51.何をなさっているんですか、ロベルト様
ご来訪ありがとうございます。
本日から再開いたしますが、まだ少し多忙のため、しばらくは週一ペースとなります。
申し訳ありません。
魔術の灯りがぽつりぽつりと灯りだし、夕闇の中に学院のメインホールを浮かび上がらせました。
家紋の入った馬車が次々と校門を潜り、着飾った生徒や保護者を吐き出していきます。
わたくしはそれを控え室に割り当てられたサロンの窓から眺めておりました。
昼に行われた大講堂での卒業式典に続き、夕刻からはメインホールにて卒業を祝うパーティーが行われます。
式典は学院指定の制服ですが、パーティーは正装になります。――制服も正装ではありますが、ドレスなどのフォーマルスタイルが一般的です。
そのため、パーティーの主賓たる卒業生の方々やご家族の方々、一般生徒たちは一度自宅やホテルなどに帰り、身支度を調えてからパーティーに参加されます。
ですが、生徒会執行部や大鷲会のメンバーは、役割によってはなかなかその時間が取れないこともあります。
ですから学院内に着替えのための控え室をいくつか用意しているのです。
わたくしは屋敷に帰ろうと思えば帰れたのですが、何かあったときのためにと学院内に留まることを選択いたしました。
何しろ、巨大熊騒動の後、魔力の使いすぎでわたくしは二日ほど寝込んでしまい、さらにはお役所から騎士団まで、各方面に事情説明を求められ、それに応じていたりするうちにあっという間に時間は過ぎ去り……今日この当日まで、ほとんど学院に来ることができなかったのです。
エアハルト様やヴィルヘルム様がいらっしゃいますし、大鷲会のメンバーも優秀な方が揃っていますから心配はしておりませんが、せめて当日ぐらいは一日学院にいるのが責任というものでございましょう。
現場の指揮を執るのは大鷲会の方々ですが、卒業パーティーの責任者はわたくしです。何かあったらこちらのサロンに連絡が来ることになっております。
それにしても、先輩方とお別れを惜しむ時間がなかったのが返す返すも残念です。
でも、その代わり、今回の巨大熊の件に絡めて、次の冬に発生するはずの魔物大暴走について、遠回しに警告できたのは大きな収穫でした。
今後起きる予定のゲームイベントの中でも、魔物大暴走は特に被害が大きいのです。
どうにかして国に備えをしていただきたかったのですが、公爵家とはいえ、一介の令嬢が国政に口を出せるはずもなく……。
そもそも魔物大暴走はゲームのイベントです。本当に起こるかどうかはわかりません。
ですので、わたくしの誘拐事件や詐欺事件など他のイベントが現実でも発生し、大暴走が起きる可能性も高いと判断できたら、お父様にご相談するなり、クリストフ様にお話しするなりしようかと思っておりました。
前世の記憶のことは言えませんので、最近魔物が活発化してるとか、適当に理由を作らなくてはならなかったでしょうが……。嘘をつくのは心苦しいですが、嘘も方便と申しますものね。
ですが、今回の生息地域以外での不可解な巨大熊の発生、さらには毒蛙の巨大化があったおかげで、国で魔物の動向や生息域の再調査などを進める方向になりそうだとか。
本当に安心いたしました。
実際、今回の件が魔物大暴走と無関係とは言い切れません――むしろ、関係があるとみたほうが自然だと思います。
ゲームではわりと唐突に発生するイベントだったのですけれど、現実ならば予兆があってもおかしくありませんもの。
わたくしも魔物たちに異変が起きていないかどうか、注意深く観察することにいたしましょう。
……もっとも、武者修行がいつ再開できるか、わからないのですが。
南の森は閉鎖され、現在は騎士や魔道士たちが総出で調査中なのですが、お話を伺った感触ではどうも長引きそうなのですよね。
あの森は庶民にとって手軽な狩り場でもありましたので、長くは閉鎖されないとは思うのですが、半月やひと月程度はかかりそうです。
この卒業式が終われば学院は自由登校に入るので、集中して修行をしようと思っていたのに残念です。
真面目に騎士団や魔術士団の鍛錬場をお借りすることも考えなくてはならないかも知れません。
あるいは、他の武者修行者とパーティーを組むか……。
武者修行初心者でも一定のレベルに達している場合は、上級者とパーティーを組めば、他の場所の修行も認められるのです。
当初は公爵家の娘であることを隠さなくてはならなかったため、こちらの方法は考慮に入れてなかったのですが、今となっては明かしているも同然ですので、考えてみてもいいかもしれません。
「お嬢さま、そろそろお時間です」
物思いに沈むわたくしの後ろから、スサンナがそっと声をかけてきました。
学院には学院専用の侍女やメイドがいて、家付きの使用人は使わないのが基本ですが、本日は例外として認められております。
わたしくはメイドが用意した姿見で身支度の最終チェックをしてから、大ホールへと向かったのでした。
入り口で軽いチェックを受け、花かごを受け取って、わたくしは大ホールの中へと足を踏み入れました。
高い天井に音楽とシャンデリアの光が反射して、絢爛なムードを演出しております。
ホールの中には、すでに多くの人が集まっていました。その間を給仕やメイドが目だたぬよう行き交っております。
ちなみに彼ら彼女らはほとんどが大鷲会で手配したプロですが、中には学生も混じっていたりいたします。
我が学院に通う平民や下位貴族はそのほとんどが官僚希望――中にはミラベル様のような方もいらっしゃいますが――ですが、家事使用人として貴族家や王宮への就職を希望するものもいないわけではありません。
そういう方たちのための経験の場として、希望者を毎年募っているのです。
毎年、募集枠に対して二倍から三倍の応募者があるほど人気だと耳にしております。
「お飲み物はいかがですか?」
音もなく近づいてきた給仕が、わたくしにすっと飲み物が並んだトレイを差し出しました。
本当の晩餐会であればお酒なのでしょうが、学院の生徒はみな未成年です。給仕たちが配るのはジュースと決まっております。
お酒が飲みたい保護者は特設されたコーナーに注文しに行くことになっております。まあ、ご本人が行くことはほとんどなく、従者の方が取りに行かれるのですが。
「ありがとうございます……って」
そこにいたのはノイチュ侯爵家のロベルト様でした。以前マルガレータ様が出汁にされていた弟君で、わたくしたちの一学年下です。
「何をなさっているんですか、ロベルト様」
侯爵令息である彼は、家事使用人として貴族や王宮に職を求めることはないはずです。官僚としてなら有り得るでしょうが。
「古式ゆかしき風習に則って、僕も給仕というものを体験してみようかと思いまして」
そう言って、ロベルト様は茶目っ気たっぷりに片目を瞑りました。
現在のような学校のない時代、行儀見習いとして貴族の子女がパーティーの場で給仕やメイドとして働くという風習がありました。
彼らはそこで貴族のしきたりやたしなみを学び、時にはその場で上位貴族の目に止まって引き立てられる、などということもあったそうです。
けれど、ロベルト様は侯爵家ご嫡男。古き風習に則るとしても、行儀見習いに出されるようなお立場ではございません。
「……こうやって会場を回っていると、雰囲気がよくわかるんですよ。飲食物の不足や流れてる音楽の不満……。何か問題があったら、すぐに対処できますから」
ロベルト様は大鷲会の会長で、おそらく時期生徒会会長と目されている方です。
感心しかけたわたくしでしたが、
「僕も得がたい経験ができて一石二鳥です」
というロベルト様の次のセリフで台無しになりました。
「結局、楽しんでらっしゃるのでは?」
「何事も楽しまないと損じゃないですか。――ああ、そろそろ始まりますね」
大きく開かれ、客を迎えていた大ホールの扉が閉じられていきます。
ホールにいた在校生たちがなんとなく扉の近くから一本の道を作るように並んでいきます。保護者の方々は護衛の騎士や大鷲方の方々に誘導されて、壁際へと移動していきます。
そして、再びホールが開かれたとき、そこには卒業生の方々が並んでおられました。
「おめでとうございます!」
在校生たちが、ホームへ入ってきた卒業生に向かって花びらを投げかけます。
お祝いと花びらのシャワーを受けながら、卒業生たちは花道をホールの奥へと進んでいきます。
そして、卒業生代表と在校生代表が挨拶をすれば、卒業パーティーの始まりです。
すでに卒業式典で国王陛下や学院長がお祝いを述べておりますので、パーティーは生徒主体になっております。
……そういえば、国王陛下……。今頃は貴賓室で学院長におもてなしをされているはずですが……。
ご挨拶に、伺わねば……ならないのですよね。
はあ、気が重いですわね。
読んでいただいてありがとうございました。
お休みしていた間も見に来てくださる方がいて、励みになっておりました。
感謝いたします。
前書きにも書きましたが、また少し多忙のため、しばらくの間週一投稿とさせていただきます。
スローペースで本当に申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。




