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53.ミラベル様の魔道ランプの研究を応用した新しい技術ですわ!

「悪行とはなんのことでしょうか。わたくしには一切心当たりがありませんわ」


 わたくしはヨゼフィーネ様を真正面から見つめて、はっきりと言い切りました。

 彼女は一瞬、怯んだ様子でしたが、すぐにわたくしを睨み付けてきます。


「生徒会の仕事を放棄しておいて、まだそのようなことを」

「武者修行で学院に来る日は確かに減りましたが、放棄などしておりませんと先ほども申しました」

「ええ、最初は武者修行なのだから仕方ないと思っておりましたわ。ですが、アレクサンドラ様はろくに修行などされていないそうではないですか」


 意外な方向に話が向いて、わたくしはわずかに眉を上げました。学院内のことであれば知る機会はいくらでもありますが、わたくしの修行のことなど誰かに聞くか、調べるかでもしない限りは耳に入らないはずです。


「事実無根ですわね。南の森の入出記録でもお見せしましょうか?」

「南の森に行くだけは行かれているようですけれど、実際は護衛に戦わせて、ご自身は呑気にお茶を飲んでいらっしゃるとか」


 バラ色のルージュを引いたヨゼフィーネ様の唇が歪な弧を描きます。


「ご存じ? 実力もないのに勇者を目指す滑稽な公爵令嬢がいると、下々の者にさえバカにされておりますわよ」

「別に、誰かに何を言われても気にしませんし、それはわたくしの悪行とやらと関係ございませんわね?」


 わたくしの悪い噂は最近はだいぶ緩和されておりますので、ヨゼフィーネ様の情報は少し古いようですわね。

 わたくしは軽く目を閉じ、自分の胸に手を当てました。それはまるで神への誓いのよう。


「わたくしが自分で戦い、修行を重ねていることは、わしくし自身が事実だと知っております。それで充分です。いつか、皆伝や極伝に進むことで、わたくしはわたくしの実力を世に知らしめましょう」

「~~~そもそも本当に奥伝の実力があるかも疑わしいと聞いていますわ。金の力で得た位だと」


“聞いている”“修行などされていないそう”……先ほどから、ヨゼフィーネ様のお話はすべて伝聞です。いったいどなたに吹き込まれたのやら。まあ、彼女が誰かに調べさせたから、という可能性もありますが……。

 いずれにせよ、修行者や狩人(ハンター)たちにわたくしの悪評をばら撒いたのはヨゼフィーネ様ではなさそうです。


「そんなこと有り得ません!」


 サリーチェ様が憤慨されます。


「アレクサンドラ様の魔術がどれほど素晴らしいか、魔術コースの人間は皆知っています。生み出される魔術はどれも今までになかったような、画期的なものばかりで……。月の塔にすら届いているほどなのに」

「そもそも奥伝を金でやり取りできるなどと考えること自体がおかしい! 我々、魔術を教えるものへの侮辱だ!」


 わたくしたちの会話に割って入ったのは、魔術士見習いレグノルト・クンツェです。

 卒業パーティーですので、もちろん先生方や助手の方も招待されております。いつもの黒いローブはさすがに着ておりませんが、黒のスーツにシャツまで濃いグレーというあまり代わり映えのしない出で立ちです。


 この方が口を挟むと、面倒なことになりそうですわね。

 というか、人が集まってきてしまっております……。

 できれば、あまり人目に付かないように対処したかったのですが、仕方ありません。

 わたくしは、人垣の向こうからこちらを見ているロベルト様にそっと目配せいたしました。


「だ、だいたい公爵令嬢ともあろう方が武者修行などされるのがおかしいのです」


 発言を撤回しろと騒ぐレグノルトに辟易したのか、ヨゼフィーネ様はまた矛先を少し変えました。


「もっとも、アレクサンドラ様は昔から暴力的で……失礼、とても活発でいらしたそうですから、そういう野蛮なこともお好きなのでしょうけれど」


 ……なるほど。どうやらヨゼフィーネ様にあれこれ吹き込んだのは、わたくしの昔のことをご存じで、それが気に入らない方のようです。

 だんだん犯人が絞られてきたような気がいたします。


「ずいぶんと見当外れのことをおっしゃいますのね。武者修行は己を高めるための手段。生命の危険もありますのよ。好き嫌いでするものではございませんわ」

「……っ」


 わたくしに淡々と反論され、巨大カールに圧迫された綺麗なお顔が歪みます。


「む、武者修行では強くなるために魔物を喰らうのだとか。さすがはアレクサンドラ様ですわね。わたくしにはとても真似できませんわ」


 わたくしは手に持っていた扇をバシンと強く音を立てて閉じ、彼女を強く睨みつけました。

 さすがにこれは聞き捨てなりません。武者修行者への風評被害に繋がりますもの。


「真剣勝負のことなど何も知らない愚か者たちが、面白おかしく作り話をしているのは存じておりましたが、まさかヘンチュケ公爵家ご令嬢たるヨゼフィーネ様がそのような世迷い言を口にされるなんて……嘆かわしいですわね」

「ほ、本当のことでしょう! 武者修行で倒した魔物を、術者は己の糧とするというではありませんか。なんて悍ましい……!」


「あなたは肉を食べないのですか。魚も、パンですら小麦の種子を犠牲にして、わたくしたちは己の糧としています」

「それとこれとは」


「同じことです。術者が糧とするのは魔物の魔力ですから、食物として口にするのとはいささか事情は異なりますが、本質的には変わりません。わたくしたちは、毎日、何者かの生命を糧にして生きているのです。魔物に限っても、わたくしたちは彼らが残す魔石を魔術道具に利用しております。ヨゼフィーネ様は魔術道具を使われたことはありませんの? その見事なカールはヘアアイロンで作られたのでは? そうやって己を飾るために魔石を便利に使うあなたは、悍ましくはないのですか」


「で、でも、わたくしは自分で殺しているわけではありませんわ!」

「与えられた利益を享受している以上、同じ側に立つ者です。それに、今まで武者修行をされてきた方がどれだけいると思っているのです。あなたは勇者様をはじめとする過去の武人たちを侮辱していることに気づいているのですか?」


 現代では武者修行をされる方はだいぶ少なくなったとはいえ、保護者まで入れればこの会場にも何人もいらっしゃいます。

 何よりクリストフ様が武者修行に励まれているのは有名な話です。そのことに気づいたのか、ヨゼフィーネ様の顔色が青ざめました。


「“魔滅”を可能とするのは、優れた技を持つ者のみ。そこに至るまでに、どれほどの血の滲むような鍛錬があると思っているのです。その努力を誇りそこすれ侮辱するとは、ロランクール王国の貴族として恥ずかくはありませんの!」


 平和な世が続き、だいぶ薄れたとはいえ、勇者輩出を国是とする我が国は質実剛健を尊ぶ尚武の気風です。

 武者修行を誹謗したヨゼフィーネ様への人々の視線は冷たいものになりました。

 おそらく、これでヨゼフィーネ様が次期生徒会に入る芽は断たれたのではないでしょうか。実力はある方だと思っておりましたので、残念ですわね。


 わたくしへの当たりの強さにうんざりさせられてはおりましたが、正面からわたくしに嫌味を言いに来たり小細工が苦手だったりと、言動の節々に根は真っ直ぐな方なんだろうなと感じられて、憎めないところもあったのですよね。

 だからこそ、わたくしへの悪評を吹き込まれて、簡単に操られてしまったのでしょうけれど。


「で、ですが貴女は男爵令嬢にひどい虐めをしているそうではないですか!」


 ふたたびヨゼフィーネ様は方針転換をして、今度は男爵令嬢――おそらくミラベル様のことでしょう――の件でわたくしを責めることにしたようです。

 こういう諦めの悪いところもそれほど嫌いではありません。


「虐めなどした覚えはありませんわ」

「嘘をつくのはおやめになって。アレクサンドラ様が嫌がるミラベル・アッカーマン嬢に厳しい鍛錬を課していたこと、学院中が存じておりますわ。ご本人から証言だってありますのよ!」


 ヨゼフィーネ様が手を振ると同時に、周囲のご友人たちが誰かを招くように左右に分かれました。けれど、そこには誰もいません。

 同時に照明が半分ほどに落とされ、会場の中にざわめきが広がっていきます。そこへ。


「おーーーーーーっほっほっほっほっ!」


 女性の高笑いが響いてきました。……うーん、60点。精一杯悪女らしくしているようですが、性格の良さが滲み出てしまっています。


 かしゃ、と天上の魔道ライトが動く微かな音がして、綺麗に清掃された中央フロアに一条の光が降りそそぎました。

 前世で言うところのピンスポットです。


「この光はなんだ!? どうやって光を集中させているのだ。光とは拡散するもの、その性質を……」


 レグノルト助手がぶつぶつ呟いているのが聞こえます。

 ふふふ、ミラベル様の魔道ランプの研究を応用した新しい技術ですわ!


 そのスポットライトに照らされて、ひとりの少女が立っていました。

 禍々しい黒いドレスに身を包み、高笑いをしている人は、さきほどヨゼフィーネ様が話題にされた、公爵令嬢ミラベル・アッカーマン、その方でした。

ヘアアイロンは魔術道具のものと火で温めるコテタイプがあって、貴族はだいたい魔術道具を使っています。


読んでいただいてありがとうございました。

反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。

次回も土曜日夜に投稿いたします。


もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。

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