45.高望みはしてませんけど、守ることぐらいはしたかったんですよ
魔物を倒したからといって、それですべてが終わりというわけではありません。後始末が残っております。
わたくしはリュックを空けてヴィルヘルム様からいただいた魔石を口に含み、魔力を回復させ、衛生兵達とともに怪我人達の回復にまわりました。
といってもわたくしの術程度ではある程度傷を癒やしても、完治させることは難しいのですが……。
衛生兵が担架を作り、歩けない重傷者を運んでいきます。幸い、命に関わるような怪我をしたものはいないようです。
周囲では、警邏の騎士達による魔物の解体も始まっております。
「イオアン、具合はいかがですか」
毒蛙の毒液を被ったイオアンは、衛生兵に手当を受けて横になっておりました。
「マントで大部分は避けたんで大丈夫ですよ」
「担架で運んでいただいた方がいいのではなくて?」
「大げさですよ。少し痺れただけだ。毒が抜ければ動けるようになります」
「でも、顔色が悪いですよ」
褐色と言うほどではないにしろ、よく陽に焼けたイオアンの顔色が青ざめています。何よりも元気がないのが気になりました。
「本当に毒の方はなんでもないんですよ。毒消しも飲んだし、しばらく休んでいれば問題ないと言われてますから」
「それならいいのですけれど……」
毒を受けたのですもの。そんなにすぐに回復はしませんよね。
まだ少し気懸かりではありましたが、イオアンが心配ないと言い張るので、わたくしはそんな風に自分を納得させようとしました。
でも、
「先ほどは庇ってくださってありがとうございました」
「いや……」
わたくしがお礼を言うと、イオアンは何故だか苦々しい表情になりました。うーん、どうにも態度が変で、気になってしまいます。
「やはりどこか悪いのでは? 目眩や吐き気はありますか」
「違いますよ。……ちょっとばかり驚いただけです」
「え?」
「護衛にしちゃ親しげだし、おそらく身分の高い方だとは思ってましたけど、まさか第二王子殿下だとはね」
なるほど、とわたくしは得心いたしました。そちらの衝撃が強かったのですね。
「普通は王子様がこんなところをふらふらしているとは思いませんわよね……」
「いや、公爵令嬢も普通はこんなところをふらふらはしてませんけどね」
イオアンが口の端を持ち上げます。まだ少し苦さは残るものの、わたくしを揶揄う元気は戻ってきたようです。
「各管理小屋に伝達を! 狩人や修行者に退去を命じる。南の森は一時封鎖だ!」
少し離れた場所でクリストフ様が警邏の騎士に命じているのが聞こえ、わたくしは思わずそちらに視線を向けました。
今回、修行者を襲った二頭の巨大熊は駆除できたとはいえ、まだどこかに潜んでいないとも限りません。毒蛙が巨大化した原因も不明ですし、仕方のないことですが残念ですわね。
わたくしはまだまだこの森で経験を積まなければならないというのに。早めに解除されるといいのですが……。
「身分の差はわかりきってましたけど、力の差も歴然としてましたね」
「え?」
イオアンに視線を戻すと、焦げ茶の瞳が思いのほか強い光を讃えて、わたくしを見つめていました。光? いえ、熱でしょうか。
「お嬢さんを守るには、もっと力をつけないとダメなんだって思い知ったってことですよ」
苦さを残したまま、イオアンが微笑みます。口調も何だか弱々しげで、わたくしは一瞬、言葉が出てきませんでした。
「ま、守っていただく必要はありませんのよ? イオアンは案内人ですし、戦うのは修行者であるわたくしで」
「それでも、です」
イオアンが首を振りました。
「それでも――高望みはしてませんけど、守ることぐらいはしたかったんですよ。できませんでしたけどね」
「守っていただきましたわ!」
自嘲する口調にたまらなくなって、わたくしは急いで言い募ります。
「庇っていただきましたし、魔石もありがたかったです。わたくし、魔力の配分も考えずに突っ走ってしまいましたから……イオアンに気づいていただいて、大変助かりましたわ。そういえば、どうしてわたくしの魔力が尽きかけていることに気がつきましたの?」
「そりゃあ――」
何かを言いかけたイオアンが途中で言葉を途切れさせました。
焦げ茶の瞳はずっとわたくしに据えられたままです。何だか吸いこまれそうな心地がいたします。
「……いや」
イオアンは一度目を閉じて深呼吸すると、もう一度わたくしに視線を向けました。
その瞳からは、もう先ほどの熱は感じられません。
「大技だったんでそうじゃないかと当たりを付けただけです。管理小屋での戦闘でも、魔力結構使ってましたしね」
「あの戦いの場で、周囲のことにまで気を配れるなんて……。それに、巨大熊にも怯んでいなかったでしょう? さすがはギルドに推薦されるほどの案内人だと、わたくし、とても感心いたしましたのよ」
「お嬢さんこそ、的確な判断と呪文展開でしたよ。王子殿下も強かったけど、正直、お嬢さんの呪文がなかったら危なかったと思います」
「それもイオアンのおかげです。最初は身が竦んで動けませんでしたもの」
あの時、イオアンに手を引かれなかったら、わたくしは毒蛙の毒液に倒れていたに違いありません。
「……まあ、お役に立ったなら案内人として冥利に尽きますがね」
イオアンはまだ複雑そうな表情ですが、先ほどの自虐的な物言いは収まってきたようです。よかったわ。
「ですが、紛れもなく今回の殊勲はお嬢さんですよ。報奨金か何かもらえるんじゃないですか?」
「あら、そうかしら」
お金は特にいらないのですけれど……。
「褒美がいただけるというのなら、どこかに修行に行かせていただきたいわ」
南の森がしばらく閉鎖になるのでしたら、修行場所をさがさなくてはなりませんもの。まだ初心者なので国が管理している場所以外での修行は許されませんし……。
騎士団や魔術士団が鍛錬場所にしている北の山の一角とか、お借りできないかしら。
「……ぶっ」
わたくしは大真面目ですのに、イオアンったら大口を開けて笑い出しました。
「ブレませんねえ、お嬢さんは!」
「当然ですわ!」
わたくしは、少しでも早く勇者にならなくてはいけないのですから!
「アレクサンドラ、イオアン。楽しそうだな」
ひととおりの指示が終わったのか、クリストフ様がわたくしたちのところに近づいてきました。
イオアンがふらつきながらも起き上がり、クリストフ様に礼を取ります。
「ああ、いい。怪我人なのだから安静にしていてくれ」
「たいしたことはございません。殿下には今までの非礼をお詫びいたします」
「……私には覚えがないことだ。謝罪の必要はない」
態度の改まったイオアンに対して、クリストフ様は少し寂しそうな顔をなさいました。
「それより、二人ともよく戦ってくれた。特にアレクサンドラ、お前の魔術には助けられた。後で父上からお褒めの言葉があるだろうが……私からも感謝する」
「光栄ですわ」
わたくしはマントをつまみ、軽く頭を下げました。
「もうすぐ応援の騎士団が来るから、怪我人と一緒に退去をしてくれるか」
「クリストフ様はどうされるのですか」
「私にはまだやることが残っている。王都から来た者に説明もしなければならないしな」
「わたくしも残りましょうか?」
現場にいた人間に対して聞き取りをする必要があるのではと思ったのですが、クリストフ様は首を振りました。
「巨大熊が二頭だけとは限らん。騎士団を護衛には付けるが、他の修行者や狩人たちも守るとなると人数的に心許ない。九割方大丈夫だとは思うが……念のためだ。悪いが、万が一退去中に魔物に襲撃された時は、また護衛も使って他の者を守ってくれ」
「そういうことなら承りますわ」
「今日の話は、後日、改めて聞かせてもらう。イオアンもそのつもりでいてくれ」
「かしこまりました」
頭を下げたイオアンにクリストフ様は何かを言いたげでしたが、結局言葉を発することなく踵を返しました。
すぐに騎士がクリストフ様に駆けよって、何かの指示を仰いでいます。
騎士たちに命令する姿は凜々しく堂々たるもので、伝説の仮面の騎士だなんて無茶な主張された方と同一人物とはとても思えませんわね。
込み上げてくる笑いを隠して、わたくしは応援の騎士が来るまで怪我人の手当にいそしんだのでした。
ようやく恋愛タグがちょっと仕事しました。
ヒロインはまだ勇者という目標しか見えてませんが……。
ゆっくり成長していく予定なので見守っていただけたら嬉しいです。
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次回は土曜日夜に投稿いたします。
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