27.つ、つかれましたわ……
つ、つかれましたわ……。
わたくしは休憩場所に決めた森の空き地に倒れ込むように座りました。もちろん、四方に結界石を置くのは忘れていません。
ツリーフロッグの群れを倒してからも、イオアンは次から次へと魔物の巣へと案内してくださいまして、おかげさまで大変効率よく修行ができております。
そのこと自体はありがたいと思っております。ええ本当にありがたいのですが……もう少し、心構えする準備というものをですね……。
いえ、こんなことを言うのは甘えですわね。
「お疲れ様です」
アンナが背のリュックを開け、お茶の仕度をしようとするのを、わたくしは手振りで止めました。
修行とは本来一人で行うもの。休憩の時のお茶の仕度だって、一人でやらねばなりません。
アンナは少し躊躇っていたようですが、修行ではできるだけわたくしに全部やらせてほしいと予めお願いしているので、しぶしぶ頷いてくれました。
でも、ちょっと、ちょっとだけ待ってくださいませね。少し、休んだらやりますから……。
「いやー、まさか 飛び兎がいるとはねえ」
帽子を脱いで扇ぎながら、イオアンが笑いかけてきます。わたくしはその笑い顔を睨み付けました。
「あなた、わかってらしたのでは!?」
「五分五分ですね。なんかいそうだなーと当たりはつけてましたけど」
飛び兎はその名の通り空を飛ぶ兎です。といっても鳥のように自由に飛ぶわけではなく、大きな耳を使って滑空し、鋭い前歯で攻撃してくるのです。
跳躍力も非常に高く、人の頭上など軽々飛び越えますし、木の枝や幹を蹴って方向転換も自由自在で素早いので、戦い慣れてないと厄介な敵です。
「ヤバかったら手助けするつもりでしたけど、そんな心配はいりませんでしたね。正直、お嬢さんがこんなに強いとは思っていませんでしたよ」
「褒めたって誤魔化されませんわよ。あなた少し楽しんでませんでした?」
「いやだなー、そんなはずありませんよ」
あはははは、と白々しく笑いながら、イオアンは自分のカバンの中から水筒を取りだし、使い古した木のカップに注いで差し出しました。
「どうぞ。うちの商会で扱ってる茶なんですがね、疲労回復の効果が……っと、毒味が必要ですかね」
アンナが動いたのを見て、イオアンがカップをそちらに向けます。
「いえ、いただきますわ」
わたくしは手を伸ばしてカップを取ります。
「お嬢さま」
「お嬢さん、でしょう? アンナ」
咎める口調のアンナに、わたくしは首を振ります。
「イオアンはわたくしの案内人です。信用しないでどうしますか」
「へえ、信用していただけてるので」
「もちろんですわ。そもそもわたくしを害するつもりなら、魔物と戦ってるときを狙うでしょう」
「ま、そりゃそうですね」
わたくしはカップを両手で持って口を付けます。爽やかな香りとかすかな甘味が口の中に広がります。気がつくと、わたくしは喉を鳴らしてお茶を飲み干していました。
「……一気にいったなあ」
「……とても美味しかったですわ。ありがとう」
ちょっと、いえ、かなりはしたなかったですわね……。でも喉が渇いていたのです。
わたくしは頬が熱くなっているのを自覚しながら、魔術で水を出して軽くカップを洗い、イオアンに返しました。
森だと大気に水分が豊富に含まれているので、水を集めるのも楽ですね。
何か言って揶揄うかと思ったイオアンですが、彼は黙ったまま嬉しそうにカップを受け取っただけでした。
「あ、朝が早かったですし、お腹も空きましたわね。軽く何か食べましょうか」
お茶の効果があったのか、少し元気が出たわたくしは、リュックを開けてお茶道具を取り出しました。
といっても本格的なものではなく、小鍋と小分けにした茶葉と茶こしと銀のカップ、それだけです。一応カップは三人分持ってきていますが、イオアンを見ると先ほどの自分のカップを差し出してきたので、ひとつはリュックにしまいます。
「お嬢さんが淹れてくださるので?」
「ええ」
修行中の護衛と案内人の食糧は、わたくし持ちと決まっております。お茶だってわたくしが淹れますわ。
「嬉しいですね。狩り……じゃなくて、案内人の仕事中にあったかいお茶を飲めるとは思いませんでしたよ」
「せっかくなら美味しいものを食べたいですもの。これだけならたいして荷物になりませんし」
「んじゃ、火をおこしますかね」
「いいえ、必要ありません。――『水の精霊よ、〈分子〉を動かし沸騰状態にせよ』」
わたくしが呪文を唱えると、小鍋の水は瞬時に沸騰いたしました。これは先日火球の護符を作ったときに偶然発動した呪文です。
水の精霊が分子を理解するとは驚きでしたわ。でも、化学式が通じるのですから、当たり前なのでしょうか。
ただし魔力のコントロールが難しくて、ちょっと加減を間違えると、水を全部蒸発させてしまいますけどね。
「へえ!」
イオアンが感嘆の声をあげ、アンナも目を丸くしています。
「一瞬で水が湧くなんて、便利な魔術があるんですね」
「わたしが考えましたのよ」
前世の知識を使っていますが、術を作ったのはわたくしですから自慢してもよろしいですわよね。
「え、お嬢さんが? そりゃすごい」
「ありがとうございます」
……でもやっぱり、ちょっとズルっぽいでしょうか。
複雑な気分になりつつ、わたくしは小鍋に紅茶の葉を投下しました。そのまま蓋をして鍋を動かさず、待っている間にカップを温めます。
ぐるぐる動き回っていたお茶の葉が沈んだら飲み頃です。
わたくしは三人分のお茶を淹れると、リュックサックの中からいくつかの紙包みを取り出しました。
中にはパウンドケーキがカットされて入っているので、紙包みのまま、アンナとイオアンに渡します。
「いい香りですね」
まず紅茶に口を付けたイオアンが目を細めます。わたくしは猫舌なので、パウンドケーキからです。
「おいしい」
包んであった紙をお皿代わりにして、フォークでケーキを掬って食べます。
しっとりしたパウンドケーキに混ぜてある木の実がいいアクセントですね。香ばしいですし、食感が楽しいです。
「さすが、いい材料使ってますねえ。こんな美味いものを食べたのは生まれて初めてですよ」
紙包みをひらいて、そのままかぶりついたイオアンが大げさに褒めます。今度の褒め言葉は素直に受け取れますね。
「うちのシェフの得意なお菓子で、わたしも大好きですの」
「しかし、お茶の淹れ方も手慣れていましたね。貴族のお嬢さんなんて、人にやってもらうもんでしょうに」
「あら、お客さまへのおもてなしの一環として、自分で淹れる場合もありますのよ。中には先生について習う方だっていらっしゃいますわ」
わたくしも王立学院の生徒会室でときどき淹れたりもいたしますし。
「それはもっとこう……道具とかいろいろあって、優雅なもんなんじゃないですかね。小鍋に茶葉ぶち込むなんて淹れ方、ご存じとは思いませんでしたよ。しかもちゃんと美味いときた」
……まあ、そうですわね。その辺の手際は、前世の記憶のおかげでしょう。
「手順さえわかっていれば、何とかなりますわ」
わたくしはお茶を飲む振りをしてとぼけました。
「そういうもんですかね」
イオアンは首を傾げていましたが、すぐに気を取り直してパクパクとパウンドケーキを平らげました。
「ところで、ちょっとそのカバンを見せていただいても? 中は見ませんから」
「ええ、どうぞ。ボタンを開け閉めしてみてもよろしくてよ」
イオアンがさっきからリュックサックを気にしているのは知っていたので、わたくしは彼の前にカバンを置きました。
「これがスナップボタン……。なるほど、ここが撥条になっているのか。パーツは全部で三つ、いや四つか」
イオアンが夢中になってスナップボタンを観察しているのを見ながら、わたくしはのんびりとパウンドケーキを食べます。
三切れあったケーキが全部なくなった頃、充分調べて満足したのか、イオアンが顔を上げました。
「これはいい! 素晴らしく画期的なボタンじゃないですか、お嬢さん。これだったら表面上の凹凸を少なくできるので、デザインの幅が広がる。カバンだけじゃなく、革小物や洋服にだって使えるでしょう」
「ええ、フロル――うちの工場長もそう言って、用途を考えると言っていましたわ」
「ああ、なるほど。すでに商品化に動いてるんですね。そりゃ当然か。うちの商品にも使わせてもらいたいぐらいだ」
「よろしくてよ」
「――え」
イオアンはとても意外そうな顔をしました。
「いいんですか?」
「ええ、もちろん」
イオアンの焦げ茶色の瞳が大きく見開かれています。そういう顔をすると、ちょっと子供っぽいですわね。
「こんな画期的なボタンだ。しばらくは自分のところで独占して、利益を上げようと思わないんですか?」
だって、スナップボタンは前世のどなたかの発明で、わたくしの考えではありませんもの。独占なんかして不当に儲けたら罰が当たりそうです。
「それより、スナップボタンが広まった方が嬉しいですわ」
本当はわたくしの作った魔術だって使いたい人がいるならどんどん使っていただきたいのです。ただ、どうもあれらは前世の知識がないと作動しないようですので……。
「あんたって……。いや、育ちのいい人間ってのは欲がないですねえ」
憎まれ口をききながら、イオアンは眩しいものを見るような目でわたくしを見ています。
アンナさんは護衛なのであまり喋らず常に周囲を警戒しています。
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次回は土曜日夜に投稿いたします。
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