41.おーーーーほっほっほっほっ!
「おーーーーほっほっほっほっ! わたくしの勝ちですわね」
わたくしは物語の悪役令嬢のように、手の甲を口に当てて高笑いをいたしました。
ここは管理小屋の前の広場。目の前には、わたくしに倒された狩人の姿がございます。
「まったく歯ごたえがなくて物足りませんわ! もっと強い方はいらっしゃらないのかしら」
「次は俺だ!」
わたくしの前に剣を構えて現れたのは、わたくしより年上の筋骨隆々とした平民の修行者です。
「よろしいですわよ。……そろそろ休憩時間は終わりますから、今日はこれで最後にいたしますわね」
「ええー!」
「そんな殺生な」
「せめてあと少し!」
男の後ろに並んでいた人たちに断りを入れるとブーイングが飛びましたが、わたくしはひらひらと手を振って断ります。
「ダメですわ。わたくしの本分は武者修行です。皆様との対戦はあくまで余暇。また次の機会をお待ちくださいませ」
わたくしは帽子を脱ぎ、トレスは着ていませんが、マントをつまんで淑女の礼を取ります。
「しょうがねえかあ……」
「次は絶対ですからね!」
「はい、楽しみにしていてくださいませね」
わたくしがにっこりと笑うと、皆様納得してくださったのか、頬を緩めて頷いてくださいます。
「お待たせいたしました」
わたくしは修行者に向かって構えました。相手もまた剣を構えます。
「よろしいですかー。それでは、試合始めー」
審判をしてくださっているのはイオアンです。死んだように力のない目をして、声も投げやりですが、試合進行は真面目にしてくれるので気にしないことにいたします。
何しろイオアンはこの作戦に大反対してましたからね。
まあイオアンに限らず、アンナも仮面の騎士様も、なんなら話を聞いたお父様お兄様、皆に反対されましたけれども。
でも、わたくしは押し切りました。
だって、これ以上いい案は他のどなたからも出なかったからです。
そう、この流れはすべてわたくしの悪評を消すためにやっていること。
名付けて「噂をもっとインパクトのある噂で上書きしてしまおう作戦」です。
まず、わたくしは『公爵令嬢がこの森に自分より強い者はいないと天狗になっている』という噂を流しました。
その噂はわたくしが弱いという悪評と融合し、『弱いくせに調子づいている公爵令嬢』という印象を周囲に与えます。
その上で、わたくしは管理小屋で休憩するときに、周囲に聞こえるような大声で「また今日もつまらぬ魔物を倒してしまいましたわ。もっと強い相手と戦いたいですわあ」と煽ったのです。
案の定、腕自慢の狩人や修行者たちはカチンときたようで、わたくしに絡んでくる者が現れました。
そこでわたくしはさらに彼らを煽りました。
「わたくしを倒せるものなら倒してご覧なさい! ……そうですね、倒せたら賞金を差し上げますわ」
賞金を出すことにしたのは、ルールや開催時間などをこちらで決めて、コントロールできるようにするためです。
武者修行中に際限なく襲われたりしたら困りますもの。
賞金が出る、と聞いて俄然その場の空気が変わりました。
わたくしに挑戦する者は次から次へと後を絶たず、今ではこうして長蛇の列ができているというわけです。
「いや、捨て身過ぎるだろう……」
「悪評を消すために別の悪評を広めてどうするんでしょうね」
仮面の騎士様やイオアンがブツブツ言っておりますが、すでにこの身は悪人として認識されているのですから今さらでしょう。
ならば、いっそのこと悪役令嬢を極めてしまえばいいのです。
ええ、悪役令嬢なら悪役令嬢らしい解決方法があるというものですわ!
「ライ負けるなよ!」
「生意気な小娘の鼻っ柱折ってやれ!」
わたくしたちの周りを囲む見物人から声援が飛びます。
ほとんどが相手へのものですが、中には「ご令嬢も頑張れよー!」なんて声も聞かれます。
管理小屋で食事をしたり、挑戦されれば貴族だろうが庶民だろうが関係なく戦っているうちに、『お高くとまっている』というイメージが薄れ、わたくしに対して親しみを感じてくれる方も出てきたようなのです。
なかなかいい効果でございましょう?
どうせ公爵家の娘とバレれたなら、狙われたり邪魔されたりするのです。
でも、わたくしがある程度の強さがあるとわかれば、手出しを控える者もいるでしょう。
もっとも、わたくしを侮っていた最初のうちはともかく、最近はかなり手強い相手も出てきておりますので、そのうち負けることもあるかも知れません。
とはいえ、さすがにわたくしにまったく戦闘の経験がないと思う方はもういらっしゃらないでしょう。
要はわたくしに奥伝の実力がないとか戦ってないとか、そういった悪評を払拭できればいいのです。
わたくしは対人戦闘のいい訓練ができますし、一石二鳥、いえ三鳥ぐらいのアイディアだと思いますのに、なぜか親しい方々には不評なのですよね。解せません。
修行者がわたくしとの間合いを詰め、大剣を振りかぶります。
ですが、大ぶりの動作は隙だらけ。魔物の素早さに比べたら、スローモーションのようなものです。
わたくしは右足に体重を乗せてくるりと半回転して剣を躱し、そのまま相手から距離を取ります。
このあたりの体捌きはダンスのステップの応用で何とかなっております。淑女教育も役に立つものですわね。
『電雷!』
「効かん!」
剣を持つ手を狙って弱めの雷を放ちますが、男はそれを剣で薙ぎ払いました。……剣で受けても多少のダメージはあるはずなのですが、平気な顔をしています。神霊か精霊の加護を受けた剣なのかも知れません。
それならば。
『大地の振動!』
「うおっ!」
足元の地面が波打ち、男がバランスを崩します。そこへ
『氷礫!』
こぶし大の氷が、雨霰と男にぶつかっていきます。氷は魔術で生み出しているものの、攻撃自体は物理的なものなので、ダメージは入るはずです。
「いてっ、いててて!」
最初は氷を剣で弾いていた男も、やがて追いつかなくなってきて、氷塊を体で受けるようになっていきました。
「ま、参った!!」
大きめの氷塊を腕に受け、剣を取り落とした男が両手を挙げます。
「勝者、アレクサンドラ!」
すかさずイオアンの声が広場に響きました。
この試合のルールでは、参ったというか、武器を落とすか、魔術を使えなくなるか、倒れるなどして戦えなくなった場合、負けになります。
「ちぇー、負けたかあ!」
「やったー!」
「だらしねーぞ、ライ!」
観客達から落胆の声と歓声があがりました。
「うるせえ! 嬢ちゃんが強えんだよ!」
観客に向かって怒鳴る修行者に大きな怪我はなさそうで、わたくしはほっと息を吐きました。
深い傷にはならないよう加減はしましたけれど、万が一と言うこともありますもの。
もちろん前に倒した相手も治療されております。
魔物相手とは違い、これはわたくしの都合で行っている試合です。命のやり取りをする気はありませんし、させるつもりもありません。
威力の高い魔術を使えないのは少々ハンデですが、この森にくるぐらいの相手ならいなす程度は可能です。
魔力のコントロールのいい訓練にもなりますわ。
「嬢ちゃん、次はいつ来るんですかい?」
わたくしに問いかける修行者――ライと呼ばれていましたわね――の口調は、かろうじて敬語ではありますが、気安いものです。
アンナなどは渋い顔をしていますが、わたくしは咎めるつもりはありません。
名を明かしておりますし、わたくしが公爵家の娘であることはバレバレですが、わたくしはこの森ではあくまでも一修行者でありたいのです。
この場限りは無礼講だと、皆にも伝えてあります。
「次は……少し間が空きまして、おそらく安息日ですわね」
卒業式典が四日後に開催されますので、それまでは学院に通うつもりです。大丈夫だとは思いますが、念のため式典とパーティーの準備の再確認をしたいと思いますし、先輩方とお別れも惜しみたいですから。
「ええ~」
朝から来られない日でも午後から修行したりして、こここのところ毎日南の森に通っておりましたので、ライだけでなく観客にもあからさまにがっかりした顔をされてしまいました。
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次回は土曜日夜に投稿いたします。
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