32.ヤバい相手の時は頼ってください
前話の氷の呪文についての説明を少し変えています。
話の内容には影響ありません。
「ク……仮面の騎士様!?」
しばらく探してみましたが、姿は見えません。
いいですわ、学院に行ったらお会いできるのです。どういうことなのか、絶対に説明していただきますからね。
「“仮面の騎士様”ねえ……お知り合いで?」
「……ええ、まあ」
あの時、イオアンたちは離れていましたし、わたくしが口にした名前は聞こえていなかったようです。
まさかこの国の第二王子だなんて言うわけにも参りませんので、適当に誤魔化します。
我が家の騎士であるアンナは、何度かクリストフ様を見かけたことがあるはずですので、微妙な顔をしております。
仮面で顔半分は隠れておりましたし、アンナは“仮面の騎士様”を間近で見たわけではありません。わたくしほど確信はないようですが、疑ってはいるようです。
「ああいう人が隠れて護衛に付いているから、無茶するんですかね、お嬢さんは」
「そ、そういうわけでは」
う、……鋭い視線と低い声。イオアンの怒りがひしひしと伝わって参ります。
クリストフ様はわたくしの護衛ではありませんが……そんな訂正よりも、まずは謝罪ですわね。
「申し訳ありません。暴走いたしました」
わたくしはイオアンとアンナに深々と頭を下げました。
「イオアンやアンナも危険に晒してしまいましたわ」
「……お嬢さんもわかってるだろうから、いまさら弱肉強食の世界とか陳腐な説教はしませんけどね。俺は単なる案内人ですから、いざとなったら逃げればいいが、護衛となるとそうはいかない」
「イオアン殿、それは」
「いいの、アンナ」
わたくしは何か言いかけるアンナを手で制しました。
「結果的に倒すことができましたけど、護衛だって守り切れないこともある。俺の仕事にはお嬢さんの実力に見合った敵のところに案内することも含まれてるんだ。逆に言えば、厳しい相手ならば止めるのも仕事です。そこは従ってもらわないと」
「はい、申し訳ありませんでした」
まさに正論、ぐうの音も出ません。わたくしはもう一度頭を下げました。
「……ま、反省してるんならいいですよ」
イオアンは苦笑して、表情を和らげました。
「俺はあなたに雇われた案内人です。お嬢さんの命に関わらない限り修行の邪魔はしませんし、最大限サポートする。そういう契約です。だから、飛び出していく前にまず相談してください」
「え……」
「お嬢さんひとりだと厳しくても、三人パーティーだと考えればやりようはある。武者修行は一人でやるもんだとか、助っ人を頼むのは不名誉だとか考えるバカ、いや失礼、貴族などもいるようですが、俺に言わせりゃ命あっての物種です。そもそも修行者同士でパーティーを組むことだってあるでしょう」
そうなのですよね。わたくしもミラベル様と一緒に修行しようと考えておりましたけど、修行者が組んで魔物退治することは珍しくはないのです。力場も修行者が協力し合えば、より広い範囲に展開することができます。
ただ、貴族が家の騎士や護衛を引き連れて修行するようなケースは別で、こちらは初心者でもない限り侮蔑の対象になります。
「ましてや、あなたは修行一日目。ひよっこもいいところなんだ。ヤバい相手の時は頼ってください」
「わかりましたわ。……ありがとうございます」
てっきり頭ごなしに叱られるのではと身構えていたので、イオアンの言葉はとても意外で――とても嬉しいものでした。
「なんです?」
思わず笑いが漏れてしまいましたら、イオアンが訝しげに訊いてきました。
「いえ、イオアンが案内人でよかったと実感していたところです」
イオアンは厳しいことも言う方ですけれど、きちんとわたくしの意思を尊重してくださいます。
他の方でしたら、こうはいかなかったかもしれませんもの。
「……そりゃどうも」
イオアンが口の端を下げてそっぽを向きました。怒ったのでしょうか? ……いえ、耳が少し赤いです。これは……照れているのでしょうか。
「それはそうと、女郎蜘蛛ですが」
イオアンはこちらを見ようとせずに、分かりやすく話題を変えました。
「洞ごと凍りつかせるとか、よく思いつきましたね」
「逃げ場のない狭い場所を住み処にしてたからできたことですわ」
もしも女郎蜘蛛がよくいる洞窟だったとしたら、すべてを満たすような水を出すことは難しかったでしょう。
「ただ、昆虫系は低温耐性ってのがありましてね……っと、やっぱり」
洞を覗き込んだイオアンが首を引っ込め、わたくしを手招きしました。わたくしも覗き込んでみると、八つ並んだ赤い瞳が暗闇の中でぎろりと光ります。
そこに宿るのは、はっきりとした敵意。
……どうやら、氷漬けにした程度では女郎蜘蛛は死なないようですわね。
「ま、動きが封じられてれば怖がることはないでしょう。むしろ生きてるなら“魔滅”できるんじゃないですか」
「――あ」
なるほど!
力が上の相手でも身動きできない状態ならば、力場を展開することも可能ですわね。
わたくしはイオアンとアンナに下がっていただいて、魔力を放出します。
そして、女郎蜘蛛を魔力で押し包むように力場を作ろうとしますが、魔物も激しく抵抗します。
けれど、所詮は氷漬けになった身。抵抗は徐々に弱まり、やがてはわたくしの魔力と精神力の前に屈しました。
力場が完成してしまえば、あとはとどめを刺すだけです。
……でも、どうやってとどめを刺しましょうか。
洞ごと凍りついているので、女郎蜘蛛を攻撃するには木ごと切るか、串刺しにするかしかありません。
あるいは、一度氷を溶かす?
うーん、力場の中とはいえ、女郎蜘蛛を自由にするのは危険度が高いような気がします。
できれば木を傷つけたくはありませんし、固い外殻を貫いて串刺しにするのは、わたくしの技量では難しいでしょう。
氷ごと洞から取り出せれば魔術でなんとでもできますが、そんな呪文ありませんし、作るにしても水の精霊にどう命令すればいいのか……。
「あ」
女郎蜘蛛は低温耐性がありますが、高温ならどうでしょう。
『水の精霊よ、〈分子〉を動かし沸騰状態にせよ』
わたくしは、お湯を沸かしたときと同じ呪文を洞の氷に対してかけました。
一瞬で氷が溶け、熱いお湯になります。
女郎蜘蛛は氷が溶けた刹那に脱出しようと動きかけましたが、すぐに熱湯に茹でられてぐったりと脚を投げ出します。
やがて、その輪郭がゆらゆらと揺らぎだしました。
どうやら倒せたようです。
前世で昆虫は熱帯雨林に多く生息していました。ですが、温暖化によってその生息数が減少しているというニュースをみた記憶があったのです。
彼らは高い気温にもそれなりに適応できるのですが、一定以上の高温では生きていけなくなってしまいます。こちらの世界でも、それは同じだったようです。
女郎蜘蛛の残した魔石が力場の解消ともに光の粒に変わり、わたくしへと降りそそぎます。
「……まあ」
それと同時に全身に力がみなぎってきて、わたくしは思わず声を上げてしまいました。先ほどまでの疲労感もずいぶん楽になっております。
今のわたくしにとっては強敵である女郎蜘蛛を倒したことで、かなりの強化がされたのでしょうか。
怪我の功名ですわね! ……ちょっと使い方が違うかしら。
まあ、そんなことはいいとして、つまり昆虫系の魔物には今後もこの戦い方が有効ということです……たぶん。
魔物には魔力がありますし、特異な能力を持つものもいますから、一律に同じと決めてかかるのは危険かも知れません。
でも、こういう戦い方もあると、覚えておくのは無駄ではないでしょう。
とはいえ、今回の洞のように水を入れる器のような場所がそうそうあるとは思えませんし、都合よくその器の中に魔物が入ってくれるはずもないのですが。
……例えば、魔物を水の球のようなもので包んで、それを熱湯にするという戦法はどうでしょうか。
でも、基本的に水は流れ落ちるもの。それを、ひとつの形に留めようとするのは、かなり繊細な魔力コントロールが必要となりそうです。要検討ですね。
いっそ魔物の体内の水分を熱湯にしたり蒸発させたりした方が早いような気がいたしますが、外部から生物の内部を弄る術は神霊魔法の範疇になりますので、精霊魔術では無理ですわね。
すべての生物は生命のオーラを纏っていて、それが魔力に対する自然のガードとなっています。これを超えることができるのは、神の御業のみ。
わたくしも多少神霊魔法の心得はありますが、できるのは怪我の治療程度です。
神霊魔法は回復や治療系の術が多く、攻撃魔法は秘術とされて、かなり高い位の方でないと使うことが許されないと聞きます。
そのため、修道士は肉体で戦う方が多いのです。
そもそも神霊魔法を使うには長い詠唱が必要なりますから、戦闘にはあまり向きませんけれどね。
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次回は水曜日昼に投稿いたします。
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