39.魔物寄せの粉です!
ツギの当たった服なのは仕方ないとして、シャツもズボンも煮染めたように汚らしいのはいただけません。なんだか、臭いまでしてきそうです。
「兄ちゃん、修行者かい? それにしても女二人連れとは優雅なことで」
どうやら男たちはイオアンも修行者と勘違いしているようです。
わたくしがイオアンへ視線を送ると、彼は微かに首を振りました。
イオアンの知り合いではない……ということは、狩猟ギルドに所属していない可能性が高いですね。
ギルドに所属してなくとも狩りはできますが、獲物を売りさばくにもギルドの保証がないと大変ですし、怪我をしたときのお見舞い金など簡易の保険制度などもあるので、狩人ならほとんどの人が加入すると聞いています。
加入しないのは毎月の共済金を払えない人か払わない人、もしくは後ろ暗いことをしている人ぐらいです。
端的に言うと未熟者かケチか犯罪者か、ということですわね。
さて、この三人はどれでしょう。
「おい、こいつら……」
「銀の短髪に紫の瞳、か……」
「変な形の背負い袋も持ってるな」
変な形とは失礼な。
男たちがわたくしやわたくしの荷物を見て、何事かを頷きあいます。わたくしの中で、三人の評価が犯罪者寄りに傾いていきます。
護衛はひとり……とか、男は案内人……とか聞こえてきます。
「お嬢ちゃんたち、休憩中だったのかい。邪魔して悪かったね」
男たちはこちらを向いてニヤリと笑うと、四方に散って、結界石を素早く蹴飛ばしました。
ほぼ同時に、小さな袋を取り出して私たちに投げつけます。アンナが素早く剣で叩き落としましたが、どういう仕組みなのか、剣に触れると同時に破裂して、粉が飛び散りました。
なんでしょう……おかしな臭いのする粉です。
「魔物寄せの粉です! お嬢さん、気をつけて」
イオアンの警告に、わたくしもアンナも厳しく表情を引き締めました。
それは周囲に撒けば一定時間魔物をおびき寄せ続けるという薬物です。危険なため国によって使用を禁止されておりますが、短時間で多くの魔物を狩ることがてきるため密猟者による違反が絶えないそうです。
つまり、彼らは犯罪者で確定です。
たちまち周囲に魔物の気配が満ちてきます。
「いやー、大変だねえ。魔物退治頑張ってねえ」
ニヤニヤと笑いながら、男たちは自分たちに聖水をふりかけています。
なるほど、それで魔物は彼らを避け、粉を被ったわたくしたちの方に向かってくるという寸法ですか。
ガサガサ……という草をかき分ける音に目をやれば、狂い鼠の大群が姿を現しました。さらには飛び兎、一角蛇、女郎蜘蛛なども姿も見えます。
魔物の姿を見た、と思った瞬間には乱戦に入っていました。アンナが飛び兎に斬りかかり、イオアンが一角蛇を矢で地面に縫い付けます。
残念ですが、“魔滅”している余裕はありません。
『風の精霊よ、刃となって渦を巻け。トルネードカッター!』
風の刃の渦巻きに狂い鼠たちを巻き込んで一掃します。
もしかしたら空気の動きを止めて魔物寄せの粉の臭いを消してしまえばいいのではと一瞬頭に浮かびましたが、わたくしたち全員に酸素を供給しつつ空気の流れを止める呪文が思いつきませんし、すでに魔物が来てしまっている以上、倒してしまう方が早いでしょう。
「助太刀しよう!」
どこからともなくクリス……仮面の騎士様が現れて、女郎蜘蛛を一刀のもとに切って捨てました。
まったく、今日もついてきていらしたのですね。
「新手が来やがった!?」
「それより、あの女、何もできねえんじゃなかったのかよ」
男たちが驚きの声をあげるのが聞こえました。やはり彼らもデマを信じていたようです。
当てが外れて残念だったわね、と言ってやりたい気分でしたが、そんなものはこの魔物の大群を片付けてからの話です。
『トルネードカッター!』
密集しているせいか、気持ちいいほどに刃の渦で魔物が倒れていきます。ふふふ、ツリーフロッグ用の魔術が大活躍ですわね。
欠点は威力が弱めなので、女郎蜘蛛などの外殻が固い敵には弾かれてしまうことでしょうか。
ですが、幸いなことに魔物にも縄張りがあるため、女郎蜘蛛の数はさほど多くはありません。
ただ、群れを作る習性のある強敵が現れると厄介――と考えた時、低い唸り声が聞こえてました。
噂をしたわけではありませんのに来てしまったようです。
茂みの中から姿を現したのは――黒狼です!
その名の通り漆黒の硬い毛皮と、皮の鎧ぐらいは簡単に切り裂く鋭い牙と爪を持つ魔物で、この南の森では最強種の一角と言っていいでしょう。
気がつけば周囲の魔物の数が激減しています。一角蛇が一体、女郎蜘蛛が二体ぐらいしか残っていません。
おそらく黒狼の群れに恐れをなして弱い魔物は逃げたのでしょう。
茂みの中から次々と現れた黒狼の数は全部で七頭。なかなか大きい群れのようです。
狼たちは茂みを出たところで一旦止まり、こちらをじっと見つめています。
黒狼は頭のいい魔物です。こちらの戦力を量っているのかも知れません。
……たぶん、一番奥の大きい個体がボスですわね。子供が背に乗れそうな大きさです。
本来、黒狼は多数で少数を襲うのが基本です。彼らはボスを中心に統制の取れた素早い動きで獲物を狩るのです。
ですが、今回はこちらも七人。――まあ、男たち三人はこちらの仲間ではありませんが、狼たちには区別が付かないでしょう。
だからといって彼らが諦めるはずもなく……きっとわたくしたちをどうやって狩るか、誰から狩るか考えているのです。
でも、それはわたくしたちも同じ。黒狼は強敵ですが、ボスさえ倒してしまえば群れが瓦解します。
……奥のボスを、どうやって倒すか。
きりきりと弓を引き絞るように、空気が張り詰めていきます。
女郎蜘蛛や蛇ですらその場を動きません。
「ブ、ブラックウルフ……」
男たちが顔色を失い、慌てて武器を取り出すのが視界の隅に見えました。黒狼には聖水はほとんど効力がないのです。
それにしても自分たちで魔物寄せの粉を使っておきながら、黒狼が現れることを予想していなかったのでしょうか。愚かですね。
「ち、さっさと捕まえて逃げるぞ!」
そんな言葉とともに、男たちは黒狼に突進――せず、わたくしに向かってきました。
「バカですの!?」
愚かとは思っていましたが、いくらなんでもほどがあります!
男たちの急な動きに刺激されて、狼たちも一斉にこちらに向かって飛びかかってきました。
『ファイヤーボール!』
わたくしはいくつもの火球を作りだし、黒狼たちの顔に叩きつけました。ギャウン、と鳴き声を上げて狼たちが地面に転がります。
彼らの毛皮がどれほど硬かろうと、目や鼻、そして口の粘膜などは弱点であり、普通の獣と同じく攻撃が通るのです。
でも、それは狼もわかっていること。彼らは粘膜は火傷しても、目だけは火球から守ったようです。
立ち上がった狼たちをアンナたちが攻撃します。いくら体毛が硬いといっても、質のいい剣であれば貫くことも可能です。
とはいえ、狼たちの動きは素早く、なかなか致命傷を与えることはできません。
彼らはヒットアンナウエイの要領で、牙や爪でさっと切りつけては、すぐに飛び退いて距離をとるのです。
「まん中に固まれ! 二人ひと組で一体を確実に倒すのだ!」
仮面の騎士様の指示に、わたくしたちは背を中にして円を組むように空き地の中心に集まることを意識します。
相手があることなので、完全にうまくいくわけではありませんが、それでも連携を意識して動けるようになりました。
いつの間にかその場の人数が増えていることにわたくしは気がつきました。隠れていた護衛も参戦してきたようです。
「ぎゃあああ!」
『エアカッター!』
どさくさ紛れに円陣に加わろうとしていた男の一人が狼に噛みつかれ、わたくしは風の刃で魔物の目を潰しました。狼が悲鳴を上げて離れます。
「くそっ! こっちへ来い!」
助けてあげたというのに、恩知らずにも男たちはわたくしを捕らえようとします。
『雷帳!』
「いてえっ」
わたくしの周囲に現れた雷に触れ、男の手に火花が散ります。雷というか、強い静電気みたいなものなので、男が死ぬようなことはありません。
これを常時展開できれば防御面では心強いのですが、精霊の中でも風のエーテルは拡散しやすい性質を持つため、長時間魔術を維持することは難しいのです。
とはいえ。
『サンダーカーテン! サンダーカーテン!』
連続で唱えれば、常時展開するのと似た効果は得られます。魔力も気力も体力ももっていかれますが!
わたくしは呪文を唱えながらボスに向かって突進していきました。ボスを庇うように何頭かの狼が襲いかかってきますが、雷に阻まれて火花を散らして地面に転がります。
わたくしとボスの視線が交わりました。
刹那、高く跳躍するボス。
やはり頭がいいですわね。雷帳はわたくしの周囲を円柱状に囲うため、頭上は空いているのです。
でも、そこを狙われるのなんて承知の上!
『氷の矢!』
わたくしは自分の頭上に氷の矢を出現させました。
狙いなど、つける必要はありません。
雷の帳の空いた部分から飛び込み、わたくしの喉笛に食らいつかんと、大きく開けられた狼の顎門。
その内部に矢が吸いこまれるのと同時に。
『矢よ、槍となれ!』
続けざまに放った呪文によって、巨大化した氷がボスを串刺しにしたのでした。
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