35.仮面の騎士の伝説だ
翌日、わたくしは王立学院に登校すると早速クリストフ様を探しました。
学院に来るときに王家の馬車とすれ違いましたので、もうクリストフ様は登校しているはず。
ホームルームにいなかったので、当たりをつけて向かった生徒会室には、やはり机に座り、何か調べ物をしているクリストフ様の姿がありました。
「クリストフ様!」
「ああ、アレクサンドラか」
朝の生徒会室にはクリストフ様以外どなたもいらっしゃいません。
わたくしはつかつかとクリストフ様に近づきました。
「いったい、どういうおつもりですの?」
「何のことだ?」
クリストフ様は、わたくしをきょとんとした顔でご覧になります。まあ、見事なポーカーフェイスですこと!
「昨日のことです。どうしてわたくしの武者修行についていらしたのですか?」
「昨日?」
クリストフ様は何のことかわからないといった様子で首を傾げます。わたくしが何も知らなかったら、誤魔化されてしまいそうな演技力です。
「昨日は、私は兄上の公務の手伝いをしていたが……?」
なんですって?
クリストフ様の兄上といえば、おひとりしかいらっしゃいません。この国の第一王子にして王太子、エルモレイ様です。
「私にはよくわからんが、もしも昨日のことで何か聞きたいのなら、兄上にも確かめてみるといい」
クリストフ様は自信満々に口の端を吊り上げました。
つまり、アリバイ作りは完璧、ということですわね?
エルモレイ様まで巻き込んで何をやっていらっしゃるんですのーーーー!?
「クリストフ様は、それほどまでにわたくしが信用できないのですか? 助けていただいたことは感謝いたしますし、確かに少々危ない場面もございましたが、それも含めての武者修行で」
「いや、私はお前のことは信用しているし、お前の武者修行についても応援しているぞ」
クリストフ様が手を上げてわたくしの言葉を遮ります。
「昨日も初心者に見えぬほど落ち着いて修行をこなした……と、聞いている。特に午後からは非常に安定していた。実に見事だったぞ」
「あ、ありがとうございます」
真っ直ぐな褒め言葉に、わとくしは戸惑いと嬉しさ両方を感じて、口籠もってしまいました。
いえ、誤魔化されてはいけません。
わたくしは背筋を伸ばして、クリストフ様を真正面から見つめました。
「クリストフ様。わたくし、昨日、おかしな」
「おかしな?」
「……あやしい仮面を被った方に助けていただいたのですが」
「助けてもらったのにあやしいとは何事だ」
「仮面を被った方があやしくないとでも?」
びしりと突っ込みましたら、クリストフ様はわずかに口の端を下げました。
「あの仮面の方は、クリストフ様ではないのですか」
「私は昨日は兄上の手伝いをしていたと言っているだろう。――だが、そうだな。こんな話を聞いたことがあるぞ」
クリストフ様はあくまでとぼける気のようでしたが、ニヤリと悪童めいた笑いを浮かべると、指を一本立てて告げました。
「仮面の騎士の伝説だ」
「……なんですの、それは」
「武者修行の初心者が困っていると、どこからともなく現れて助けてくれるのだそうだ。顔を仮面で覆ってはいるが、あやしくなどはない。初心者を助けようとする高潔な騎士だぞ」
クリストフ様は顎を軽く上げ、したり顔で説明を続けました。
こういうのを前世ではドヤ顔と言いましたわね。
「……確かに、わたくしを助けてくださった方も仮面の騎士と名乗っていらっしゃいましたが」
「おお、では伝説は本当だったのだな!」
見事な棒読みですわね、クリストフ様。
「つまり、昨日の方は仮面の騎士であってクリストフ様ではない、とそう主張されるのですね」
「主張も何も事実だからな」
わたくしはじっとクリストフ様を見つめましたが、クリストフ様は平然とした顔で視線を受け止め、小揺るぎもしません。
このままではしらを切り通されてしまいそうです。
わたくしは戦法を変えてみることにしました。
「クリストフ様、わたくしの武者修行の様子を聞いたというのはどなたからですの?」
「それは、いろいろと……だな。お前の兄上は我が兄上の側近であることだし」
「わたくしが帰宅したのは昨晩です。早すぎるのではないかと思いますか?」
「お前の武者修行は注目の的だ。すでに王宮中の話題だぞ」
なんですって?
わ、わたくしの知らないところで話が広がっているようです。
「ま、まさか陛下や王妃殿下には……」
「父上も母上も期待されている。今度、修行の話を聞かせて欲しいそうだ」
貴族や庶民の間で面白おかしく噂されているのは知っておりましたが、我が国の中枢たる王宮にまで届いているなんて……。
噂を広げすぎです、ヴィタリー兄様!
「そうそう、あと母上はお前の髪型についても気にしておられたな。どのような姿であるか、楽しみにされていたぞ」
「さ、さようでございますか……」
恐れ多さにわたくしは身を縮めました。陛下も王妃殿下も気さくな方々ではございますが、いくら公爵家の娘といえど、そうそう簡単にお目にかかれるはずはございません。
我がオルテンブルク領は王家直轄の避暑地に近く、そこへ向かう途中の宿泊地として立ち寄られるときに拝謁の機会を賜ったこともございますが、わたくしが王都に来てからはそのようなこともなくなりました。
これは、きっと社交辞令というものでしょう。そうに決まっています。
「卒業式典が待ち遠しいとおっしゃっていたなあ」
ひいいいいいい!
「し、式でお言葉を賜るのは卒業される先輩方と伺っております」
在校生は卒業生の後ろに控えて、お祝いをするだけのはずです。
「パーティーになれば機会もあるであろう」
「卒業パーティーにもご出席の予定が?」
わたくしははっと表情を改めました。陛下方がご臨席されるのであれば、警備の規模、音楽や料理のグレードなども考え直さなければなりません。
「いや、予定に変わりはない。式典の後は別室で休まれる。ただ、しばらくいるそうだから、顔を出してやって欲しい」
「で、ですが、わたくしはパーティ責任者で」
「当日、お前がやることはほとんどないだろう。最初はいた方がいいだろうが、中盤を過ぎれば少しぐらい席を外しても問題ない。帰るのではなく、同じ建物内にいるのだしな」
まあ、そうなのですが。
式典もパーティーも生徒会が主催いたしますが、実際の運営は生徒会の下部組織である大鷲会が取り仕切ります。
生徒会が行うのは方向性と予算の決定、おおまかなスケジュールの組み立てだけで、後は大鷲会から上がってくる報告をチェックし、何か困っていることがあれば指導するのが務めです。
言ってみればこれは国王や大臣と官僚、あるいは領主と行政官の関係のようなものです。
王族も通う我が学院は、このような形で将来のための模擬練習を行っているのです。
ちなみに大鷲はわが学院の紋章のモチーフになっており、下部組織の名前はそこから取られております。
「実務はお任せしておりますが、わたくしは女主人役として先輩方をおもてなしする役目が…」
卒業パーティーですので、卒業する先輩方の交流が主題です。わたくし自身が目立つような社交はいたしませんが、陰から目を配る必要はあります。
「そちらは私の役目でもあるだろう。お前のいない間のことは引き受けよう。父上たちも一応はパーティーの客だ。もてなしてやってくれ」
「……かしこまりました」
逃れられないことを悟って、わたくしは表情を隠し、軽く礼をいたしました。
そこでちょうど予鈴が鳴って、わたくしとクリストフ様は慌ててホームルームへと向かいます。
結局しらを切り通されてしまったと気づいたのは、クラスに戻って席に着いてからのことでした。
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次回は土曜日夜に投稿いたします。
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