48.勇者に、興味はありませんこと?(三人称:ミラベル視点3)
アレクサンドラに訊いてみたいと思ったけれど、すぐに授業が始まってしまったので、休み時間までお預けになってしまった。
休み時間になったらなったで、アレクサンドラは女生徒たちに囲まれてしまったので、訊くチャンスにはなさそうに思えた。
けれど。
「アッカーマン様はどう思われますか?」
「刺繍の図案、アッカーマン様は何を選ばれましたの?」
アレクサンドラはミラベルに対しても話題を振ってきた。
学院の教室の机は四人掛けの長机で、アレクサンドラを囲んでも、ミラベルを完全に外すことはできない。
アレクサンドラは、ミラベルが自分たちのお喋りの輪の中にいると認識して、それを疑問にも思っていないようだった。
お茶会などでは、会話に参加できない人がいないよう主催者が気を配り、その人に合った話を振るのが社交の基本だ。アレクサンドラは、無意識に主催者役を引き受けているようだった。
「……あの、オルテンブルク様」
耐えかねたように、一人の令嬢が声を上げた。
「彼女は男爵家のご令嬢で……」
「ええ、そうですわよね!」
パッとアレクサンドラが顔を輝かせた。
「この時期に、Cクラスから上級クラスに入られる方は珍しいと、マスタークラスでも話題になっておりましたのよ」
「まあ……」
高位貴族ばかり・上級生ばかりのマスタークラスでどんな話題になっていたというのか。ミラベルは胃が痛くなるような心地がした。
「ええ。アッカーマン様はとても努力家で、素晴らしい方ですのね。わたくし、ずっとお話ししてみたいと思っていましたの」
ニコニコと話すアレクサンドラは本当に嬉しそうだった。それに勇気を得て、ミラベルはアレクサンドラに尋ねてみた。
「あ、あの。どうしてわたしをご存じだったのですか? クラスも違うのに……」
アレクサンドラは教室に入ると真っ直ぐにミラベルの元に来た。名前は噂で耳にしたのだろうが、顔まで知っているのは不思議だ。
どこかでミラベルを見かけて覚えていたのだろうか?
「あら、同じ学年ですもの」
「同じ学年、だから……? え、まさか全員ご存じなんですか?」
王族が入学するとあって、ミラベルたちの学年は人数が他の学年より多かった。確か三百人以上いたはずだ。
「ええ」
「き、貴族だけじゃなくて……」
「はい、平民の方も全員。生徒会役員ですから」
当然の顔をしてアレクサンドラは笑った。
後で聞いたら、同じ学年どころか学院中の生徒の名前と顔を覚えているらしいのだが、ミラベルは同じ学年というだけでも驚愕した。
「役員って大変なんですね……」
しみじみと呟いてしまったら、周囲の令嬢たちに笑われてしまった。
アレクサンドラも笑っていたけれど、その笑い方は令嬢たちのものとは違っていた。どこかくすぐったいような、照れくさいような、そんな顔だった。
アレクサンドラはミラベルの声に含まれる素直な賞賛と尊敬、そして労りの響きを正確に感じ取っていたのだ。
「役員は苦労も多うございますから、そんな風に言っていただけると、他の皆様も喜びましょう」
アレクサンドラのひと言で、周囲の令嬢たちは笑いを引っ込めた。いや、嫌な感じだった笑いを愛想笑いに切り替えたという方が正しいだろう。
「そ、そうですわね。オルテンブルク様をはじめ、生徒会役員の皆様には、いつも感謝しておりますのよ」
「まあ、ありがとうございます」
「先日の創立祭も生徒会役員のご尽力のおかげで、大成功でしたものね」
「今年は大鷲会の皆様もとても優秀と評判ですわ」
「創立祭といえば……」
それから話題は創立祭へと移っていったが、アレクサンドラはこれまでと同じように適度にミラベルへと話題を振り、彼女を仲間外れにすることは決してなかった。
そのうち周囲も慣れてきたのか、ミラベルと話す人が増えていき、一週間が終わる頃にはアレクサンドラ抜きでも会話が成り立つようになっていた。
アレクサンドラは彼女たちを叱ったり、諫めたりしたわけではなかった。
ただ普通に、ミラベルをクラスの一員として扱っただけだ。
けれどそのおかげで、ミラベルを“対等ではない相手”“学友外の存在”と認識してしていた令嬢たちは、考えを改めたようだった。
大部分の令嬢は下位の存在を対等に見ていないだけで、ことさらに貶めてやろうとか虐めてやろうといった悪意のある者は少ない。
だからこそ、下位貴族だろうが平民だろうが、同じ学院の学生として公正に扱うアレクサンドラから良い影響を受けることができたのだった。
中には頑なにミラベルを無視しようとする人もいたけれど、ほとんどのクラスメイトはすっかり態度が変わり、それはアレクサンドラがいなくなった後も続いた。
やがて学期が進み、中級クラスから上級クラスに上がってくる人が増えてきた。その中には下位貴族や平民もいて、おかげでミラベルもずいぶん気楽になった。
新しく上級クラスになった人の中には、テールマン伯爵家の令嬢レイラがいた。
アレクサンドラの友人である彼女は、やはり下位貴族に対しても同じ学友として接し、おかげでクラスの雰囲気はますます良くなった。
もしアレクサンドラがただ諫めただけだったら、教師たちが苦言を呈したときと変わらず、すぐに戻ってしまったことだろう。
アレクサンドラが令嬢たちの認識を変えたからこそ、変化はそのまま続いたのだ。
高位貴族の影響力をまざまざと目の当たりにして、ミラベルは感動してしまった。同時にちょっと怖いなとも思った。
今回はアレクサンドラがミラベルに対して好意的だったからよい結果になったが、もしも逆だったらミラベルはクラスの中で辛い立場に追い込まれていただろう。
もちろんアレクサンドラはそんな人ではないけれど。
中には、積極的に自分の影響力を駆使して悪評をばらまき、ライバルを蹴落とそうとする人だっている。
社交は女の戦いだと言われる所以だ。
いつか伯爵夫人となるミラベルも、その戦いからは逃れられない。
せめてアレクサンドラのように良い影響を与えられるよう、正しく気高くありたいとミラベルは願う。
アレクサンドラと自分の立場がまったく違うことはわかっているし、彼女のようになんておこがましいかも知れないが、目標は高ければ高いほどいいはずだ。
アレクサンドラの所作の美しさ、会話運び、笑い方……精神的なこと以外にも、真似したいことはたくさんある。
ミラベルはこっそりとアレクサンドラを観察した。
一週間が過ぎて、アレクサンドラと話す機会が激減してもそれは続いた。
いろいろ言い訳をしてはいるけれど、単にミラベルはアレクサンドラを見ていたいだけだったかも知れない。
彼女はすっかりアレクサンドラのファンになっていたのだ。
だから、あの時――アレクサンドラから声を掛けられたとき、ミラベルはすっかり舞い上がってしまった。
自分にできるのかとか、向いているのかとか、深く考えることもせずに、アレクサンドラの提案に飛びついてしまった。
秋が深まり、冬の気配を感じるようになったある日、アレクサンドラはミラベルにこう言ったのだ。
「あの、アッカーマン様は……勇者に、興味はありませんこと?」――と。
アレクサンドラにとっては些細でしたが、ミラベルにとっては大切な出来事になったのでした。
ミラベル視点次で終わります。
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次回は水曜日昼に投稿いたします。
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