44.毒を食らわば皿まで。
「なに!?」
平原で戦っていた騎士達に動揺が走ります。その隙を狙ったかのように攻撃を仕掛ける魔物達。丸太のような巨大熊の腕に吹き飛ばされる護衛、出現していた毒蛙の毒液に倒れる騎士……。
イオアンの矢が続けざまに放たれ、沼から出ようとする毒蛙を牽制しています。
巨大熊は二頭ともまだまだ元気ですし、もといた毒蛙もまだ三頭残っています。これ以上魔物が増えたら、さすがに対応しきれません。
どうにかして食い止めなくては。
わたくしは頭の中で使える呪文を探します。
沼を凍らせようにも蛙には確か凍結耐性があったはず。かといって沼全体を高温にするのは、おそらくわたくしの魔力が足りません。
それならば――。
沼に視線を向けて、その大きさと自分の魔力残量を計ります。たぶん、なんとかギリギリいけるような気がいたします。
「沼の毒蛙はわたくしがなんとかします! 皆様は残りの蛙を」
周囲にいた騎士や護衛に告げて、わたくしは呪文を唱えます。
『水の精霊よ、風の精霊よ、踊れ踊れ、手を取って踊れ。水蒸気を凍らせその摩擦にて雷雲を生み出せ!』
わたくしの呪文に水と風の精霊が応えて、沼の上空に黒雲が発生していきます……が、これは、ちょっと……かなり、きつい、ですわね。
容赦なく魔力を持っていかれるのを感じます。
ですが、暗雲にはまだ小さな放電すら起こってはいません。
「う、ぐ……」
全身の血の巡りが早くなっているのを感じるのに、体はどんどん冷えていきます。魔力だけでなく、すべてのエネルギーが持っていかれているような心地すらします。
雲はどんどん大きくなり、時折、パチパチと光が弾ける音が聞こえてくるようになりました。
あと少し……もうちょっと……。
「お嬢さん!」
ふいにイオアンがわたくしの前に立ちはだかり、マントで何かを払う仕草をしました。
残っていた毒蛙がわたくしに向かって毒液を吐き出したのだと気づいたのは、彼が倒れてからのことでした。
「イオアン!?」
「大丈夫…です。ちょっと、痺れた、程度で」
イオアンは毒液を被ったマントを外して、地面を這いながらわたくしに近づきました。毒液を吐いた蛙はアンナや護衛達が攻撃しています。
「お嬢さん、これを」
イオアンがわたくしに握らせたのは、倒した毒蛙から出た魔石でした。
少々躊躇いましたが、背に腹は代えられません。
わたくしは魔石を口の中に含みました。この世界では、魔力は粘膜接触によって吸収することができるのです。
枯渇しかけていた魔力を感じて、わたくしの体が喜んで吸収していくのを感じます。
わたくしは魔力のなくなった魔石を吐き出し、
『閃く雷光!』
黒雲の中に残りの魔力を叩き込みます。
バリバリバリ……と鼓膜をつんざくような轟音とともに、雷光が幾度も沼へと降りそそぎます。
それが鎮まったとき、沼には腹を見せた毒蛙が無数に浮かんでおりました。……毒蛙以外の生物も浮かんでおりますが、致し方ありません。
「や、りました、わ……」
わたくしはその場に膝をつき、肩で息をいたします。戦場であるまじきことなのですが、ちょっと……目眩が酷くて、しばらく立ち上がれそうにありません。
……いえ、でも、そんなことを言ってはいられません。
立ち上がろうと足掻くわたくしの手に、またもう一つ、魔石が握らされました。アンナです。先ほどの毒蛙を倒したようです。
毒を食らわば皿まで。
そんな言葉が頭に浮かびました。まあ、一度やったことです。今さらひるみはいたしません。
魔石を口に含めば、また魔力が体に巡っていくのを感じます。完全回復というわけではありませんが、目眩が消えて、動けるようにはなりました。
リュックの中にはヴィルヘルム様からいただいた魔石もあるのですが、今この場で荷物を広げている余裕はありませんものね。
高火力の魔術は無理でも、火球などで手助けをすることはできるはず。
毒蛙はすべて倒され、残るは二頭の巨大熊のみ。
その一体も
「後ろ足だ! 足を狙え!」
クリストフ様と護衛や騎士達によって後肢の腱を切られ、巨体を支えきれずにどうと倒れます。
あそこまで手負いとなれば、きっと間もなく倒せるでしょう。
残るは一頭のみ!
負傷などで下がった騎士もいるため、もう一体と戦っているのは護衛と騎士が四人。警邏の騎士の武器は黒狼なら斬れても、巨大熊の毛皮にはなかなか通らず、苦戦しているようです。
わたくしは肉弾戦はどう考えても無理ですし、遠距離魔術で何か支援をできるでしょうか。
あの巨体ですから、大地の振動でバランスを崩すのは有効な気がしますが、騎士達の動きまで阻害されてしまいますわよね。
と、なると……。
ふと、わたくしの頭の中に前世で読んだミステリーが浮かびました。
子供心にトラウマになったトリック……あれならば再現できるかも。
今まで一度も試したことはありませんが、すぐ横には沼があります。水には困ることはありません。
きっとできます!
『水の精霊よ、巨大熊の足元に集え。土の精霊と混ざり合い、巨体を沈めよ!』
何度か申しましたが、魔術はイメージが大切です。
精霊と具体的なイメージを共有できれば術の成功率が上がるのです。
わたくしがイメージするのは、前世のミステリーの挿絵。
人工的に作られた底なし沼に沈んでいく被害者のイラストです。
「グガアアアアアア!」
巨大熊が自分に斬りかかった騎士を攻撃しようと立ち上がった瞬間、その後肢がズボッと地面に沈みました。
熊の上体が揺れ、前足が地面につきます。その足もまた地面にとられます。
「な、なんだ!?」
「皆様、離れて!」
ズブズブと巨大熊は地面に呑まれていきます。沼のようになった地面から抜け出そうと、藻掻けば藻掻くほど身動きが取れなくなっていくようです。
このまま全身沈んでしまえば手間はかからなかったのですが、残念ながらその前にわたくしの魔力が尽きました。
沼のようにぐずぐずに柔らかくなっていた地面が固まってしまいます。
胴の半ばまで埋まっているのですぐには動けないでしょうが、怪力の巨大熊のこと、すぐに抜け出てしまうことは明白です。
「今です!」
わたくしが告げるより早く、護衛や騎士達が一斉に斬りかかっていきます。熊の急所、鼻や喉、足の付け根などに次々と攻撃が仕掛けられていきます。
「ガア、グアアアアァァァガアアア!!!」
首を振り、騎士達に牙を突き立てようとする巨大熊。背中の筋肉が隆起し、前足の周囲の地面が盛りあがっていきます。
いけない、抜けられる――!
あわや、というところで一人の騎士が――いえ、クリストフ様です。熊の体を踏み台に高くジャンプしたクリストフ様は、熊の眉間に深々と剣を突き立てました。
「ガァアアアアアアアア!!」
眉間からおそらく脳まで刺し貫かれ、熊は断末魔の声を上げました。
それでもなお、しばらくは熊は首を振り、近寄る者がいれば噛みつかんと牙を鳴らしていました。恐るべき生命力です。
けれど、次第にその動きは緩慢になっていき、やがて完全に止まりました。
もう一頭の方も、すでに心臓を貫かれ、息絶えております。
「や、った……?」
「勝った、のか……?」
「……やった! やったぞ!!」
「勝ったんだ――イテッ」
警邏の騎士達が歓声を上げます。中には怪我をしているのも忘れて飛び上がって喜び、痛みに呻いている者もいます。
「やったな、アレクサンドラ」
「――はい!」
へたり込むわたくしに笑いかけるクリストフ様は、頬が切れて血が流れてますし、全身が汚れていて、髪の毛もボサボサです。
でも、太陽のような笑顔はいつもと変わりがなくて、わたくしは森の脅威がようやく過ぎ去ったことを実感したのでした。
「あーあ、倒されちゃった。ま、でも面白いもの見られたからいっか」
――わたくしたちが喜ぶ、その上空。一本の木の梢に隠れるようにして、一人の少年が浮いていることに、わたくしたちは気がつきませんでした。
「変な術だったなあ……。あの子視てたらまた見られるかな。ふふふ、これから楽しくなりそう」
少年は軽い口調で含み笑うと、その場の誰も気づかぬうちに姿を消したのでした。
最後が一人称としては少し反則ですが見逃してください(^_^;
ちなみにトラウマミステリーは実在します。
読んでいただいてありがとうございました。
反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。
次回は水曜日昼に投稿いたします。
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