49.凶悪に可愛い。(三人称:ミラベル視点4)
すみません、終わりませんでした。
ミラベル視点、もう一回続きます。
その日、登校したミラベルがCクラスの席でカバンの整理をしていると、何だか教室の空気が一斉に波立ったような、おかしな気配がした。
なんだろうと思って顔を上げると、教室の入り口に人だかりがしていた。
何人かの群がる女生徒に対峙しているのは、美しい銀髪の生徒――アレクサンドラだった。
何故、彼女が男爵位が入るCクラスに?
大鷲会に入ってる生徒に用かな?
確か熱を出したとかで三日ほど休んでらしたけれど、お加減は大丈夫かしら。
いくつかの疑問を浮かべつつも、朝からアレクサンドラの姿を見られるなんてラッキーだな……と呑気なことを思っていたら、バチリと彼女と目が合った。
「アッカーマン様!」
アレクサンドラの表情が明るくなる。その表情は、待ち人がミラベルだったことを示しているけれど、心当たりはさっぱりない。
「失礼しますわね」
彼女は周囲の女生徒に断りを入れてから、戸惑うミラベルの前に歩いてきた。
相変わらず、ため息が出るほど綺麗な所作だ。ただ歩いているだけなのに、惹きつけられて目が離せない。
「アッカーマン様、今日の放課後、お時間はありまして?」
へ?と貴族らしくない声が出そうになるのを、ミラベルは必死に飲み込んだ。
「あ、は、はい……あります、けど」
曖昧な疑問形は、高位貴族からの質問の答えとしては少々マナー違反だ。けれど、ミラベルの困惑がつい声に出てしまった。
だって、アレクサンドラとはあの特別な一週間以降は、こんな風に話すことはなかった。
そりゃ、たまに学院ですれ違ったら挨拶ぐらいはしたけれど、それ以上のことは一切ない。
こんな、予定を訊かれるような心当たりなんてないのだ。
これじゃまるで、友だちみたいではないだろうか――。
それとも何か自分に苦情があるとか、文句があるとか、そっち方面だろうか。
それなら可能性は高そうだ。心当たりがないのはやっぱり同じだけれど、ミラベルが気がつかないうちに、何か粗相をしていたのかもしれない。
「ああ、良かった! では、こちらを」
けれど、アレクサンドラはミラベルに美しく装飾された封筒を差し出したのだ。
「え、えええっ」
今度こそミラベルは声を抑えることができなかった。それは、紛れもなくお茶会の招待状だった。
「急なお誘いになってしまって申し訳ありません。一度、アッカーマン様とゆっくりお話したいと思いましたの。もしよかったら、来ていただけますか?」
ミラベルはすぐには返事ができなかった。招待状を見て、アレクサンドラを見て、また招待状を見る。
これは、夢ではなかろうか。
学院には各学生に1つずつメールボックスが用意されていて、招待状などはそこに送るのが普通だ。直接渡すのは、それだけ親しいか、熱意が高い場合となる。
ミラベルがいつまでも返事をしないものだから、アレクサンドラの瞳がわずかに翳りを帯びた。
「……やっぱり不躾でしたわね。ごめんなさい、もしもご予定が」
「あ、いえ、行きま……ご招待お受け致します! ありがとうございます!!」
慌ててミラベルは招待状を押し戴いた。
「お礼を言うのはこちらですわ。では、放課後を楽しみにしております」
「はい!」
柔らかに微笑んでアレクサンドラが去っていくのを、夢見心地でミラベルは見送った。
すぐにクラスメイトに囲まれて質問責めに遭い、中にはちょっと嫌味を言ってきたりする人もいたけれど、ふわふわした気分はずっと続いていた。
他の人も何人か招待されているのだろうなと勝手に思っていたミラベルだったが、お茶会会場である談話室には、なんとアレクサンドラしかいなかった。
「アッカーマン様、ようこそおいでくださいました」
嫋やかな手を広げて迎え入れられ、ミラベルは緊張と興奮でますます舞い上がってしまった。
「お、お招きいただき、ありがとう、ございますっ」
いくら落ち着こうと思っても、声がどうしようもなく上擦ってしまう。
家政コースの上級クラスでは隣に座っていたが、今回は対面だ。しかも一対一。嬉しいけれど、絶対にやらかしてしまう気がして怖い。
そこで、ミラベルは姑息な手段に出ることにした。
「あ、あのっ、わたしっ、えっと、高位貴族の方とご一緒するには、まだ礼儀作法が不十分で……その、公爵家ご令嬢であるオルテンブルク様にはお見苦しいところをお見せしてしまうかも知れませんが、なにとぞご容赦いただければと」
最初に謝って、無作法を大目に見てもらおう作戦である。
「まあ……それで、そんなに緊張なさっていましたのね?」
アレクサンドラは少し目を見張って、それからにこりと笑った。
「では、この場は無礼講ということにいたしましょう。どうぞお楽になさって」
「あ、ありがとうございます」
無礼講と言われたからといって、礼儀を無視できるはずもないけれど、これでミラベルの気持ちは少し楽になった。
それからはアレクサンドラの巧みな話術もあって、お茶の話題や流行の話などを楽しく交わし合った。
紅茶一杯分の雑談のあと、アレクサンドラは何か話そうとして躊躇い、代わりのようにティーポットを手に取った。
「お茶のおかわりはいかが?」
「いただきます」
深みのある橙色の液体が、カップに注がれていく。白のカップと紅茶のコントラスト、ポットを持つアレクサンドラの指の白さなどに見とれていたミラベルは、相手が妙に緊張した表情をしていることに気がつかなかった。
互いに一口、紅茶を飲んで、カップを置く。
ミラベルのカップがソーサーに触れて耳障りな音を立て、彼女は唇を少し噛んだ。
マナーの達人となると、ほとんど音を立てることはないのだ。アレクサンドラだって――いや、ミラベルよりも小さいけれど、彼女のカップからも音が聞こえて、ミラベルは目を瞬いた。
今までは聞こえなかったのに。
「あの、アッカーマン様は……勇者に、興味はありませんこと?」
音を立てたことには気づいてない様子で、アレクサンドラはミラベルに問いかけてきた。唇は微笑みの形を作っているが、眼差しは怖いほど真剣だ。
「興味……ですか」
突然の質問にミラベルは混乱した。
ミラベルの住むロランクール王国にとって、勇者とは特別な存在だ。興味がないものなどいるはずがない。
まして、ミラベルは前代の勇者を支援したことで叙爵されたアッカーマン男爵家の娘なのだ。
昔からさんざん勇者と曾々祖父の友情話について聞かされていたし、他家よりも勇者を身近に感じて育ってきた。
幼い頃に兄と勇者ごっこをして遊んだのもいい思い出である。
「うち……我が男爵家は、前代の勇者様と懇意にさせていただいておりましたから、今でも家の中でよく話題にのぼっております」
「そうですわよね、アッカーマン様は百年前に勇者様を手助けなさったというご家系ですもの。――ですから、きっと運命なのでしょうね」
「うんめい」
「ええ」
バカみたいに言葉を繰り返すミラベルに、アレクサンドラは力強く頷いた。
「ミラベル様には、勇者となれる素質があるのです」
「は?」
ミラベルの口がばかりと開く。身につけたマナーなど、すっかりどこかへ飛んでいってしまった。
最初は、アレクサンドラが何を言ってるか理解ができなかった。
次に、冗談を言っているのだと思った。
けれど、アレクサンドラは本気だった。
本気でミラベルが勇者になれると思っていた。
「い……え、いえいえいえ、無理です、わたしが、勇者なんて、そんなの絶対」
「やってみなければわからないではありませんか。アッカーマン様は勇者に憧れたことは一度もありませんか?」
「そりゃ小さいときに勇者ごっこをしたりしましたけど、それとこれとは」
「まあ、わたくしもいたしましたのよ、勇者ごっこ!」
「オルテンブルク様もですか?」
あまりにも意外で、ミラベルはつい聞き返してしまった。
「ええ。わたくし、幼い頃から勇者に憧れておりましたの」
はにかんだ様子でアレクサンドラはバラ色に染まった頬に両手を添えた。凶悪に可愛い。
男だったら、きっと一発で参って、何でも言うとおりにしますと口走ってしまうかもしれない。女のミラベルだって危なかった。
「でも、わたし女ですし、勇者になれるとは」
「あら、勇者となるのは神に認められた者。性別は関係ありませんわ」
「だって、今までの勇者は全員男性で……」
「それは、たまたまそうなっただけのこと。女性でも勇者になれるのです」
アレクサンドラはきっぱりと断言する。
あまりにも疑わない態度なので、もしかしたら本当にそうなのかもしれないとミラベルは思い始めた。
例えば高位貴族のみの伝承とかがあって、女性でも勇者になれるとアレクサンドラは知っているのかも。
そもそもこの国を作ったのは竜王を倒した三人の勇者だったという。彼らは百年ほどこの地を統治した後、かつての仲間の子孫に国を託して、神の座へと昇った。
人でありながら神となった彼らは、人を愛し人を試す神であった。
彼らは人に聖なる力を授けたが、それは彼らがその力にふさわしいと認めた者にだけ。
そうして、いつしか聖なる力を受かった者が勇者と呼ばれるようになったのだ。
――まあ、たしかに男性のみに力を授けるとは言ってないかも。
「アッカーマン様。アッカーマン様は勇者になりたいと――その力があるなら、なってみたいとはお思いになりませんか?」
「~~~」
紫紺の瞳で熱を込めて見つめられ、真摯な口調で口説かれて、とうとうミラベルは折れた。
ミラベルが一番アレクサンドララブじゃないか疑惑が……(^_^;
いや、彼女は友情ですが。
ミラベル視点もう一回続きます。
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次回は土曜日夜に投稿いたします。
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