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55.ダウム工房が過労死しないか心配です。

 学院の貴賓室の扉を護衛の騎士が開けると、豪華な室内の中央に据えられたソファに国王陛下と王妃殿下がゆったりと座っていらっしゃるのが見えました。


「アレクサンドラ・オルテンブルク様とミラベル・アッカーマン様をお連れしました」


 わたくしたちをここまで連れてきた騎士の紹介に合わせて、二人でしずしずと前に進んで最上級の礼をいたしました。ちなみにクリストフ様は前言通り、わたくしの代わりをするためにパーティー会場に残られています。


「太陽と月と星の恩寵を受けし、ぃと高き方々の幸いをお祈り申し上げます。お久しぶりでございます。オルテンブルクが一女、アレクサンドラでございます」

「太陽と月と星の恩寵を受けしいと高き方々の御前をお目汚しいたします。アッカーマン男爵の娘ミラベルでございます。拝謁の機会を賜り、光栄の極みにございます」


 さすがはミラベル様。緊張で声は多少震えていますが、口上はこの場にふさわしく、礼も大変美しいものです。

 わたくしの方が緊張で一瞬声が掠れてしまったぐらい。


 し、仕方ないでしょう!

 前にも言いましたが、公爵家の娘といえども国王陛下に拝謁する機会などそうそうないのです。

 わたくしが領地で暮らしていた頃ならば、夏の避暑地に向かわれる途中で、陛下たちが我が家に立ち寄られたこともありましたが、王都に住むようになってからは一度もお目にかかったことはございません。


 成人して社交界デビューをする際には、年始の大夜会で伯爵以上の家の娘が拝謁するしきたりなので、わたくしもご挨拶することになりますが、それも二年以上先のこと。

 成人前に陛下に拝謁するとしたら、学院の卒業式で成績優秀者として表彰されるときぐらいでしょうか。それだって一言か二言交わす程度です。


 こ、こんな風に一室に呼ばれて近しくお話しするなんてことは有り得ません。

 緊張するなと言う方が無理ですわ~!

 顔には微笑みを浮かべつつ、内心でぐるぐると愚痴っていたら、王妃様がにこやかにおっしゃいました。


「うふふ、そんなに緊張しないで」


 無理ですわ~~~!

 白魚のような手をひらめかせ、わたくしたちを手招きされるのは、二十年以上前に十六歳でお輿入れしてきた隣国出身の王妃ヴィクトリエ様。


 近隣でも名高い美貌の持ち主であり、クリストフ様そっくりの太陽のような金髪を美しく結い上げ、白絹に金糸で刺繍した豪奢なドレスを纏っていらっしゃいます。

 髪、耳、首とすべてに陛下の瞳の色である大粒のエメラルドの装身具を身につけていらして、いまだにラブラブなのも微笑ましいです。


 眼福です。眼福ですけれども、まさかその向かいのソファーに座れとおっしゃってます?

 ああああ、隅に控えた侍女の隣のワゴンにお茶とお菓子まで用意されてますし……これは、がっつりお話をしなければならない、ということですわね?


「アレクサンドラ様……」


 消え入るような声で囁き、ミラベル様が困り果てた子犬の瞳でわたくしを見上げてきます。

 とはいっても、おふたりのご要望とあれば、わたくしたちに拒否権がないのは明白です。


「うるさい人たちは下がらせましたから、どうぞ気楽にね?」

「うむ、この場は無礼講というヤツじゃ。アレクサンドラも武者修行の時はそうしているのだろう?」


 国王陛下が悪ガキ……失礼、いたずらっ子みたいな表情でウインクをされます。

 誰からそんな話を、ってクリストフ様に決まっていましたわね。まったくもう……。

 ええい、こうなったら仕方ありません。女は度胸と申します。


 それにこうして近しくお話ししているうちに、どこかで未来について注意喚起する機会があるかもしれませんもの。

 たかが公爵家の娘風情が国政に口出しなど出来ようもありませんが、さりげなく未来の危機に触れるぐらいは……できるかしら。


 魔族襲来についてはゲームだけが根拠で、わたくし自身は今のところ何の予兆も掴んではおりません。

 わたくしが確たる根拠を持たないのに、誰かを説得することができるでしょうか。

 しかもわたくしは騎士でも魔術士でもなく、何の地位も持たない単なる貴族の娘でしかないのです。


 下手をすれば人心を騒がす不届き者として監獄コースや精神病院行きなども考えられます。

 自爆して国の準備は整わず、わたくしか自由に動けなくなったりしたら最悪です。

 慎重に動かねばなりません。


「恐れ多きことながら、お言葉に従いまして失礼いたします」


 わたくしはミラベル様を促して、ソファーへと腰掛けます。ミラベル様も覚悟を決められたのか、顔を強張らせながらもわたくしの隣に座りました。

 はー、さすがは学院の貴賓室だけあって、座り心地がいいですわね~。


 わたくしがそんな風に現実逃避をしている間に侍女やメイドによってお茶の仕度が調えられ、王妃様がワクワクとした表情でこちらをご覧になりました。


「いろいろとお話ししたいことはあるのだけど、まずはアレクサンドラ。その髪型、思っていたよりずっと素敵だわ! すっきりと軽やかで……なんだか前より親しみやすくなったみたい」

「お、恐れ入ります」


 まあ、確かに長い髪は重く見えてしまうというデメリットがございますわよね。


「背中にポイントのあるドレスが短い髪を引き立てていて、とても魅力的よ」

「ありがとうございます。……あ、あの、どちらでご覧に?」


 わたくしはこの部屋に入ってきてから、ずっと陛下と殿下の方を向いており、ドレスの背中のデザインはおふたりには見えないはずなのです。

 にい、と王妃様の目と口が弧を描きます。


「うふふ、メインホールの二階からちょっと」


 つまり、覗き見をしていたと。

 学院のメインホールは演劇や演奏会などにも使用されるため、ホール側へバルコニー状に突き出た二階部分があり、そこに王族や高位貴族専用の観覧のための小部屋がいくつか作られております。

 卒業パーティーでは使わないため、小部屋の前面に天鵞絨の幕を下ろしていたのですが……、どうやらお二人はこっそり小部屋に入り込み、卒業パーティーをご覧になっていたようです。


 なるほど、それで先ほどの光の魔術をご覧になり、ミラベル様もお呼びになったのですね。

 会場から話が伝わったにしても、少し早いのではないかと思ったのです。


「ドレスと言えば、そちらの方の早変わりにも驚いたのだけど、魔術を使われたの?」

「い、いえ、魔術を使ったのはこの扇だけで、ドレスの方はスカート部分を二重にして、最初は上のスカート部分をドレープのようにして、スナップボタンで肩に留めておりました」


 ミラベル様がスカートの裾をほんの少しだけ持ち上げると、黒いスカートが中から覗きました。

 いきなり話を振られて少し動揺されたようですが、すぐに落ち着いて説明ができるのですからたいしたものですわ。


「まあまあまあ、面白いのねえ。いったいどちらで作られたのかしら?」

「制作しましたのは、我がアッカーマン商会になりますが、アイディアはアレクサンドラ様から頂戴しております」

「あら、そうなの?」


 王妃様がわたくしを見て、楽しそうに笑われます。


「スナップボタンと言えば、リュックサック……だったかしら。今度、武官装備に採用されることになった、あの背負い袋もアレクサンドラが考えたのだったわよね? アレクサンドラはいろいろと面白いことを考えつくのね」


 そういえば、ヴィタリー兄様が騎士団にリュックサックを持っていった結果、正式に国に採用されることになったのでした。

 大量注文が入って、ダウム工房は大忙しだそうです。


(わたくし)も今、スナップボタンの付いた革手袋と短靴を作ってもらっているの。春季大祭には間に合うそうだから、とても楽しみだわ」


 ……知らないうちに、スナップボタンのついた商品もいくつか実現しているようです。王妃様が身につけるとなれば、貴婦人たちがこぞって真似することになるでしょう。

 ダウム工房が過労死しないか心配です。少しすれば、類似品を作るところが出てくるから楽になるでしょうが……。


 ちなみに春季大祭とは春を言祝ぎ豊作を神に願う神事の一つで、昼と夜が等しくなる日――前世でいう春分の日に行われます。国王陛下が神事を執り行うほか、貴族たちも神殿に額ずき、祈りを捧げるのです。


 神事は一日だけですが、その後十日間はお祭り期間となります。

 王都では社交シーズンの締めくくりとして、華やかな舞踏会なども開催されます。なので、今頃は服飾部門を抱える工房はどこも大忙しなのです。


「ところで扇に使った魔術とは、どんなものだ?」


 王妃殿下を押さえるようにして、国王陛下が身を乗り出してきました。


「まあ、あなたったら。まだ私の話の途中ですのに」

「時間がそれほどあるわけではないのだ。春の衣装の話などは後でもいいだろう。そなたも光の魔術については聞きたがっていたではないか」

「もう、仕方のない方。でも、話を聞きたくて、ずっとソワソワしていらしたものね。ここはお譲りしましょうか」

「感謝する!」


 軽くため息をつかれつつ、けれども慈愛の瞳で王妃様は陛下を見つめられました。

 政略結婚だったというお二人ですが、婚姻後の夫婦仲は大層良好だとか。目の前のご様子を見れば納得ですわね。臣下としても大変を喜ばしいことです。


「それで、扇の魔術のことなのだが……あれも、光の魔術の応用だな?」


 わたくしたちに向き直った陛下が、熱心な口調で訊ねられました。

 驚いたことに……いえ、さすがと申しましょうか、陛下は遠目にもかからず扇の色を変えた魔術の構造に気付かれていたようです。


 実は国王陛下は王立学院の魔術のマスタークラスを卒業され、魔術士として月読の塔に登録されている研究者でもあるのです。


「まず扇に光の膜を被せるようにして、光を吸収して……」

「なんと! お力を借りるのは風の精霊と火の精霊か?」

「はい、こちらが護符になります」

「ふんふん、なるほど……。ああ、これは幻術も応用しておると……。して、あの光を集めたライトは……」


 結局、それから半刻ほど、わたくしたちはみっちりと陛下にパーティーで使った術について聞かれたのでした。

読んでいただいてありがとうございました。

反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。

次回土曜日はもしかしたらお休みするかも知れません。申し訳ありません。

その場合は次の次の土曜日に更新いたします。


申し訳ありません。諸事情でしばらくお休みいたします。(23.08.17追記)


もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。

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