「他にダレがいんのー」と自身の下唇へ人差し指を触れる。その仕草は俺に効く……ありがとうございます……じゃなくて!

「俺ゲームほんとに苦手なんだよ……ま、負けちまうぞ?」

「あは、うそだー。上手いからコッチいんじゃんー? てか負けても全然いーケド。こっちのグル入った瞬間ー、ぶっちゃけセーセキ勝ち確だしー? 楽しきゃよくね?」

 「ゲーム久々ー、楽しみー」と腕を回す仁江。双刃は目を瞬かせ、楽観的な彼女の言葉を反芻した。

「『楽しきゃいい』……。」

 一度そうされて以来、失敗したら冷笑されるかやっかまれるのだと決めつけ、以来そんな状況を想像するだけで体が委縮して、動けなくなるのが常だった。

 考えたこともなかったな……ペアないし団体でやる競技を「楽しむ」なんて。

「そーそー。別に負けたってー、死ぬわけじゃないしー?」

 確かに、試合に敗れたところで何かペナルティがあるわけではない。それに、かつてゴールを外した双刃の顔面にわざとバスケットボールをぶち当ててきた上、鼻血を出した姿を「見ろよあれ」と嘲笑の的にしたクラスメートにしたって、双刃と同い年なのだから当時まだ小学生だったわけで。負けず嫌いが高じて感情のまま攻撃してきたのにも、幼さ故とうなずける。それにしたって、仮にも級友にトラウマを植え付けるような行動には問題点しか見出せないが。あれ? 俺何も悪くないな?

「あ。安心してー?」

 もたらされた青天の霹靂。いい意味でのショックを受けている双刃の様子を見て、仁江が口を開く。そちらを見下ろしたところへ拳を握ってみせ、彼女はばちりとウインクをくれた。

「手ー抜いたりとかー、ゼッタイしないしー。やるからにはホンキっしょ。」

 ……もう、俺をどうしたいんだ。

 ありがとうございます一生推す……あまりのファンサに命の危機さえ感じる。俺を推しと同じ世界線に生んでくれてありがとう母ちゃん……普段母ちゃんとか呼ばないけど。

 双刃は少々黙った後、「ああ」とだけ絞りだして仁江から視線を外した。己の前髪がすべて表情を隠してくれていることにこれほど感謝する日が来るとは。こんなだらしのない表情をよりにもよって推しに見せられるか。こういう顔をしていいのは自室で二次元嫁の抱き枕をハグしている時だけだ。推しを不快にさせてはならない。三次元に推しがいると、こういうところが厄介だな……。

 ちなみにこの時仁江としては、自身のいい加減とも捉えられかねない発言に対して、体型や体の動かし方からスポーツマンであることが察せられる双刃が気分を害したのではないか、と考えた上でのフォローだったのだが、完全に杞憂である。それとは無関係に、情緒は大変なことになっているけれど。

「てかゲーム中さー、『オタククン一号』ってー、長くてアレねー?」

 双刃の幸せな懊悩など知るはずもない仁江は真剣にこう続ける。再度双刃が彼女を見ると、仁江は小首を傾げた。

「オタククン一号ってー、下のナマエ、なんてゆーの?」

「え、そ、双刃。」

「ソージン?」

 聞き返されては頷く。スパチャもしてないのに名前呼んでもらえる同クラ担最高ですありがとうございますもう死んでもいい……。

 もはやぐちゃぐちゃの感情を無理無理押し殺す双刃へ、仁江は少し悩んで指を鳴らし。


「じゃ、今日からオタククン一号改めー、『じんじん』ねーっ。よろしこーっ。」


 ……明日俺が寝込んだら、すべてこのギャルのせいだ……。



 *****



 仁江が求めるハイタッチへぎこちない様子で返す双刃を眺め、清楚ちゃんこと姫川(ひめかわ)(しのぶ)は目を丸くしていた。

「藩田くん、スポーツ得意なんだね。」

 普段彼とつるんでいるオタクくんたちへ話を振ると、二人は忍の方へ一瞬視線をくれたあと、いつものように目を泳がせた。これはいわゆるコミュ障特有の仕草であるが、忍も同類なので特段気にすることなく彼らの返答を待つ。そもそも彼らがこうして体育座りで忍のそばに座っていてくれるようになっただけで、もう奇跡みたいなものなのだ。修学旅行ありがとう。忍にもようやくリアルにオタク仲間ができました。初めはこちらが女子であるというだけで相当接しづらそうにしていたけれど、最近は目こそ合わないものの、深夜アニメの推し語りまでできるようになった。これ以上何を望もうか。

「そうなんだよな。俺らが言うのもなんだけど、藩田氏に関しては陰キャやってんの、ほんと勿体ないと思うわ。」

 「まあ陰キャであってくれたからこその俺らさんこいちなんだけど」と続いたのに「三つ巴」の三字が脳裏を過ぎる。オタバレはしたが腐バレは免れている……はず、なので、腐女子魂を悟られぬようなるべく自然に、再度忍は双刃らの方を見やった。自身の試合は当たり前のごとくグダグダに終わったので、幸いにも観戦くらいしかやることが残っていない。合法的に推し候補を眺めるチャンスだ。藩田くんは右かな、左かな。

「藩田氏、ガタイいいし、顔も悪くないからなあ。俺らみたいなブスならまだしも、なんであれで女の子苦手なんだか。」

「そう言われてみると藩田くんの顔って私、ちゃんと見たことないかも。」

 普段前髪で隠れて見えない顔の作りに言及されたので、改めて観察してみることにする。動く度揺れる長い髪の奥に双刃の素顔を見、思わず忍の口からは「ほんとだ」と声が漏れた。これまで全く気が付かなかったけれど、少なくとも全男性をイケメンとそうでないとに二分した場合、前者に属すのは間違いない相貌をしている。顔が良いのに多少なりともナルシシズムに染まらない人って存在するのだなあ。

「背も高いんだね。教室だと猫背だから気づかなかったや。」

「あれ、わざとやってるらしい。でかいと目立つから嫌だって。」

 オタクくん達からもたらされる情報に「おいしい」しか感想が浮かばないので、忍は「へえ」とつぶやくに留めた。

「剣道やってるから本来姿勢はいいはずなんだよな。てか油断すると背筋伸びてるよな。」

「確かに。いや普通逆だけどな? 油断して伸びる背筋何よ。」

 なんということか。向こうから情報がやってくる。なるほどな、剣道か……なるほど。ありがとうございます。なぜこのような逸材を見落としていたのか……捗るぞ、今後。

「お、勝った。」

 ひとりが呟いたので意識を目の前のことへと戻す。ぴょんぴょん跳ねては両手で双刃にハイタッチを求める仁江と、狼狽しつつもそれに応えたところそのまま両手を握り込まれて完全に固まってしまった双刃が忍の目に飛び込んできた。

 ああ悪気のないスキンシップ強要……可哀想に。あの手の距離の詰め方には身に覚えがある。ありすぎる。ひーちゃん、それは有罪だよ……。

「大丈夫かな藩田氏……女子の過剰摂取でタヒぬのでは?」

「女子って致死量あるんだ。」

「あるよ、俺らにはね。」

 他愛もなく談笑しながら眺めていたギャルとオタクがコートを出たところで体育教師の笛の音が響いた。「じゃーね、じんじんー」と何やら双刃へ新しいニックネームを付けたらしい仁江の声が、立ち上がって教師の元へ集合せんとする忍たちの方まで聞こえてくる。

「んじゃあ、俺らも行きますか。」

「うん。でも、初めて聞いたな。」

「ん、何が?」

 忍が呟いたのへ、仁江曰く「オタククン三号」が聞き返す。忍は「いや、全く無いわけじゃないんだけど」と前置きして、首を傾げる彼らへこう続けた。

「ひーちゃんが男の子に対して、名前に関連したニックネーム付けるの。」


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