たすけてマイフレンド
年長組高校三年の初夏。
前回に引き続き短めなので連日投稿しました。
※苺也くんはよそんちからお借りしてます。
「尋くん、どうしたの、こんなところに呼び出して。」
不思議そうに男子更衣室へ入室してきた友人を見、船井尋はパイプ椅子から立ち上がった。男子校なので教員用以外に女子更衣室があるはずも無いのだが、そういうプレートが設えられているのでここは「男子更衣室」である。
「もしかして……告白?」
「んなわけあるか。各方面に修羅場すぎるわ。」
愉快げに冗談を放つクラスメートの大河苺也とは、尋の幼馴染兼同級生である磯井惺と三人でよくつるんでいる間柄だ。
「実はですね。」
「はい。」
改まった様子の尋へ、苺也は口調を合わせて微笑んだ。基本的には穏やかな男である。頭の回転が早いので凡人の尋からは思考回路が読み取れないこともままあるけれど、頭が良いということは当然ながら、頼りになるということで。
「察しのいい苺也くんに一つお願いがございまして……。」
「何……怖いんだけど。」
現在昼休み開始直後。雨なのでグラウンドで遊戯や体育が行われることはなく、屋外用更衣室であるここへはまず人が来ない。なので、他言無用の込み入った頼み事も可能。
「いやな、苺也ならとっくに気づいてると思うから言うけど、俺たちニコヤカ生放送やってるじゃん?」
「あ、それ言っちゃうんだ。」
やはりバレていた。多少の羞恥心が湧き上がったが、想定内なのでいい。今日はとてもピンチなので、それさえ回避出来ればいい。
尋は小さくため息をついて、頭をかいた。
「今日放送日なんだけどさ、さっきほら君のダーリン、熱出して帰っちゃったのよ。」
馬鹿は風邪をひかないと聞いていたのだが、といったようなことを続けると苺也は肩を揺らした。
実は先程、机に突っ伏したまま動けなくなった惺を、尋と苺也の二人がかりで保健室までどうにかこうにか引きずって行ったばかりなのである。デカいんだよあの男。その帰りにここへ寄った。弁当も食べずに。お腹すいたな。
なお「ダーリン」と茶化したのは、苺也が惺と恋人関係にあるからである。このセンシティブかつセクシャルな情報、当事者の誰もが決して望んで共有したのでは無いが、常につるんでいる間柄で察せないほど船井尋、鈍感ではなかった。なんなら付き合う前からちょっと気づいていた。三人組のうち二人がくっつくという状況には残された側が若干の寂寥感を覚えるものであるが、何せ男同士だったので、より一層心の準備ができていなかった。いやいいんだけどね……二人が幸せになってくれたらそれで……。
「うん。磯井くん、具合悪そうだったね。」
お前はまず俺を名前で、惺を苗字で呼ぶところから距離感を改めろ、という言葉を毎度のこと飲み込んで尋は続ける。というか、「ダーリン」いじりはスルーなのね。
「今日な、俺とあいつの二人しかだんち〜ず☆メンバー、スケジュールが空いてないのよ。」
「あらま。」
自分が何を頼まれるか気づいていないのか、はたまた気付かないふりをしているのか、苺也は相槌を打つにとどめた。そんな相手の反応を見、尋は意を決して手を合わせ。
「さすがに一人じゃ間が持たねえの! 今回だけで構わないので! 苺也様! だんち〜ず☆に出てもらえませんでしょうか……!」
*****
「それで上手いこと泣き落としたんだ?」
「その通りですにんにん様……」
帰り道、己の恋人姫川忍に経緯を話し、尋はどっと疲れた様子を見せる。「にんにん」とは彼女がSNSで使用しているハンドルネームであり、だんち〜ず☆のメンバーと偶然知り合う前から、よくファンアートを送ってくれる一視聴者であった。世間とは狭いものである。
「でも……私に一時間いっぱいのフリートークなんてできるかな……大河くんとも、ほとんど初対面みたいなものだし。」
不安げな忍。彼女もまた尋に泣き落とされたひとりである。
部活を終えて夕飯を済ませ、現在時刻は午後八時。放送開始まであと一時間というところで、放送機器が整っている惺の家へ向かっている。部屋の主は病人だが、横で容赦なく騒ぐ所存だ。放送日に熱を出したお前が悪い。理不尽は承知の上。
「忍に関しては大丈夫だろ。前からイラスト送ってくれてたから『だんち〜ず☆のファンアートといえばにんにん』みたいなところあるし。」
実際、にんにんの素性を知る前から生放送内では「にんにんさんからイラストもらったぞ! いつもありがとうございます!」なんて紹介の仕方をしていたので、視聴者はメンバーが彼女とコンタクトを取って放送へ参加させたところで、そこまで驚かないだろう。問題は毎回見てくれていたらしいが完全にROM専だった苺也だけど……まあ、奴なら上手くやるな。大丈夫。
「ほんとに大丈夫かな……。いちオタクがでしゃばって叩かれないか不安すぎるよ……。」
「大丈夫、大丈夫。だんち〜ず☆ファン、民度高いことで有名よ?」
忍は心配しているけれど、尋の言う通りだんち〜ず☆は「やさしいせかい」が売りである。というのも、アンチに対しては即ミュートからのID特定からの後日全員で個人アカウントから一斉通報コンボを決めるので……あれ、血の気が多いのはメンバーの方では……?
「おじゃましまーす……あれ?」
当然のように鍵が開いている磯井宅のドアを開ける。尋は入るなり玄関先で訝しげな声を上げた。惺と苺也の靴しかない。
「もしかして……親父さんもママさんもいない?」
「びっくりした。尋くんに忍ちゃんか。」
奥から覗いたのは先に到着していた苺也だった。惺の部屋からではなく何故かキッチンから手を拭いながら出てきたところで、思わず尋。
「え……新妻?」
「ぶは。」
「んっぐっ。」




