46.ミラベル様がお気の毒だと皆が言っておりますのよ(三人称:ミラベル視点1)
ここ最近、ミラベル・アッカーマンは自分が妙な注目を集めているのを感じていた。
「ミラベル様、よろしければお昼をご一緒いたしませんこと?」
食堂へと向かうミラベルに声を掛けてきたのは、今まで会話どころか挨拶すらしたことともない伯爵令嬢だ。
「申し訳ございません。本日は剣術コースの友人たちと約束がありまして。またの機会にお願いいたします」
「そう……。ミラベル様は女性ですのに、剣術などやらされて大変ですわね」
「剣術を学ぶ女性は増えておりますし、わたしも楽しんでおります」
「ええ、もちろんお嫁に行けないような下位貴族が食べていくために騎士になることはありますわ。でも、ミラベル様は伯爵家に嫁がれることが決まっていらっしゃいますのに……」
婚約者がいることは隠してはいないが、吹聴しているわけでもない。ミラベルと親しくもない相手が、どうしてそんなことを知っているのだろう。
そもそも初対面ならまず家名を呼ぶのが普通だ。
ミラベルは眉を顰めたくなるのを堪えて、できるだけ優美に微笑んだ。そう、アレクサンドラのように。
「身を守るにも役立ちますし、万が一の時は夫の代わりにわたしが家の騎士団を率いる場合だってありますもの。勉強しておいて無駄にはなりませんわ」
「……ミラベル様は立派ですわね。ご自分に婚約者がいないからって気ままに振る舞うご友人に振り回されているのに……。あの方のなさりようはあまりに酷く、ミラベル様がお気の毒だと皆が言っておりますのよ」
皆っていったい誰ですか、と言い返したいのをミラベルはぐっと堪える。
「いったい何のお話でしょう? わたしには心当たりのないことばかりで……独り合点されても困ってしまいますわ」
勝手な思い込みで決めつけられても迷惑です、から棘を抜いて言い返したつもりだったけれど、ちょっと抜き切れてなかったかもしれない。
アレクサンドラから薫陶を受けてはいても、ミラベルにはまだ貴族たちの迂遠なやり取りは難しい。
ご令嬢は不快げな表情を扇で隠して、口調だけは優しげにミラベルに告げた。
「お友だちを庇われるお気持ちはわかりますけれど……でも、お相手はお友だちと思っているのかしら? 学院では身分は関係ないといっても、やはり育ちの違いというものはありますし……。いえ、もちろんミラベル様が素敵な方だとは承知しておりますわ。わたくしのお友だちにも、貴女とお話ししてみたいと思っている方は多くおりますのよ」
「過分なお言葉、ありがたく存じます」
「ですが、お相手がミラベル様の友情に値する方かどうかは、一度考えてみた方がよろしいと思いますわ。高位貴族の中には自分の評判を上げるために下位貴族を利用するような方もいらっしゃいますし」
「さようでございますか」
「わたくし、ミラベル様が利用されていないか、とても心配なの。ミラベル様は貴族のことには疎くていらっしゃるでしょう? もしもお辛いことがあったら、わたくしに相談してね。いろいろ教えて差し上げるわ」
「ええ、そんな時が来ましたら、よろしくお願い致します。では、友人が待っておりますので失礼いたします」
ミラベルは精一杯おとなしやかに頭を下げ、まだ何か言おうとする相手の話を打ち切って、さっさと食堂へと向かった。
その途中も、ミラベルを見るとこそこそ何事か噂したり、憐れみの目で見てくる人が何人かいた。
自意識過剰ではない。
最初はそんな風に疑ったこともあったけれど、こう何日も続くとさすがに理解する。
何より、さっきのようにミラベルに話しかけてくる人もいるのだ。
全員遠回しで、名前を出したり、直接的なことは言わないけれど、内容はすべて同じ。
曰く「ミラベル様は強制的に剣術や魔術をやらされていてお気の毒」
曰く「ミラベル様は友人に振り回されてお気の毒」
曰く「ミラベル様は友人に利用されていてお気の毒」
“友人”というのがアレクサンドラだろうということは、ミラベルにもすぐわかった。
だから、初めのうちは一生懸命訂正していたのだが、それが無駄だと言うこともじきに察することができた。
傲慢なアレクサンドラに虐げられている可哀想なミラベル。
彼女たちはそういうストーリーにしたいのだ。
だから、被害者としてミラベルが必要なのだ。
ベクトルは逆だけれど、流れ自体は一ヶ月ほど前、生徒会室でアレクサンドラが糾弾されようとしたときに少し似ているとミラベルは思う。
ミラベルが倒れたと勘違いしたヴィルヘルムは、彼女がいくら違うと言っても聞き入れてはくれなかった。
あの時、ヴィルヘルムの中でミラベルは完全に哀れな被害者だった。
まあ、クリストフやエアハルトにまで話が通ってしまっのは、実際にミラベルが寝不足だったり、スケジュールが非常に厳しかったりと、証拠があったことも災いしたのだが……。
ただ、ヴィルヘルム達は本気で信じて義憤にかられていたのだ。
それにミラベルを本当に心配してくれていた。アレクサンドラのことも心配したからこそ怒ったのだとわかっている。
でも、彼女たちは違う。
彼女たちはアレクサンドラを“悪”に仕立てあげたいのだ。
事実かどうかなんてどうでもよくて、ただ、アレクサンドラを貶めたいだけ。
ミラベルは無理難題を押しつけられている被害者としての役割を与えられているに過ぎない。
筆頭公爵家の令嬢で、月の女神とも謳われる美貌の持ち主であり、さらに成績も優秀なアレクサンドラは、崇拝する人も多いが、嫉妬する人も少なくはない。
そこへ髪を切ったり、勇者を目指したりと、令嬢としては少し規範外の行動があったために、ここぞとばかりに叩こうとしているのだ。
ただ、勇者を目指すこと自体は貴族としては褒められるべきことだし、髪についてもクリストフが初日に諸手を挙げて賛成されたので攻撃しにくい。
だから別の理由をさがして、ミラベルに白羽の矢を立てたのだろう。
うっかり彼女たちのお茶会などに参加しようものなら、言ってもいないことを言ったことにされたり、勝手な既成事実を作られかねないと、ミラベルは警戒していた。
彼女たちにとって下位貴族とは高位貴族の踏み台にされる存在で、友情など有り得るはずがないのだから。
……まあ、ミラベルもアレクサンドラを友人だと胸を張って言う自信はまだないのだが。でも、たぶん、親しい相手とは言えるんじゃないかな、なんて思ってはいる。
少なくともミラベル自身は友情を感じているし、きっと一方通行ではない……だろう。うん。
まさか、こんな風に思うようになるとは、ほんの数ヶ月前までは想像すらしていなかった。
アレクサンドラは尊敬と憧れの対象であって、例え同じ家政クラスで会話をすることがあっても、友だちだなんて頭に浮かびもしなかった。
学院に入る前は恐怖の対象ですらあったのに。
……恐怖といっても勝手にミラベルが怖がっていただけのことなのだけれど。
何しろミラベルは下位貴族の男爵令嬢で、しかも男爵令嬢としても少し元気すぎるという自覚があった。
アッカーマン家は今は男爵位を賜っているものの、四代前は単なる平民だった。
立志伝中の人であるミラベルの曾々祖父が貧しい農家から商人になり財を成し、その財を投げ打って当時の勇者を支えて国難を救ったとかで一代男爵となり、次代長男が商家を継がずに官僚を志望して、水不足に苦しむ王都の人々のために立派な水道橋を作ったという功績を持って、代々受け継ぐ永世貴族を許されたのだ。
しかし、領地を持たないせいか家族一同貴族よりも商人としての意識の方が強く、ミラベルも貴族令嬢としてはかなりのおてんばに育ってしまった。
一応、貴族との付き合い方は学んではいるが、それはあくまで商人の娘としてであり、貴族同士のものではない。
どうせどこかの商家に嫁ぐからいいだろうと思っていたところに、幼馴染みとの婚約話が持ち上がった。
王立学院への受験を決めたのは、伯爵令息である婚約者に相応しい自分になりたかったからだ。
婚約者のグレブにはそのままの君でいいと言われたが、そんなわけにはいかないのはミラベルにだってわかっている。
だからこそ、国内で最高の教育を受けられる王立学院で鍛えてもらおうと思ったのである。
あまりにも高望みではと周囲には大層心配された。
ミラベルの学力は申し分ないものの、王立学院は、我が国で唯一王族が通うことを許された格式高き伝統校である。
もちろん王族がいない時期もあるのだが、今年は第二王子であるクリストフが入学することは事前情報で明らかになっていた。
しかも筆頭公爵家の令嬢も新入生の中にいるという。王女ではないとはいえ、ミラベルにとってはどちらも雲の上の人には変わりはない。
そんな方々と同じ校舎に放り込まれて、はたして無礼を働かずにいられるのか。
ミラベル本人にだって自信はない。
なんたって貴族の世界はややこしい。例えば同じ伯爵家でも歴史の長さや功績などで家格が違い、派閥や寄り親などでも上下は変わる。
直接的な物言いははしたないとされて会話は遠回し、伝統や不文律のしきたりが重んじられ、ドレスの色や飾りにすら意味を持たせるので、それを覚えるだけでひと苦労だ。
学院で王族や高位貴族と交流したとき、無礼を働く気がないのに、ミラベルが無知なために結果的に無礼になってしまうことは充分にありそうだった。
学院に入る前に家庭教師を雇って最低限の礼儀作法は教えてもらったけれど、付け焼き刃のそれは、ちょっとした言動からすぐにバレてしまいそうで、びくびくしていたのだ。
ミラベル視点続きます。
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次回は水曜日昼に投稿いたします。
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