表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/56

37.あなたの言動にわたくしは確かに励まされたのです

「まあ、素敵!」


 無邪気な声を上げられたのはレイラ様です。マルガレータ様の歌声を思い出されているのか、そのお顔にうっとりした表情が浮かびます。


「マルガレータ様の歌は天上の音楽もかくやというほど素晴らしゅうございますもの、ぴったりですわね」

「ええ、本当に」


 きっとわたくしの表情にも同じものが浮かんでいるでしょう。

 音楽は貴族のたしなみの一つです。わたくしたちの年齢であれば、腕前はともかくとして、人前で楽器のひとつやふたつ演奏したり、歌を歌うこともございます。


 ですが、マルガレータ様の歌はレベルが違いました。

 学園祭で披露されたカンタータは、満場の観客が感動に打ち震え、涙を流して何度もアンコールを求めたものです。


「ありがとう」


 マルガレータ様の緊張がふっと緩んだような気がいたしました。


「どちらの先生に師事されるのですか?」


 残念ながら、我が国にはまだ専門で音楽を学べる学校はございません。学院の芸術コース以上のことを勉強したいと思うならば、高名な音楽家などに教えていただくのが一般的です。


「それが、まだ決まっていませんの。急に決めたものだから」


 マルガレータ様は少し照れたようにお笑いになりました。


「わたくし、本当はずっと音楽をやってみたいと思っていたのに、なかなか勇気が出なくて……。わたくしに才能があるかどうかもわかりませんし」

「マルガレータ様ほどの方でもそのような不安を抱かれるのですね」


 王立劇場のプリマドンナにもなれる歌声をお持ちですのに。


「侯爵家の娘として、いつかはどなたかに嫁ぎ、その家を守っていくのが当たり前だと思っていましたから、そこから外れるのも怖かったのだと思います。……勇気を出せたのは、アレクサンドラ様のおかげなのです」


 ――はい?

 急に飛び出したわたくしの名前に、いったい何の関係がと首を傾げてしまいます。


「アレクサンドラ様が髪を切られたときは、かなり騒ぎになりましたでしょう? お似合いだと思いますけれど、やはり見慣れないせいか、その、受け入れ難い方も多いようで」

「そうですわね」


 わたくしが勇者を目指すことはともかく、髪を切ったことに関しては学院でも賛否……いえ、否定意見の方が多いかも知れません。

 直接的にではございませんが、あちらこちらで囁かれているのは知っております。聞こえよがしに幻滅した、などと言われる方もいらっしゃいました。


 女性の髪は――特に貴族女性の髪は、長いものだという固定観念がございます。

 この世界には石鹸はもちろん、髪を美しくするヘアオイルなども存在します。ですが、天然由来のオイルは価格も高く、庶民にはなかなか手の届かない存在です。


 髪を長く美しく保つことは特権階級の証だと思い込み、そこに特別な意味を見出している貴族などもいるのです。


 もっとも単純に長い髪が好きで、その意味で残念だと嘆かれた方もいらっしゃいます。

 目の前のレイラ様などがその筆頭でございますわね。今はもう普通ですが、切った当初はもったいないと悲しまれてしまったものです。


「ですが、アレクサンドラ様は周囲の雑音などには揺るがず、ご自分の意志を貫かれています。そのお姿に、わたくしは感銘を受けましたの」

「ま、まあ……過分なお言葉で恐縮してしまいます」


 そんな大仰なものではありません、と両手を振って否定したくなるのをグッと堪えて、わたくしは扇の陰で力なく微笑みました。

 だって、わたくしが考えなしに行動してしまった結果ですから、髪を切ったことで何と言われても仕方ないと覚悟していただけなのですもの。


「ふふふ、そのように困った顔をなさらないで。わたくし、ただお礼を言いたかっただけなの。アレクサンドラ様にそのようなおつもりがなかったとしても、あなたの言動にわたくしは確かに励まされたのです。ありがとうございます」


 卒業する前に伝えられて良かったわ、とマルガレータ様は微笑まれました。


「そのように言っていただけて嬉しいですわ。でも、わたくしはただ頑固なのかもしれません。父からは跳ねっ返りとよく言われております」

「まあ、ご謙遜を」

「公爵閣下がアレクサンドラ様を溺愛されているのは、この国の貴族なら皆知っていてよ」


 レイラ様、クリスチーナ様が茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべました。


「お恥ずかしゅうございます……」


 わたくしの声は消え入るようです。お父様の親馬鹿が貴族中に広まっているとか、勘弁してほしいですわ。


「そういえば、騎士志望の女生徒で髪を切る子もちらほら見かけるようになりましたわね」

「戦闘中に髪を掴む不埒ものなどもいるようですから、武官は短い方が都合がよいそうですわよ」

「よい傾向だと思うわ。それぞれ好みだってあるのだし、皆が皆、同じ格好をする必要はないでしょう」


 貴族令嬢の中でも比較的先進的な考え方をされるクリスチーナ様は、上品にマドレーヌをつまんで笑いました。


「どのようなことでも、選択肢は多い方がいいに決まってるわ。マドレーヌを食べたい気分の時もあれば、ケーキがいいときもありますものね」

「まあ、クリスチーナったら。それはケーキの催促かしら」

「バッハホテルのサッハトルテを隠し持っているのを知っているのよ」

「隠しているだなんて人聞きの悪い……。とっておきの披露のタイミングを計っていたと言ってちょうだい。お二人とも、お腹はまだ大丈夫?」

「ええ、もちろん!」

「バッハホテルのトルテとうかがったら、お昼を抜いてでもいただかなくては!」


 レイラ様がおっしゃる通り、バッハホテルのザッハトルテはこれまた手に入りづらい人気のケーキなのです!


 そこでわたくしはふと気がつきました。

 もしかしたら、マルガレータ様はわたくしへの“お礼”のためにとっておきを用意してくださったのでしょうか。

 お茶もお菓子も、学院のお茶会の真似事に、ここまでのグレードのものを準備するのはめったにないことです。


 探るように見てしまったマルガレータ様は、ただ優雅に微笑んでいらっしゃいます。

 ……いえ、余計な詮索は無粋ですわね。

 わたくしは新しく入れてくださったお茶と美味しいケーキをありがたくいただいて、その後も楽しいお話に花を咲かせたのでした。




 放課後、わたくしは大鷲会の実務室へと足を向けました。

 卒業式典とパーティーの手配はあらかた終わっているはずですが、何か問題が起きているかも知れません。


 前世と違い、電話やメッセージアプリなどの簡単な連絡ツールがないため、直接会ってコミュニケーションをとるのが大切なのです。

 特にわたくしはこれから武者修行で休むことも多くなりますし、学院に来たとはこまめに顔を出しておくべきでしょう。


 一応、水鏡の魔術という遠見と音声を届ける術も存在はしているのですが、ある程度の能力がないと使えないのが残念です。

 護符や魔術道具などで、もっと気軽に使えるようにできないでしょうか……。

 今度、魔術の授業で相談してみましょう。


 そんなことを考えながら実務室の前まで来たわたくしでしたが、扉を開ける前に背後から尖った声に呼び止められました。


「何のご用でしょうか?」


 振り返ると、予想通り、そこにはヘンチュケ公爵令嬢のヨゼフィーネ様が立っていらっしゃいました。相変わらず見事なカールです。


「ごきげんよう、ヨゼフィーネ様。卒業式典とパーティーの準備はいかがかと思いまして」

「ご心配いただかなくても、万端整っておりますわ」


 ヨゼフィーネ様は敵意に満ちた笑いを浮かべ、自信満々にお答えになりました。

 わたくしは吐き出しそうになった溜息をぐっと飲み込みました。

 本当に、一方的にわたくしを敵視するところを除けば、優秀な方なのですけれど……。


 実は彼女は大鷲会のメンバーの一人です。

 王立学院の生徒会は前世のように選挙で選ばれるものではありません。

 生徒会長は前生徒会長による任命制で、副会長以下の役員は新生徒会長が選ぶことになっております。


 ゆえに、生徒会に入りたい者はまず大鷲会に入り、自分の有能さをアピールするのです。

 もっとも、クリストフ様やわたくしのように、大鷲会に入る前から生徒会に入るというパターンもございます。

 前生徒会長のテンツラー辺境伯令息エゴール様とは入学前からお付き合いがありましたので、一年の時にお声がけをいただいたのです。


 大鷲会の方は自薦、あるいは他薦によって入ることができます。希望者が多い場合は成績上位者から選ばれます。

 生徒会を目指すのではなく、純粋に学院のためになりたい、あるいは将来官僚となるために実務を学びたいといった目的のために参加される方もいらっしゃいます。


 ただ、ヨゼフィーネ様の場合は生徒会が目標と公言されております。そもそも、ご自分が去年生徒会に入れなかったことがご不満の様子ですし……。

 実際、ヨゼフィーネ様は生徒会に入ってもおかしくない方ではあります。特に数字に強く、計算能力の高さと記憶力は大鷲会の中でも抜きん出ていると言えましょう。


 ヘンチュケ公爵家の方針で、女子には高度な学問を学ばせず、家政コースしかとらせてもらえないのを、数学の先生が悔しがっておりましたもの。

 二年生にして数学のマスターコースに進まれているヴィルヘルム様がいらっしゃらなかったら、きっとクリストフ様に選ばれていたのではないでしょうか。


「武者修行でお忙しいアレクサンドラ様のお手を煩わせることはございませんわ。どうぞご安心なさってくださいませ」


 とっとと帰れ、と言わんばかりにその手のひらが校舎の出口を指し示します。


「――まあ、さすがはヨゼフィーネ様ですわね。では、他の皆様にもよろしくお伝えくださいませ」


 少し考えて、わたくしは大人しく引き下がることにいたしました。

 あまり波風を立てても仕方ありませんし、もしも本当にトラブルでも起きていれば、わたくしがいなくても他の生徒会の方々にお話が行くでしょうから。

 でも――。


「わたくしは生徒会に参りますわね。クリストフ様に何かご伝言でもありましたら承りますが」


 意地悪を口にしてしまうのを止められなかったのですから、わたくしもまだまだ未熟ですわね。


「いいえ、結構ですわ!」


 真っ赤になって怒るヨゼフィーネ様はとてもお可愛らしくて、わたくしは笑顔でその場を後にしたのでした。

読んでいただいてありがとうございました。

反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。

次回は土曜日夜に投稿いたします。


もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ