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29.だって防御を挟むより、すぐ反撃できた方が効率的ではありませんか

「ちょうどいい、これで解体の勉強をしましょうか」


 イオアンが地面に転がっている角土竜(ホーンモール)の死骸を腹が上になるようにひっくり返します。

 わたくしはその提案に頷くと、もう一度結界石を置き直し、地面に聖水を染みこませました。

 これで、この森に出現する魔物程度なら近寄ってこなくなったはずです。


「角土竜は角の部分がいちばん価値があるので、切り取るときは慎重に……って焦げてますね。皮もダメだな、こりゃ」


 アンナに切り落とされた魔物の頭も、でっぷり太ったその体も、わたくしの火球の呪文で黒焦げになっております。


「とっさでしたので、慣れている呪文を使ってしまいましたの……」


 火球の呪文は初心者が使うものですし、先日まで護符を改良していたので嫌というほど調べていたのです。


「まあ、倒せればいいんですよ。お嬢さんは素材狩りをしているわけではないんですから。お嬢さんが狩人(ハンター)志望なら話は別ですがね」

「でも、イオアンの取り分が減ってしまいましたわ」


 わたくしがそう言うと、イオアンは思わずといった感じで吹き出しました。


「そこは気にするところじゃありません。俺は案内人としてちゃんと報酬をいただいていて、素材は単なる余録ですから」


 イオアンを雇うときの契約で、ガイド中に手に入れた素材はすべてイオアンに渡すことにしているのです。

 イオアンは遠慮しましたが、基本的に“魔滅”して素材はとらない心積もりでしたので、失敗しても素材が手に入るなんて甘えを捨てるためにとお願いいたしました。


「そういや、お嬢さんは魔物の解体を見たことはあるんですか?」

「わたしは領地で育ちましたから、魔物狩りに連れて行っていただいたことがありますわ」

「へえ、そりゃ勇ましい」

「見ていただけですけれどね」

「目にしたことがあるだけでもだいぶマシなんじゃないですかね。王都育ちじゃ魔物なんか見たことないってヤツも珍しくない。そういうのが狩人になったりすると、カエル程度で大騒ぎですよ」

「カエル……ジャイアントトードかしら。まさかツリーフロッグではないわよね?」


 ジャイアントトードはその名前の通り、人間の子供ぐらいの大きなカエルです。この魔物は小柄な人ならひと呑みにしてしまうので要注意です。


「それがなんとツリーフロッグでしてね。ぬるぬるして気持ち悪いとか抜かしてへっぴり腰で解体したもんだから、一番いいトコ……毒液の袋を傷つけて台無しにしやがって」

「まあ」

「解体で傷つけるのは狩人の恥なんですよ。倒したときの傷は当たり前なんで誰も気にしないんですけどね」


 ……もしかして、これはわたくしを慰めてくれているのでしょうか。

 わたくしの口元に淡い微笑が浮かびます。

 それに気づいたのか、彼は照れたように視線を逸らしました。


「そんなことより、お嬢さんの術は相変わらず発動がちょっぱ……早くて驚きますよ」

「火球は簡単な呪文ですもの」


 それに、術の発動にはイメージが大切なのです。

 精霊魔術は精霊に命令することで発動しますが、どうやら精霊は術者の思考を読むようで……いえ、思考を読むというと語弊があるでしょうか。

 神の力宿る神代語には言葉以上の伝達力があり、そこには精神の交感が含まれているのだとか。


 ですから、術者にしっかりしたイメージがあれば、呪文はわりと短縮できるのです。何度も使っている呪文であればあるほど、発動時間も短縮できます。

 古文書によると昔は呪文などなくとも念じるだけで魔術を使えたのだそうです。

 人の間では失われて久しいその技術を復活させることは、月読の塔の重要な研究テーマのひとつとなっております。


「ですが、やはり魔術は近接戦闘には向きませんわね……。不意打ちは当然のこととして、近づかれればそれだけ呪文を唱える時間がなくなってしまいます」


 例えば剣であれば反射的に反撃するということも可能ですが、魔術ですと最適な呪文を考えて唱えなければならず、どうしても1工程多くなってしまうのです。


 本来魔術は中~遠距離向きの攻撃方法です。“魔滅”では魔物を威圧して力場を形成するのが必須なので近接戦闘が主になります。

 つまり“魔滅”と魔術の戦闘スタイルは非常に相性が悪いのです。

 その点剣術は近接戦闘向きなのて、“魔滅”では有利かもしれません。剣術は剣術で遠距離は不利ですから、弓などで補う必要はありますが。


 こういう時は剣術にも魔術にも類い希な才能をお見せになったミラベル様が羨ましくなってしまいますわね。

 どちらの弱点ももう一方で補うことができるのですから、向かうところ敵なしではありませんか。

 わたくしは剣術は初級を修めるのが精一杯で……。相手の動きに体がついていかないのです。反射神経が鈍いんですわね、たぶん。


「魔物を即死させるか、一瞬で行動不能にするような方法があればいいのですが……。自動的に相手の首を刎ねる護符とか? エアカッターの応用でできるかしら」


 魔物が目の前に迫っているときに、悠長に呪文なんて唱えてはいられませんもの。

 半ば独り言のようにブツブツと考えごとをしていたら、なんだかイオアンとアンナが困惑したような顔しています。


「どうかしましたか?」

「……なかなか物騒なことおっしゃるので、ちょっと」

「ちょっと?」

「お嬢さんみたいな方の口から聞くと、殺意が高すぎて違和感がね」

「あの、お嬢さま……お嬢さん。防御の護符などをお作りになってはいかがでしょうか」

「だって防御を挟むより、すぐ反撃できた方が効率的ではありませんか」

「効率的……」


 アンナが茫然と呟きます。


「攻撃は最大の防御といわれているでしょう? それに、防御の護符はミラベル様からいただいたブローチがありますもの」


 わたくしは胸のブローチにそっと触れました。視界の隅でイオアンが首を振るのが見えます。


「外見はか弱いお嬢さまなのになあ……」

「何かおっしゃいまして?」


 なんですか、その残念な子を見るような目は。


「いえいえ、逞しくて大変よろしいと思いますよ」


 にっこりと笑ったイオアンは、解体を続けましょうか、と話題を変えました。


「角土竜は角と皮、それから爪も素材として取り引きされます。肉は筋が多くて硬いので人気はありません」

「食べる方もいらっしゃるのですか?」

「食べるものがないときはなんでも食べますね」


 さらりと語るイオアンに、一瞬言葉が詰まります。わたくしは貴族の娘で飢えなどは知りませんが、庶民であれば充分な食べ物がないこともあるのでしょう。

 魔物の肉だって食べねば生きていけないぐらいに貧しい民もきっといるのです。


「逆に飛び兎なんかは人気がありますよ。普通の兎より肉に弾力があってシチューにすると旨い。飼おうとした奴もいたけど、失敗してましたねえ」


 魔物は基本的に性格が荒く、人に懐かないので、家畜には向かないと言われています。

 家畜として飼われているのは魔力を持たない動物たちで、その種類は前世とさほど変わりません。


「肉を食う場合はすぐに血抜きをしないと臭みが出るんで、首を切って足首から吊り下げて血抜きをしますが、今回は省略。まずお嬢さんがいちばん必要なのは魔石ですかね」


 イオアンは片手に角土竜の首を、片手に胴体を吊り下げてこちらに向けます。


「魔石のある場所は個体によって違いますが、基本的に大切な器官の近くにあることが多いんです。心臓がある魔物なら心臓の辺り、昆虫系なら頭部とかが一般的ですね。こいつのはどこにあるかわかりますか?」

「え、と……」


 角土竜は心臓がある魔物ですから、やはり胸の部分なのでしょうか。


「判別方法はいろいろありますが、魔力がある場合は魔力を流すのが手っ取り早いです」


 イオアンの言葉にわたくしは角土竜の骸に手をかざしました。魔力を流して骸を調べます。前世のCTスキャンのようなイメージでしょうか。

 すると胴体ではなく、イオアンが右手に持った頭の方に魔力の塊を感じました。


「……角の根元にあるようですわ」

「正解です。角土竜だと、そっちのパターンも多いですね」


 角土竜は目が見えないために、回転する角と角から発する魔力によって周囲の様子を把握します。

 確かにとても大切な器官ですわね。


「ラッキーでしたね、こいつの角はわりかし簡単に外れますよ。こう、骨の継ぎ目にナイフの刃を入れる感じで……」


 イオアンの教えに従って根元にナイフの刃を入れ、梃子の要領で力を入れて倒すと、ベリベリと音がして角が剥がれました。

 ぽかりと空いた穴から、緑の結晶が覗いています。魔物の血に塗れたそれは、なんだかとても妖しく禍々しいものに見えました。


 いいえ、これはわたくしの怯懦からくる錯覚。

 歯を食いしばって穴に指を突っ込んで取り出し、革手袋をはめた手のひらの上に転がしました。大丈夫、単なる魔力の塊です。


“魔滅”ではなく普通に倒した場合、魔物からとれる魔石は魔力を秘めた結晶でしかなくなります。例えばこれを砕いて飲んだとしても、魔力の総量が増えたり、肉体が強化されるような効果はありません。

 とはいっても魔力の詰まった石ですから、魔力の回復剤のような使い方はできますし、最近では魔術道具にも使われていて、需要の高い素材だとは聞いています。


「イオアン、どうぞ」

「……んじゃ、ありがたくいただきます」


 イオアンはわたくしの手のひらから魔石をつまみ上げると、妙に恭しい態度で押し戴きました。おおげさですわね。

 その後も皮のはぎ方や骨の外し方、素材を取った後の残り骸の始末などを教えていただき、第一回解体講義は終了いたしました。

読んでいただいてありがとうございました。

反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。

次回は土曜日夜に投稿いたします。


もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。

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