54.ミラベル様! わたくしが不心得でした。どうぞお許しください
「ええ、アレクサンドラ様に厳しい鍛錬を課されていた男爵令嬢とは、わたし、ミラベル・アッカーマンのこと!」
ミラベル様は黒い羽根をたっぷり使った大きな扇を広げ、背を反らして思いっきり高笑いをしております。
ミラベル様のセリフが聞こえるように背後に流れる演奏は控えめに、けれどどこか不穏なムードを演出しています。
「朝はまだ鳥も鳴かぬうちから起床、屋敷の周囲を走り体力をつけ、屋敷の騎士たちに交じって剣術の稽古をして、学院ではそれまで学んだこともない剣術や魔術のコースをとり、夜は晩餐の後も魔術理論を詰め込み……それはそれは厳しい日々でございました。剣術と魔術ふたつを一度に学ばねばならず、睡眠時間は毎日四時間で……」
過去を思い出すように、遠い目をして独白を続けるミラベル様。スポットライトを浴びて色白の肌は輝くほどにますます白く、物憂げに伏せられた青い瞳がミラベル様の儚げな美しさを強調しています。
艶やかなストロベリーブロンドの髪飾りがスポットライトを反射してキラキラと輝いて、周囲の女子の目を惹きます。あれは廉価でありながら透明度の高い輝石を使ったアッカーマン商会イチオシのアクセサリーなのです。
ミラベル様に注目が集まった隙に、ロベルト様がそっとヨゼフィーネ様の背後に立ったのが見えました。
ロベルト様ならうまくヨゼフィーネ様を説得してくれるでしょう。
彼に後を託して、わたくしは前に進み出ました。同時に、ピンスポットがもう一本出現し、わたくしをも照らし出します。
「ミラベル様! わたくしが不心得でした。どうぞお許しください」
カーテシーではなく、わたくしは深く頭を下げました。けれど、わたくしの謝罪をミラベル様は扇を振って拒絶します。
「いいえ、許しませんわ!」
高飛車なその態度に、周囲の人たちの中には不快げな表情になる人もいます。高位貴族からの謝罪を下位貴族が撥ね付けるなんて、この身分社会の中ではあり得ないことですものね。
でも逆に、ミラベル様に対して同情の視線を向ける方もいらっしゃいます。主に男性が。
「そ、そんな……」
ショックを受けたようによろめくわたくし。その前で、ミラベル様は晴れやかに笑いました。
「だって、許す必要がありませんもの!」
ミラベル様はくるりと回転しながら、ドレスの肩と腰のところの仕掛けを外しました。
たっぷりと重ねていたドレープがひっくり返って下になだれ落ち、内側の真っ白なレースが現れます。
ふわりと広がったスカートが落ち着くと、そこにはピンクの地に白のレースを重ねた愛らしいドレスのミラベル様が出現いたしました。
ぴったり体に沿ったボディスはピンク、そこに白で繊細な刺繍が施してあります。
悪役令嬢たる黒のドレスから、ピンクと白のヒロインドレスへの早変わりです!
あまりに見事な変身に会場がわっと沸きました。
わたくしも内心大興奮です!
前世の知識で「こんな演出はいかが」と提案はいたしましたが、まさかこれほどうまくいくとは。
目の前の特等席で見られて幸せですわ~!
「ええっ、なんですの今のは!?」
「すごい、ドレスが替わった!!」
「面白ーい!」
会場の雰囲気が、リアルな断罪劇に対する気まずいものから、まるで演劇でも見ているかのような気楽なものへと変わっていきます。
BGMも心躍るような明るく元気なものに変化しております。
「アレクサンドラ様のおかげで、わたしは剣術と魔術、ふたつとも奥伝をとり、マスタークラスまで達することができました。感謝こそすれ、恨みなんかいたしませんわ」
ミラベル様がわたくしに柔らかに微笑みました。
その手に持つ扇には、今は白の羽がついています。実は光を操作して黒い色に見せかけていただけなのです。
これをもっと広範囲にできるようになったら、ドレスの色なども自由自在に変えられるのですが、それにはまだ時間がかかりそうです。
扇のような小さなものでも、近くで見るとバレてしまいますしね。
「ですから、アレクサンドラ様が謝罪なさることなど何もないのです。それに、過酷な鍛錬をされているのはアレクサンドラ様も同じ」
……ん?
「アレクサンドラ様はわたくしと同じ、いえそれ以上の鍛錬をされて、武者修行にまで挑まれています。最初は心ない中傷をするものもいたようですが、現在ではその腕前は皆に認められていますわ。黒狼を倒し、違法薬物を使った犯罪者を捕らえ、先日などは南の森に出現した 巨大熊の退治に貢献なさったのです!」
ミラベル様、アドリブ入れてきましたわね!?
武者修行での詳しい出来事はミラベル様にはお話ししていないのですが、きっとクリストフ様あたりから聞いたのでしょう。
予定にないミラベル様のセリフにわたくしは少々慌てます。そのわたくしの手を、ミラベル様がとって、しっかりと握りました。
「アレクサンドラ様のお志の尊さ、気高さはわたしが知っています。いいえ、生徒会の方々も大鷲会の方々もご存じです」
「ミラベル様……」
そのように、曇りなき瞳でストレートに褒められてしまうと、照れてしまいますわ。わたくしは、自分の頬に熱が集まっていくのを感じました。
ミラベル様はにっこりと微笑むと、周囲の人々へと向き直りました。
「さあ、それでは奥伝を許されたアレクサンドラ様とわたしの魔術による、光の饗宴をお楽しみください」
ミラベル様が護符を取り出して、発動させます。
ミラベル様の手から光が浮き上がり、薄暗い会場の天井に美しい花を咲かせます。わたくしも何枚かの護符を取り出して、ミラベル様の花に上に妖精を重ねたり、小鳥を飛ばしたりいたします。
前世でいうところのプロジェクションマッピングのようなものですわね。
天井の映像に合わせて、音楽も幻想的なものに変わり、雰囲気を盛り上げます。
「これは素晴らしい……」
「このような魔術の使い方があるとは」
会場にいらした保護者の方々にも好評のようで嬉しいですわ。
やがて天井の小鳥たちや妖精が飛び去って、咲き乱れていた花々がいっせいに光の粒となって会場の中へ降りていきました。
同時に場内の照明が元に戻され、音楽がダンスのためのものへと変化します。
軽く一礼して下がるミラベル様とわたくしに入れ替わるようにして、手を取り合った男女が中央フロアに進み出ます。
今年卒業される先輩方です。
ここから、ダンスタイムの始まりとなります。
……ふう、なんとか誤魔化せたでしょうか。
「お疲れ様でした、アレクサンドラ様」
「ミラベル様も。お見事な演技と魔術でしたわ」
わたくしとミラベル様はお互いを労りながら、中央フロアから端の方へと移動していきます。
大役を終えたミラベル様とふたり、会場の隅かいっそ控え室にでも行って休もうかと思ったのですが、そうは問屋が卸しませんでした。
「アレクサンドラ様、ミラベル様! 素晴らしゅうございましたわ」
「そのドレス! いったいどういう仕組みですの」
「おふたりの光の魔術にはうっとりしてしまいましたわ」
「あれは! あの魔術はいかなる仕組みなのだ! 教えなさい!」
一連の出来事に興奮した方々に捕まってしまったのです。
わたくしたちを囲む女生徒たちの後ろにレグノルト助手もいますが、広がるドレス集団に阻まれて近づけないようです。
「本当に素敵! まるで劇を見ているようでしたわ」
「流行の断罪劇ですわね!」
「拙い余興でしたが、楽しんでいただけたようで嬉しゅうございますわ」
わたくしは扇を広げ、鷹揚に微笑みます。ここが勝負です。余裕を感じさせなければなりません。
「ヨゼフィーネ様が話しかけられたときはドキドキいたしましたが、もしやあれも……?」
「ええ、少し悪役みたいになってしまいますからどうかと思ったのですが、ヨゼフィーネ様は快く引き受けて下さいましたの」
「え……」
「まあ、そんなことが」
周囲の女生徒たちは目を丸くして驚いています。……うーん、純真に驚いている方と疑念を持っている方、半々ぐらいでしょうか。
「ええ、ダンスが始まるまでの間、いつも少し時間が空きますでしょう? そのときに、卒業生の方々に少しでも楽しんでいただけないかと、生徒会の皆で考えましたのよ」
でも、ここは余興で押し通します。
卒業パーティーで騒ぎが起きたなどとなったら、生徒会やクリストフ様の評判に傷がつきますもの。
「ミラベル様にも全面的に協力していただきましたの。可愛らしい悪役でしたでしょう?」
「まあ、アレクサンドラ様……」
ヒロインドレスをまとったミラベル様がはにかみます。その姿はまさに天使!
「ミラベル様のドレスが替わった時は驚きましたわ」
「ほんとうに!」
「いったいどうなっていますの?」
「えっと、今はスカート部分が二重になっていまして……」
女生徒たちの興味深そうな視線がミラベル様のドレスへと注がれます。ミラベル様が裾を少し持ち上げるなどして仕組みを説明すると、感嘆の声が広がりました。
よし、話題がミラベル様へと移りましたわね。
わたくしは女生徒たちの質問に答えながら、ミラベル様とこっそり視線を交わして、お互いの安堵を伝えあいました。
まだ疑っている方もおそらくいるとは思いますが、実際に余興で会場を盛り上げることには成功いたしましたし、後から何か言われることもないでしょう。ヨゼフィーネ様さえ黙っていれば――ですが。
そっと会場を見渡せば、ロベルト様と並んで卒業生の方に挨拶をしているヨゼフィーネ様が目に入りました。
どうやら、説得は上手くいったようです。これでもう大丈夫! 一安心ですわね。
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