47.彼女たちに悪気はないのだ。(三人称:ミラベル視点2)
そもそも貴族は伝統を重んじ、金儲けを嫌う。最近はだいぶ変化してきたが、それでも上の年齢層を中心にその風潮は根強くあった。
そのため歴史の浅い貴族で商人のアッカーマン家は、一部の貴族から軽んじられる傾向にある。
アッカーマン家から商品を買ったり資金を融通してもらったりしながら、貴族たちが影で嘲ったり見下しているのをミラベルは知っている。
だから、王立学院でも嫌な目に遭うかもしれないと、ミラベルは覚悟をしていた。
もしかしたら物語のように意地悪されるかもしれない。嫌味を言われたり、私物を隠されたりするかもしれない。
そんな風に戦々恐々としていたミラベルだったけれど、入学した学院は思っていたより自由で気楽だった。
ホームルームは身分ごとに分けられていて、ミラベルのクラスは下級貴族ばかりだったし、高位貴族とは自分から接触しない限りは会うことはなかった。
下級貴族の中にも気位が高く、少々ミラベルに対して当たりが強い人もいたけれど、ほとんどの人は気さくで優しかった。
考えてみれば王立学院に入るのは伝統ある貴族ばかりではない。最近は平民も受験できるようになったし、功績を挙げた一代爵や官職を得て法服貴族となった家だって多いのだ。
ちょっと身構えすぎていたなと、ミラベルは自分がおかしかった。
友だちもすぐにできたし、一年の時は大変楽しく過ごすことができた。
しかし二年目に試練はやってきた。
王立学院では一年目は基礎を学び、二年目からはコース選択制となる。そうすると身分によるクラス分けが関係なくなるのだ。
貴族令嬢に人気なのが家政コースで、マナーはもちろん、社交やダンスなど貴婦人となるために必要な授業はだいたいここにまとまっている。ちなみに平民の生徒に人気なのは官吏コースだ。
ミラベルももちろん家政コースを取った。
各コースは初級・中級・上級・マスタークラスに分かれていて、最初の試験で実力に見合ったクラスに振り分けられる。
その試験で、ミラベルはなんと上級になってしまった。
マナーは今ひとつだったが、たまたま社交が上手くいった上に、ダンスや刺繍など、他の要素で高評価を得てしまったのだ。
二年になったばかりということもあり、上級クラスに進んだのはミラベル以外は全員高位貴族だった。
下位貴族はほとんど初級か中級で、ミラベルの友人たちも上級に入ったものは一人もいなかった。
おかげでミラベルは悪目立ちをした。
といっても、入学前に恐れていたような意地悪をされるようなことはない。
ただ、無視されるのだ。
授業で二人ひと組になったりグループを作らねばならなくなった時、ごく自然に彼女はいないものとして扱われた。
教師に指摘されると仲間に入れてくれるのだが、その場限りで、またすぐ繰り返される。
ミラベルから話しかければ答えてくれるので完全な無視ではないが、返事は必要最低限で会話が続かない。そして、彼女たちからミラベルに対してアクションをかけてくることは決してない。
最初は腹が立ったものの、やがてミラベルは気がついた。
彼女たちに悪気はないのだ。
良家の子女として、清く正しい躾を受けている彼女たちに、ミラベルに対して意地悪をしているという意識はない。
ただ彼女たちは、平民を含めて下位のものたちを“自分たちと同じ生徒である”と認識していないだけなのだ。
彼女たちだってクラスメイトと喧嘩したり、仲の悪い相手に対して意地悪をすることもある。
だが、それは彼女たちが同格と思っている相手に対してのみ。
ミラベルたち下位の存在は、言ってみれば犬か猫のようなもので、彼女たちにとっては意地悪をする相手ですらないのだ。
高位貴族の使用人には、下位貴族のものが多いことも原因かも知れない。
もちろんミラベルは彼女たちの使用人ではないけれど、下位貴族というだけで学友というカテゴリーから外されてしまうようだった。
授業が始まればみな選択コースに散らばるので、休憩時間にミラベルが気軽にお喋りできる相手はいなくなる。
まあ始業時や終業時にホームルームに戻れば友だちはいるし、昼食も友人と食べられるので、たいして苦痛ではない。
休憩時間に自習をするおかげで、ギリギリ受かった上級クラスの授業に余裕でついていけるようになるという思わぬメリットもあった。
けれど、無視されて嫌な気分にならないわけでは決してないのだ。
ミラベルが鬱々としていたある日、教師の都合で一週間ほどマスタークラスとの合同授業が行われることになった。
マスタークラスは全課程を修了したものが、さらに道を究めるために進むクラスだ。生徒数が少ないため、マスタークラスのみ、二・三年まとめての授業となっている。
もちろん二年の最初にそんな高みにいける人間なんて、ほんの一握りしかいない。
ミラベルたちの学年で家政コースのマスタークラスに行けたのは、たったひとり、公爵令嬢アレクサンドラだけだった。
そのアレクサンドラが、今日から一緒に学ぶという。
下位貴族のミラベルはCクラスで、王族から侯爵までの子息子女を集めたAクラスのアレクサンドラとは、今まで同じ教室になったことすらない。
ミラベルは緊張しながらも、少し楽しみだった。
第二王子のクリストフとアレクサンドラは、学院生徒にとって憧れの存在であり、ご多分に漏れず、ミラベルもその一人だったからだ。
彼らは王族や高位貴族の令嬢であるというだけでなく、優秀さでも学院で飛び抜けていた。
二人は常に首位争いを繰り広げ、一年生の時から生徒会役員に抜擢された。
それでいて二人とも偉ぶったところはなく、学院ではあくまで一生徒として振る舞い、ボランティアなどにも積極的に参加している。
加えてあの美貌だ。
人間顔じゃないとは言われるけれど、顔がいいに越したことはないとミラベルは思う。
アッカーマン商会の店員も、イケメンの方が基本的にお客さまに受けがいい。もっとも商業的知識だったり愛想の良さだったりで逆転は可能だが。
ただ、顔がいい“だけ”ではダメだということも、ミラベルは学院に入って痛感した。
性格のよさはもちんとして、歩き方がだらしなかったり、笑い方が下品だったりしたら、いくら造作が整っていても台無しだ。
日常の一挙一動、何気ない所作が美しいからこそ、美貌が際立つのだ。
アレクサンドラたちは、その点も完璧だった。
生徒会役員として全校生徒たちの前に立つ彼らの凜とした佇まいに、学院中が見惚れたものだ。
ミラベルも家政コースで上級クラスになれて少しは自信も付き、一年前のように彼らに無礼を働くことを恐れる必要もないだろう――たぶん。
……そもそも、視界の中に入れてもらえるかどうかもわからないけれど。
それでも、普通だったら一生間近で見ることすら適わなかった人なのだ。同じ授業を受けたというだけで、しがない男爵令嬢には誉れというものだろう。
家に帰ったら、家族に自慢しよう。
そんなことを考えながら、ミラベルは扉から入ってくるアレクサンドラを見つめていた。
「皆様、よろしくお願いいたしますわね」
教師から紹介されたアレクサンドラが制服のスカートを軽くつまみ、優雅に挨拶をしたとき、声にならない嘆声が波のように教室に広がった。
ミラベルも、ため息をつかずにはいられなかった。
指の動き、足の運び、視線のひとつまで、流れる水のように滑らかで美しく、目が離せない。
ぴんと伸びた背筋、しなやかな肢体、その周囲で揺れる艶やかな銀髪、宝石よりも煌めく明けの空のような紫紺の瞳……。
……あれ、近い?
ミラベルがぼうっと見つめていると、その姿が段々近づいて側までやってきた。
「アッカーマン様。お隣、よろしいかしら」
「うえっ、は、はいっ!」
あまりの驚愕に変な声が出てしまって、ミラベルは真っ赤になって口を押さえた。
クスクスと教室のあちらこちらから忍び笑う声が聞こえてきて、ますます居たたまれない。
「驚かせてしまったようですわね。ごめんなさい」
「いえ……こちらこそ失礼を致しました」
ミラベルは姿勢を正し、所作に気をつけながら頭を下げた。今さらかも知れないけれど、憧れの相手にできるだけみっともないところを見せたくはない。
クラスで無視されている形のミラベルの周囲に座っている生徒はいない。事情を知らない公爵令嬢はただ単に席が空いているのを見て、他意なくミラベルの隣に座ったのだろう。
でも――彼女は、ミラベルの家名を知っていた。ならば、ミラベルの身分も知っていたのではないだろうか。
知っていて、あんな……何のこだわりも屈託もなく。
まるでミラベルが彼女のクラスメイトであるかのような、普通の態度で。
わざわざ男爵の娘の隣に座ったというのだろうか。
ミラベル視点なのでアレクサンドラが(クリストフも)かなり美化されてますね。
この時点ではアレクサンドラはまだ前世を思い出してません。
まあ性格はほぼ変わりませんが……。
ミラベル視点もう少し続きます。
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