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50.絶対に知られてはならない。(三人称:ミラベル視点5)

詳しい描写はありませんが、大きな黒光りする虫が少しだけ出てきますので注意。

「た、試すだけ、なら……」

「まあ! ありがとうございます! わたくしも一生懸命お手伝いいたします。一緒に頑張りましょうね」

「え、オルテンブルク様が一緒に」

「当然ですわ。わたくしがお誘いしたのですもの」


 俄然ミラベルはやる気になった。アレクサンドラと一緒に鍛錬できるなんて、ご褒美でしかない。


「もしよろしかったら、わたくしのこと、アレクサンドラとお呼びになって?」

「ええっ」

「わたくしも、ミラベル様とお呼びしてもよろしいかしら」

「も、もちろんです! オ――アレクサンドラ様」

「これからよろしくお願いいたします。ミラベル様」


 アレクサンドラと名前を呼び合う仲になって、ミラベルは天にも昇る心地だった。


 おかげで勇者になるための猛特訓にも耐えられた。剣術と魔術の腕がみるみるうちに上がっていくのは我ながら楽しかったし、今まで知らなかった世界に興味が湧いた。

 剣術についてはアレクサンドラはまったくダメで、すぐにクラスが違ってしまったけれど、魔術ではずっと一緒のクラスだったのも嬉しかった。


 睡眠時間が少ないのはきつかったが、隙間時間に寝たり、課題を早く終わらせて睡眠時間を確保した。

 何かの話の折にアレクサンドラみたいに美しい所作になりたいと言ったら、作法についても教えてもらえることになった。


 アレクサンドラと急に親しくなったミラベルに対し、嫉妬して意地悪する者もいたけれど、ミラベルが強くなり、所作も美しくなるにつれ少なくなっていった。

 二ヶ月後にはミラベルは上級クラスを修了し、剣術と魔術の奥伝を授けられた。

 アレクサンドラの言うとおり、本当に勇者になれるんじゃないかと、そんな風に自惚れたりもした。


 ――武者修行の話を聞くまでは。


 ミラベルは王都育ちで、魔物を見たことはほとんどない。

 王都は高く厚い壁で囲われていて、さらに強力な結界も施されているので、魔物は入ってこられないのだ。


 けれどただ一度だけ、遭遇したことがあった。

 商人である父親が仕入れに行くというので無理を言ってついて行った南のリゾート地で、可愛らしい兎を追いかけて、つい結界のある道を外れて森の中に入ろうとしたとき。


 ぶん、と大きな羽音を立てて目の前を何かが過ったと思ったら、兎が目の前から消えていた。

 代わりにミラベルの視界に入ったのは、人の腰ぐらいまでありそうな、黒光りする巨大な虫。

 その口に血まみれの兎が咥えられているのを見て、ミラベルは悲鳴を上げた。


 ミラベルが無事だったのは魔物避けのアイテムを身につけていたことと、護衛がすぐさま駆けつけてきたおかげだ。

 けれど、ミラベルの目に焼き付いた光景は消えなくて、ショックのあまり、彼女は熱を出して二日ほど寝込んでしまった。


 以来、ミラベルはその魔物はもちろんとして、虫全般が苦手になってしまったのだ。

 だが、武者修行の下準備として調べた魔物辞典には、たくさんの虫型の魔物がいた。それ以外の魔物も気持ち悪いのや強そうなのが山ほど掲載されている。

 ドラゴンや銀狼なんて絶対に倒せない、とミラベルは思ってしまった。


 魔物討伐に向かった騎士が重傷を負った。去年の討伐では死者も出た。

 今までは興味が薄く、他人事のように感じていたそんなニュースが、我が身のこととして感じられるようになった。

 家族や婚約者に大反対されたこともミラベルの悩みとなった。


「君は僕のお嫁さんになるのに、武者修行なんて行く必要はないだろう」


 婚約者のグレブは、もともとミラベルが剣術や魔術を習うことにもいい顔をしていなかった。ただ誘ったのが公爵令嬢のアレクサンドラだったから、しぶしぶ認めていただけだ。


「で、でも、わたし、勇者になれるかもって……」

「じゃあ君は、僕との婚約を解消するのかい?」

「え?」

「君が勇者になるというのは、そういうことだよ」


 ミラベルは学院卒業後、18歳の成人を待って伯爵家嫡子クレブに嫁ぐことになっている。

 伯爵夫人となる彼女に求められるのは、家内を取り仕切り、社交で家の評判を上げ、跡継ぎを生むこと。


 剣術や魔術の勉強を続けることを伯爵家は認めないだろう。

 もちろん勇者となって、国のために働くことも、

 グレブもこの国の貴族である以上、勇者を目指すことの意義は知っている。

 だが、それがミラベルとなると話は変わってくるようだった。


「君は本当に勇者になりたいの? 僕や伯爵家を捨ててまで? もう一度よく考えてごらん」


 その言葉は、ミラベルの痛いところを確実に貫いた。

 アレクサンドラに勇者になれると言われて、ミラベルは舞い上がった。

 鍛錬を始めれば剣術にも魔術にも才能があったみたいで、本当に勇者になれるかもと思った。


 ――なれるなら、なってみようかな。


 ミラベルが勇者になろうと思ったのは、そんな程度の覚悟だった。

 アレクサンドラのように国のため、我が身を犠牲にしようなんて決意はない。髪を切れと言われたら、きっと嫌だと思ってしまうだろう。


 ミラベルはただアレクサンドラに声を掛けられたから――アレクサンドラと親しくなれるのが嬉しくて、勇者になろうとしただけだ。

 自分の浅はかさにミラベルは深く落ち込んだ。

 こんな自分はきっと神だってお認めにならない。


 ミラベルは、アレクサンドラに修行をやめたいと何度も言おうとした。けれど、彼女の笑顔を見るとどうしても言えなかった。

 彼女に期待されることがミラベルは嬉しくて、その期待を裏切ってしまうのだと思うと心苦しかった。


 どうにかして家族やグレブと彼の両親を説得して、アレクサンドラの期待に応えようかと思ったこともあった。

 でも、武者修行の話を聞いたり辞典で魔物の絵姿を見ると恐怖で体が震え、やっぱり無理だという気持ちが強くなる。


 ミラベルは思い悩み、夜も眠れなくなった。

 人は寝不足だと頭が上手く回らなくなり、感情的になったり突拍子もない行動に出るようになるものだ。


 今思い返してもなんであんなことをしたのか、ミラベルにもよくわからない。

 わからないが、剣術の授業の帰りに見た中庭の芝生が、綺麗に手入れされ、日が当たって温かそうで、「あそこに座ったら気持ちがいいだろうなあ」なんて思ったのだ。


 アレクサンドラの前では気を張っていつも通りの顔をしていたのに、気が緩んでしまったのかも知れない。

 気がついたらミラベルは芝生の上に座り、それだけでは飽き足らずに寝転んでいた。そして記憶はそこで途切れ、気がついたら彼女は医務室に運び込まれていたのだった。


 その後のことは思い出したくない。

 ヒートアップするヴィルヘルムを止められず、アレクサンドラには本当に悪いことをしてしまったとミラベルは心底後悔している。


 ミラベルがもっと早くにアレクサンドラに打ち明けていれば、いや、それ以前に勇者になるということの意味を最初からきちんと考えていれば、あんな風に彼女が責められることなどなかったのに。

 だから、二度とミラベルはアレクサンドラの不利になるようなことをするつもりはなかった。


 ――ミラベル様は強制的に剣術や魔術をやらされていてお気の毒。

 ――ミラベル様は友人に振り回されてお気の毒。

 ――ミラベル様は友人に利用されていてお気の毒。


 最初、ミラベルは自分に近づいてくる令嬢たちは、あの生徒会室の出来事を知っているのかと勘ぐった。

 たが、軽々しく言いふらすようなタイプはあの場にいないだろう。

 それに、誘いを掛けてくる様子をみるに、どうやら彼女たちに確証はないようだった。だから逆にミラベルから話を聞き出そうとしているのだ。


 絶対に知られてはならない。ミラベルが不満を持っていたとか、迷惑していたとか、そんな風に事実を歪曲されるに決まっているのだから。


「ヴィルヘルム様に一度ご相談しておくべきかしら。いえ、それならクリストフ様の方が……?」


 男爵令嬢のミラベルにとって、第二王子も侯爵令息も気軽に声を掛けるにはいささか心理的ハードルが高い人たちだ。

 ただ、ヴィルヘルムは入学式で道に迷った彼を案内したという縁があり、以来、恩を感じているのか親しく声をかけてきてくれるので、きっと話は通りやすい。


 ヴィルヘルムからクリストフに話をしてもらおうか。でも、彼女たちは直接悪口を言ってきたわけではない。

 女性特有のあやふやな言い回しでの誘導を、ヴィルヘルムにうまく説明できる自信がミラベルにはなかった。

 生徒会室の件でもわかるように、彼は少しばかり直情的なところがあるのだ。


 では、直接クリストフに説明する?

 そう考えて、ミラベルはちょっと怖じ気づく。

 第二王子のクリストフとはあの時に話したきりだ。剣術のマスタークラスで一緒ではあるけれど、鍛錬のプログラムは男女別であることがほとんどだし、最近はアレクサンドラだけでなくクリストフも学校に来ないことが多かった。


 けれど、アレクサンドラのためならば勇気を出さなくては。

 きっとクリストフも話を聞いてくれるはずだ。

 だって、第二王子が筆頭公爵のオルテンブルク卿の掌中の珠に思いを寄せていて、幾度となく婚約を申し込み、その度に鉄壁公爵に跳ね返されているのは有名な話だ。


 余談だが、アレクサンドラは父親とクリストフの攻防をまったく知らされてないらしい。あんなに親しそうなのにと、ミラベルはビックリしたものだ。

 確かに貴族令嬢と婚約したいと願うなら、先ず親に申し込んで、許しを得てから本人に言うものだけれど、クリストフの忍耐には敬服するしかない。


 きっとそれだけ、アレクサンドラが大切なんだろうなとミラベルは思う。

 だから必ず、耳を傾けてくれる。


 ――放課後、生徒会室に行ってみよう。


 ミラベルはそう決意すると、友だちとの昼食のために食堂へと急いだ。

ミラベル視点これにて修了です。思ったより長くなってしまいました(^_^;

物語の始まりをミラベルサイドで一度書いておきたかったのです。

この話の中のゲームはミラベルの能力が高くなると、グレブじゃなくて他の相手とくっつくことになるので、裏で秘かに婚約解消されてたんだろうなあと思います。

実は、物語中でもちょっと危ない状態です。どうなるミラベル!?


読んでいただいてありがとうございました。

反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。

もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。


予告しておりましたとおり次回は1ヶ月ほどお休みをいただき、6月末か7月頭に再開する予定です。

少しお時間が空いてしまい申し訳ありませんが、再開した折には気が向いたらまた読みに来ていただければ嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

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