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36.二人ともじゃぞ

前回の卒業パーティーでのアレクサンドラの役割を少し具体的に書き換えました。

内容には変わりありません。

 まんまとクリストフ様に追及をかわされ、わたくしは少々気落ちしておりました。

 授業を受けるため、魔術のマスタークラスの教室へと向かいながら、ついつい溜息が零れてしまいます。


「アレクサンドラ様、お元気がありませんね」


 そんなわたくしを、ミラベル様が心配そうに見あげてきます。

 勇者を目指すのは止めて、健康的な生活に戻られたミラベル様ですが、ペースは落とすものの魔術や剣術の鍛錬は続けたいとのことで、週に二回はこうしてマスタークラスでの授業をご一緒しております。

 今は魔道ランプに使われる護符を、もう少し明るいものに変えられないか研究中です。


「武者修行でお疲れなのではありませんか?」

「大丈夫ですわ」


 わたくしは隣を歩く深海の青の瞳に笑いかけました。


「ミラベル様にいただいた護符、とても心強うございましたの。おかげさまで、武者修行はとてもうまくいきました」

「まあ、そんな……」


 ミラベル様は少し顔を赤くされ、「お役に立てて良かったです」と微笑まれました。


「武者修行!」

「きゃあっ」


 すぐ後ろで突然大声で叫ばれて、ミラベル様が悲鳴を上げました。わたくしもびくりと肩を跳ねさせてしまいます。

 ミラベル様を庇いつつ振り向けば、長い黒髪に不健康そうな顔色をした魔術士見習いレグノルト・クンツェがおりました。


「噂は本当だったのですね。いけません。そんなものに出て、死んでしまったらどうするのです。あなたはまだ私にあなたの魔術の秘密を教えてくれていないではありませんか」


「秘密なんてありませんと何度も言っております」


「あなたの作る護符の解読不能な文字! 呪文に含まれる謎の言葉! 突然増えた魔力!! 秘密だらけでしょう。それらを抱えたまま、死出の旅に出るなど許されません。あなたは一刻も早く塔に入るべきです。ええ、ええ、武者修行なぞもってのほかです。学院にすら来なくていい。塔から一歩も出ずに、あなたの知るすべてを導師たちに明け渡しなさい。ああ、あなたの脳からその貴重な知識をそのまま写し取ることができたら!」


 ……ドン引き、というのはこういうときに使う言葉でしょうか。

 わたくしの意志などまったく無視して、勝手なことを並べ立てるレグノルトには呆れてしまいます。


 大伯母様のお仕込みのおかげで、わたくしは顔に貼り付けた笑みをなんとか崩さずにいられましたが、それも少々心許なくなってきました。


「あ、あのレグノルト先生」


 ミラベル様がわたくしの前に出て、少し怯みながらも声をあげました。

 正確にはレグノルトは助手で教師の資格は持ってないのですが、わたくしたちは先生とお呼びしております。


「アレクサンドラ様が困っておられます。控えてくださいませ」

「あなたもです、ミラベル・アッカーマン!」

「ひいっ!?」


 ぎろりと血走った目を向けられて、ミラベル様が縮み上がります。


「何故もっと魔術の授業に出ないのです。わずか二ヶ月で奥伝まで修めるほどの才がありながら、何故魔術を極めようとしないのです。私にあなたほどの才能があったなら……!」


 レグノルトは自分で自分の言葉に煽られ、どんどん興奮していくようです。水でもかけて頭を冷やしましょうか、それとも沈黙の魔術の方がいいでしょうか。


「そこまでじゃ、レグノルト」


 レグノルトへの対処を考えていると、彼の顔の前にすっと本が差し出されました。マルティン先生です。


「ここは王立学院で、塔ではない。魔術士たちの専横が許されるところではないぞ」

「し、しかし……」

「今日はわしの手伝いはしなくてもよい。教務室で頭を冷やしておれ」

「……わかりました」


 マルティン先生に叱られたレグノルトは、不承不承という態度を隠しもしないで廊下を去って行きました。


「すまんのう。どうもあやつは魔術に傾倒しすぎておっての。加えて、今年も月読の塔に入れんでな、荒れておるのじゃ」


 ああ、なるほど……。

 武官である魔術士団と違い、文官系の月読の塔は長く任に着かれる方が多く、応募者に対して採用人数が極端に低いのです。


「そのくせ見習い扱いで、ちょくちょく塔に行ってるせいか、塔の導師たちの悪いところばかりを真似てのう」

「悪いところ?」


 ミラベル様が首を傾げます。

 陽見や星解を含めて、我が国の三塔に所属する魔術士――導師とも呼ばれます――は、学識高い賢者のようなイメージが一般に広まっています。

 彼らに悪いところがあると言われて、ピンとこなかったのでしょう。


「魔術至上主義というのか、魔術の研究のためならば周囲の迷惑など考えぬようなところがあってな。どいつもこいつも常識知らずというか研究バカというか、ナリばかりでかくなった子供みたいなもんでのう……」

「ふふ、そうなんですね」


 弱っている様子のマルティン先生ですが、声には愛情が含まれていて、ミラベル様は笑いを零されました。

 長く学院で教えられているマルティン先生は、塔にもたくさんの教え子がいらっしゃいます。レグノルトもその一人なのです。

 性格に多少難はあっても、先生にとっては可愛い教え子なのでしょう。


「まあ、魔術の天才が突然現れたのだから、あやつの気持ちもわからぬではないがの」


 マルティン先生が冗談めかした口調でわたくしたちに笑いかけます。

 ええ、まったく。ミラベル様は魔術だけでなく剣術でも天才で……って、なぜミラベル様はわたくしをご覧になって頷いているのでしょう。

 顔を見合わせるわたくしたちに、少し呆れた口調でマルティン先生がおっしゃいました。


「二人ともじゃぞ」




 マスタークラスの授業を終えて、ミラベル様と別れたわたくしは学院に用意された談話室(サロン)の一室に足を向けました。


 学年末のこの時期は、単位を取り終わった生徒が空き時間に食堂やサロンなどで社交に励みます。

 貴族にとっては社交も重要な務めの一つです。もちろん本格的なものはデビュタントを迎えてからのことになりますが、生徒たちはいつか社会へ出たときのために、学院で社交の練習もするのです。


 もっとも、わたくしたちの意識としては社交などという大げさなものではなく、単純に楽しくお喋りをして、交流を深めている程度のことなのですが……。

 その一方で、学生のうちに人脈を作っておこうと張り切る方もおられます。


 わたくしはサロンの入り口に立っている護衛に招待状を見せ、中に入ります。

 そこには、三人の女生徒がわたくしを待っておりました。


「ようこそ、アレクサンドラ様。来ていただいて嬉しいわ」


 立ち上がってわたくしを迎えてくださったのは、ノイチュ侯爵家のご令嬢マルガレータ様。一学年上の先輩で、わたくしをこのお茶会に招いてくださった方です。


 円形のテーブルの左に座っていらっしゃるのはマカチュ伯爵家のクリスチーナ様。マルガレータ様と同じ年の従姉妹です。

 右に座っていらっしゃる方は、わたくしと同じ学年で仲良しのテールマン伯爵家レイラ様。


 わたくしは淑女の礼をとってから、勧められるままに席に座りました。


「お忙しいのにごめんなさいね。わたくしたち、もうすぐ学院に来なくなるものですから、その前にぜひお話ししたくて」

「まあ、おめでとうございます」


 わたくしは顔を輝かせてお祝いを申し上げました。

 三年生は選択課程を修了し、卒業試験に合格すると自由登校となります。つまり、マルガレータ様とクリスチーナ様は試験に合格されたのです。


「ありがとう。わたくしもホッとしているの」

「アレクサンドラ様やレイラ様に気軽にお会いできなくなるのは少し寂しいですけれどね」


 クリスチーナ様のお言葉に、わたくしとレイラ様も頷きます。

 お二人には可愛がっていただきましたから、仕方のないこととはいえ、別れは辛くなります。


「そんな顔をなさらないで。王都にいるのですもの、いつでも会えますわ」


 侍女も控えていましたが、マルガレータ様は給仕を断り、手ずから紅茶を淹れてくださいました。

 その優雅な仕草に見とれているうちに、侍女の方が音もなく動き、わたくしの前にカップが置かれます。

 あら、フルーティーで華やかなこの香りは。


「ポワロの黄金陽茶ですわね。いい香り……」


 ポワロとは王都で人気の紅茶メーカーです。さまざまな茶葉をブレンドしたオリジナルティーが何種類もあり、黄金陽茶とはそのうちのひとつになります。


「さすがはアレクサンドラ様、香りだけでおわかりになるとは」


 クリスチーナ様がぱちぱちと軽く拍手をされます。


「今人気でなかなか手に入りませんでしょう? まさか、今日いただけるなんて……嬉しいですわ」

「ポワロにはちょっと伝手がありまして」


 マルガレータ様が、お三方のカップにもおかわりを注ぎながら片目を瞑ります。


「でも、この美味しさをわかってくださる方たちにお出しできて、わたくしも淹れ甲斐がありますわ。うちの弟なんて腹に入れば同じだなんて言いますのよ」

「まあ」


 弟君を出汁にした冗談に、サロンに笑い声が弾けます。

 それからしばらくお茶やお茶菓子――これも王都で人気の絶品スイーツでした――の話題に花が咲き、ひと段落したところで何気なくレイラ様が質問されました。


「卒業したら、お二人はどうされるんですか」


 少し表情を固くされたマルガレータ様が気になりましたが、まず口を開かれたのはクリスチーナ様でした。


「わたくしは家にいて、デビュタントシーズンに向けて仕度することになると思うわ」


 クリスチーナ様のご予定は、この国の貴族令嬢としては一般的なものです。特に職には就かず、家にいてお母様から家政のことなどを学びながら、デビュタントを待ちます。

 その間にご縁談があったり、もともと婚約者がいらっしゃる場合などは、花嫁修業がここに加わります。


 前にちらっとお聞きしたときは、マルガレータ様も同じだったと記憶しておりますが……。


「わたくしは……」


 マルガレータ様は一度言葉を切り、大きく深呼吸して決意を瞳に浮かべました。


「わたくしは、音楽の道に進みたいと思っているの」

読んでいただいてありがとうございました。

反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。

次回は水曜日昼に投稿いたします。


もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。

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