30.私は仮面の騎士。そのような者は知らぬ
すみません、前回の投稿日予告を間違えていました。
現在は水曜日昼ではなく土曜夜に修正してします。
南の森は初心者向けの看板の通り、弱い魔物しか生息しておりません。
とはいえ、その中でも強さの強弱はあり、森の奥に行けば行くほど強い(あくまで初心者レベルで)魔物が現れます。
休憩を終えた後、わたくしたちは森の中程まで足を進めておりました。
イオアンに大丈夫と太鼓判を押していただきましたし、正直、戦いに慣れてしまうと入り口付近の魔物では物足りなくなっていたのです。
もっとも、慣れたと思った時が危ないとも言いますから油断は禁物です。
わたくしは気を引き締めて魔物と対峙いたしました。
そのおかげでしょうか、現れる魔物たちは手強くはなりましたが、そのすべてを“魔滅”することができております。
二十六体目の魔物、吸血鳥の残した魔石が光の粒となってわたくしの中に入ってくるのを感じにながら、わたくしは力場を解除いたしました。
「お見事です」
あまり音が出ないように、控えめにイオアンが拍手します。大きな音を立てれば、魔物を呼び寄せてしまうことになりかねませんから。
「この調子ならすぐ初心者脱出できるんじゃないですか?」
「本当ですか?」
イオアンの褒め言葉が嬉しくて、わたくしは顔を輝かせます。
「実力は申し分ないですし、戦闘にもずいぶん慣れて“魔滅”し損ねることもない。魔物の見極めもできてるようですね。ここに来る前にずいぶん勉強されたんでしょう」
「イオアンのアドバイスのおかげもありますわ」
わたくしの知識は子供のころに領地で見たものと本で読んだものだけ。実際に遭遇すると頭の中の情報とは違いがあって、驚くこともしばしばです。
ツリーフロッグが一匹倒すと集団で襲いかかってくるなんて知りませんでしたし。
「俺ができるのはせいぜい魔物の特徴を教えるぐらい、お嬢さんが力場を展開するとほぼ役立たずですからね」
「それは当然ですわ。アンナだって干渉することはできないのですから」
力場の中は修行者と魔物だけの空間です。外からは物理攻撃も魔術も届きません。例えば修行者が傷を負ったとして、外から回復魔法をかけようとしても力場には届かないのです。
もっとも、力場の中は修行者の気が満ちた空間です。魔物を力場に閉じ込めることができた時点で、修行者は圧倒的優位に立っておりますから、よほど油断しない限りは負けることはありません。
前世流の言い方をするなら、力場を展開できたら“勝ち確”なのです。
魔物との間にかなりの実力差がないとできないことですし、その分、気疲れはいたしますけどね。
気のせいか、朝と比べると今のわたくしは力場の展開も早くなってきているような気がします。“魔滅”のおかげでかなりパワーアップできているのでしょうか。
魔力が増えた実感がありますし、体力も少しは付いたような……少なくとも、戦闘後の疲労感はずっと少なくなりました。
ゲームのようにレベルがわからないのが残念ですわね。
でも、そろそろまた休憩してもいいかもしれません。疲れすぎてからの休憩はさっきのような失態を招く可能性があります。お腹も空いてきましたしね。
「イオアン、アンナ。もうそろそろお昼に……」
しませんか、と言いかけたわたくしの耳に、笛のような音が届きました。細くて高い……笛、ではありませんわね。
鳴き声、でしょうか。
ぴゃー、とか、ふゃーといったような、文字にしづらい音が断続的に聞こえてきます。
わたくしは小道を外れ下生えを踏みしめながら、音のする方へゆっくりと進んでいきました。
すると、少し先に太い木があるのが見えました。幹の中程にはぽかりと洞が空いていて、それを覆うように幹や枝に広範囲に白い糸がかかっています。
蜘蛛の巣です。
そして、その巣の端に、蜘蛛の糸にぐるぐる巻きにされた何かがかかっていました。
ぴゃーぴゃーという鳴き声は、そこから聞こえてくるのです。
頭以外は白い糸に巻かれていてよくわかりませんが、丸い頭と尖った耳、黒い体色の……仔猫、でしょうか。
「……なんで、こんなとこに」
イオアンが緊張した声を出します。わたくしもごくりと息を呑みました。
蜘蛛の魔物は何体かおりますが、あそこまで大きな巣を作れるのならば、かなり強力な相手だと思って間違いはありません。
「女郎蜘蛛だ。お嬢さん、相手にしない方がいい」
女郎蜘蛛。それは、主に洞窟などに棲んでいる肉食の魔物です。この森でも出現はしますが、奥の遺跡跡ぐらいでしか今までは目撃例がなかったはずです。
イオアンが来た道を戻ろうと身振りで合図します。
――でも。
ぴゃあふゃあと鳴いています。細くて頼りない声ですが、まだあの子は食べられず、生きているのです。
「ああやって親をおびき寄せているんです。近寄ったら襲いかかってきますよ」
「親が近くのいるのですか?」
「どうでしょう。諦めたかも知れない」
ひゃあぴゃあと、哀れな鳴き声は続いています。あんなに小さい子が、精一杯の力で助けを求めています。
「……お嬢さま」
アンナが“さま”付けに戻って、わたくしを制止しようとします。
わかっています。女郎蜘蛛は今のわたくしでは“魔滅”は無理でしょう。戦ってもおそらく五分。危険は避けるべきです。
だけど、だけど……。
仔猫〔たぶん〕が藻掻いたせいかぐらりと体が傾き、その頭がちょうどこちらを向きました。金色の目がわたくしを捉えます。途端ににー、ひゃーと鳴き声が高くなりました。
「戻るぞ、お嬢さん」
イオアンの声が危機を孕むのと、わたくしが風の刃で蜘蛛の巣を壊したのは同時でした。
「このバカ!」
愚かなことだとはわかっています。でも、体が動いてしまったのです。
「おふたりは下がっていてください!」
わたくしはそう声を掛けて、洞に気をつけつつ、地面に落ちた仔猫目指して駆け出しました。
バカなことを仕出かしたのはわたくしですから、わたくしが責任を取りますわ!
風の刃は蜘蛛の巣を壊しただけなので、仔猫はまだぐるぐる巻きのまま、動けずにいます。
第一目標は仔猫の救出、魔物退治はその後! もしも退治が難しければさっさと逃げましょう。
わたくしの手が仔猫に届くより早く、洞から何本もの白い糸が飛び出てきました。女郎蜘蛛はまるで自分の手足のように自在に糸を操ります。絡め取られたら終わりです。
森を走りつつ器用に避けられるような体術は持ち合わせておりませんので、小さな風の刃をいくつも体の周囲に発生させて断ち切ります。
火で燃やしてしまった方が楽なのでしょうけど、空き地や道ならばともかく、生い茂った木々の中で使う気にはなれません。
魔力を打ち切れば炎は消えますから延焼はいたしませんが、一度焦げた枝葉は元に戻りませんもの。
蜘蛛の糸の一本が仔猫に向かいます。慌てて風の刃をそちらに放ったとき、足に何か巻き付いた感触と同時に、わたくしは宙づりにされておりました。
しま……っ!
足の糸を切ろうとしましたが、マントが邪魔をしてよく見えません。四方から迫る糸を風の刃で防ごうとしたとき。
不意にわたくしの足が自由になりました。
空中で藻掻いていたときだったものですから、わたくしの体は勢いよく飛ばされてしまいます。
どこかの木にぶつかることを覚悟して、わたくしは固く目を閉じました。
ですが、その前にわたくしは誰かに抱えられて地面に着地していました。
助けてくれたのはイオアンでしょうか、アンナでしょうか。
そのどちらかだと思って目を開けたわたくしは、予想もしなかった人物を目にしてぽかんと口を開けました。
太陽のような金の髪。仮面で顔半分を隠してはいますが、その奥から覗く琥珀の瞳。高い鼻梁も快活な笑みを浮かべる唇も、大変に見覚えがありますが、本来この場所で見かけるはずではないものです。
というか、その仮面、以前仮装舞踏会があったときに使ったものですわね?
あれは、仮装して顔を隠し、正体を明かさずに参加するのが条件で、大人だけでなく子供も招待された無礼講のパーティーでしたわね。
音楽家や芸人なども招待されていて、ダンス以外にもいろいろな催しがあって楽しゅうございました。
……ではなくて。
「クリストフ様、どうしてここに!?」
「私は仮面の騎士。そのような者は知らぬ」
仮面……って、そのまんまではないですか!
「今は話している場合ではない。まずはあの蜘蛛をなんとかせねば」
ちなみにわたくしたちが話している間にも、イオアンとアンナが女郎蜘蛛を牽制してくださっています。仔猫もまだ無事です。
「かしこまりました。ですが、終わった後にきっちりお話は聞かせていただきますわよ!」
ミラベルの護符は明確に傷を負わされるレベルの攻撃でないと発動しません。
でないと普通に森歩きしてて、ちょっと蜘蛛の巣に引っかかっただけで発動してしまうので。
読んでいただいてありがとうございました。
反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。
次回は水曜日昼に投稿いたします。
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