表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/56

40.実はひとつ、いいアイディアがあるのです。

 氷の槍に貫かれ、バランスを崩した巨大な体はドサリと地面に落ちました。

 けれど、鋭い牙で氷をかみ砕き、なおも立ち上がろうとします。

 そこに連射されたイオアンの矢が突き刺さり、仮面の騎士が脳天へと剣を突き刺しました。


「グ、ガアアアアアアアッッ」


 黒狼(ブラックウルフ)のボスはのけぞり、四肢を痙攣させました。こちらを睨み付けていた燃えるような赤い瞳が光を失い、血が地面に広がっていきます。


「……黒狼のボスを倒しやがった…………」


 呆然とした男の声が、しんと鎮まった空気の中に広がります。

 周囲を見渡せば、まだ生き残っていた二匹の黒狼は逃げ出し、女郎蜘蛛や一角蛇(ひとつのへび)も護衛の手ですべて倒されておりました。

 魔物寄せの粉の効果も切れたのか、新手の魔物が出てくる気配もありません。


 わたくしは荒い呼吸を整え、額に滲んだ汗をハンカチで拭き取りました。

 日々の鍛錬と“魔滅”のおかげで大分体力は付いてきましたが、まだまだですわね……。

 その途端。


「なんて無茶をするんですか!」

「なんという無茶をするのだ!」


 わたくしの前に飛んできたイオアンと仮面の騎士様に怒られてしまいました。


「で、ですが、狼の群れに対してはボスを倒すのが効果的で……」

「だからといって、ひとりで突っ込んでいく人がありますか!」

「なんのための魔術だ! お前なら遠距離から仕留める方法がいくらでもあっただろう」

「遠くからではボスをうまく狙えなかったのですもの」


 氷の槍を撃つにしろ火炎攻撃するにしろ、あの状態では誰かに当ててしまう可能性がありました。


 いわゆる雷を落とす雷撃魔術というものもございますが、特定の相手を狙うには繊細なコントロールが要求されるため、わたくしの技術がまだ追いついておりません。

 雷を発生させる魔術自体はもう構築できておりますし、遠くの相手を無差別に攻撃することはできるのですけれどね。


「あのままでは、こちらの体力がじりじりと削られていく一方でしたわ。ですから、早期決着をと……」


 狼たちの爪や牙は掠めるだけで容易く人の皮膚を切り裂きます。ひとつの傷は浅くとも、数が増えていけばそれだけ血は失われ、動けなくなっていきます。

 動きが鈍くなれば、魔物たちの格好の餌食です。ただでさえ素早さでは狼には敵わないのですから、こちらの足が止まれば後は嬲り殺しにされるだけです。


「黒狼の毛皮は硬いですが、体内であれば貫けると思ったのです」


 魔術によって外部から体内組織を弄ることはできませんが、氷の矢を口から侵入させ、体内で大き

くする、といったような攻撃方法なら可能です。

 イオアンと仮面の騎士様はわたくしを見て、黒狼の死体を見て、溜息をつきました。


「勝算はあった、ということだな。ならばその判断は褒めるしかあるまい。よくやった」

「……まあ、劣勢だったのは否めませんからね。突破口を開いていただいて助かりましたよ」


 二人からお褒めの言葉をいただけて、わたくしはひどく得意になってしまいました。きっと今、ドヤ顔とやらをしているのではないでしょうか。


 わたくしたちが話している間に、三人の男たちは護衛によって捕らえられておりました。

 彼らは禁止薬物を使ったのです。管理事務所に報告して、逮捕してもらわなければなりません。


 男たちが白状したことによると、彼らは魔物をおびき寄せ、護衛や案内人が戦っている隙に、戦えないわたくしを掠おうと考えていたようです。そして、公爵家から身代金をせしめようとしていたのです。

 禁止薬物使用に誘拐未遂も追加ですわね。


「黒狼のボスを一撃で……」

「魔術もろくに使えねえガキじゃなかったのかよ……」

「詐欺だ……」


 武器や道具をすべて取りあげられ、後ろ手に縛られて、地面に座らされている男たちが嘆いています。


 失礼な。勝手に勘違いしたのはそちらでしょう。それに、わたくしの一撃で倒したわけではありませんわよ。

 わたくしはふと思いついて、三人の前に膝をつきました。


「ねえ、わたくしの噂はそんなに広まっているのかしら?」


 男たちはわたくしが話しかけたことにぎょっとした様子でした。


「な、なんだよ!」

「急に話しかけてくんなよ」

「つか、俺たちと話さないんじゃないのかよ!」

「そんなこと、言った覚えはありませんけど?」


 わたくしは膝に両手を揃え、小首を傾げます。すると何故だか男たちの頬がほんのりと染まって、それから我に返ったように互いに顔を見合わせました。


「あ、あんたの噂って……」

「わたくしが庶民と口をきかないとか、戦っているのは護衛で、わたくしは何もしていないとか、そういう噂のことです」

「わ、悪かったよ!」

「俺たちだけじゃない! みんな言ってたから……」


 男たちが慌てだしたので、わたくしは首を横に振りました。


「別に責めているわけではありませんわ。ただ、どれぐらい広まっているか知りたいだけです」

「どれぐらいって言っても、なあ……」

「この辺に来てるヤツはみんな知ってるんじゃねえかな」


 さっきまでの悪い顔はどこへやら、男たちは妙に素直にわたくしの質問に答えてくれます。


「とんでもないデマだったけどな」

「違いねえ」

「か弱い令嬢って聞いてたのに化け物みてーに強いんだもんな!」

「おい」


 アンナが男たちを睨み付け、調子に乗りかかっていた彼らは慌てて口を閉じました。


「いいのよ、アンナ。じゃあ、あなたたちはもう、わたくしを弱いとは思っていませんわね」

「当たり前っす」

「あんなの見せられちまったら、なあ」

「わたくしがアイテムを買い占めたり、公爵家の力で奥伝を不正に取得したというのも嘘だってわかってくれたかしら」

「もちろん!」

「よかったわ」


 わたくしがニコニコと笑っていると、男のうちの一人がしみじみと言いました。


「あんた変なお嬢さんだなあ」


 それは狼に噛みつかれて怪我した男でした。今はもう傷の手当てはされております。


「悪巧みしてるのはわかってただろうに、俺なんか助けて」

「俺たちみたいなのと普通に口きくしさ」

「貴族なんて俺たちをゴミでも見るみてーに見下してるもんだと思ってたのにな」


 怪我した男が、どこか眩しいものでも見るように、わたくしを見つめました。


「あんたみてえな人にもっと早く会えていたら……いや、なんでもねえ」


 男は力なく首を振ると、「すまなかったな」としおらしくわたくしに頭を下げました。


 それからすぐに護衛が呼んだ警邏隊が来て、男たちは引き渡されました。説明のために護衛の一人が同行し、わたくしたちは倒した魔物達の始末に専念いたします。

 なにしろ三桁に近い量なので、解体するだけで大仕事です。


 イオアンとアンナはもちろん、残りの護衛二人と仮面の騎士様にも協力していただき、それでも足りずに警邏の騎士の手も借りました。

 こういう時、物語にあるような無限に収納できるアイテムボックスとか欲しくなりますわね。

 まあ、ないもの強請りをしても仕方ありません。わたくしたちはひたすら解体して、魔物から魔石と素材を取っていきました。


 素材については全部は持ち帰れないので、需要の高いもの以外は埋めてしまうことにします。少しもったいないですけれどね。


土の精霊(グノーム)よ、魔物の骸を地中深く……ええと、30センチぐらい……沈めよ』


 具体的な指示を入れた方が魔術が安定して発動しやすいのです。

 わたくしが呪文を唱えると地面が波打ち、ひとつところに集めた死骸が、まるで水の中に沈んでいくように大地に吸いこまれていきました。


 すべてを呑み込んだ後も大地はしばらく蠢いていましたが、やがて停止して元通りに――いえ、周囲と比べて少し盛りあがっておりますが、これぐらいは許容範囲でしょう。地中に沈んだ質量を考えればもっと盛りあがってもおかしくないのですから。


「おお、見事な魔術だ」

「黒狼のボスを倒すのにも貢献されたとか」

「解体も手慣れていらしたし、噂は当てになりませんなあ」


 警邏の騎士がわたくしに笑いかけます。……どうやら警邏にまでわたくしの噂は流れているようです。

 やはり、早めに対処した方がよろしいですわね。

 実はひとつ、いいアイディアがあるのです。


 ふふふ、目には目を、噂には噂をですわ!

イオアン「嫌な予感しかしない」

仮面の騎士「奇遇だな、私もだ」


読んでいただいてありがとうございました。

反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。

次回は水曜日昼に投稿いたします。


もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ