26.やりました!“魔滅”成功です!!
南の森の入り口にある管理事務所に予定表を出し、緊急用の信号弾を受け取って、わたくしたちは中へと踏み入りました。
国に管理されているものの修行の場ですので、それほど手入れはされていないようです。全体的に鬱蒼としていて、倒木なども放置されています。
それでも人が良く通るところは自然と道になっていて、イオアンが先に立って、その道を進んでいきます。
森に入ったからといって、すぐ魔物に遭遇できるわけではありません。魔物もすべてが攻撃的なのではなく臆病なものもいるし、昼には出てこないものもいます。縄張りなどもあるようですしね。
わたくしたちはイオアンの案内で、最低ランクの魔物が多く出没するという場所へと向かいます。
「ところでお嬢さん、気になってたんですが」
わたくしの身分がバレないよう、イオアンの口調は少し砕けています。といっても、いわゆるタメ口ではなく、下位貴族に対する程度の丁寧さです。
護衛付きなので貴族であることはわかるとしても、高位貴族であることは隠そうとする作戦です。アンナにも同じ振る舞いをお願いしています。
「お嬢さんたちが背負ってるカバン、見たことない形ですが、どこで手に入れたので?」
「あら、これのこと?」
わたくしは見て見て!と言わんばかりに体を捻り、イオアンに背のリュックサックを向けました。
ふふふ、自慢したかったのです!
「これはリュックサックといって、わたしが作りましたの!」
フルオーダーのカバンなんて、公爵家の娘として生まれた今世でも初めてでしたので、ドキドキいたしました。
世界で一つだけのわたくしのカバンです。
といっても完成品に近い試作品がありましたので、それをアンナに使ってもらっています。
「ええっ、お嬢さんが?」
イオアンが酷く驚いていて、そんなに意外だったかしらとわたくしは首を傾げました。
でも、その疑問はイオアンの呟きで解消されます。
「柔らかな仔牛でも、革を縫うのは男でも大変なのに……」
「あ、ごめんなさい。作ったのはうちのお抱えの工房で、わたしはこんな風なカバンが欲しいと注文しただけです」
「……あ、そうか。そうですよね。貴女、貴族のお嬢さんでしたね」
イオアンは大きく見開いた瞳を眇めて、苦笑いを浮かべます。「お抱え工房……やっぱすげーな」とかブツブツ言ってるのが聞こえます。
でも、すぐに立ち直って商人の目になって尋ねてきます。
「外側にポケットがいっぱいついて、パンパンに膨らんでますが重くないんですか」
「うすーくなめした革なのでとても軽いんですのよ。蝋を塗っていますから、防水性も問題ありません。布で作ったらもっと軽かったとは思いますが、強度と防水が心配でしたから」
「なるほどねえ……」
「肩掛けには綿を入れて、重いものを持っても食い込まないようにお願いしましたの。底には芯を入れてありますし、パイピングも入れていて型崩れもしませんわ」
肩掛けの角度が絶妙に工夫されていて、とても動きやすいのも気に入っています。
ポケットは前面にひとつ、サイドにふたつ作っていただきました。サイドのは網状にして、前面はフラップで蓋をしています。
カバンの内側にもポケットを三つつけていて、収納力抜群に仕上げていただきましたの!
入り口は紐で絞り、ポケット同様フラップの蓋をつけるようになっています。
どうやらイオアンは、そのフラップの蓋が気になっているようです。
「その……留め具はなんです? 普通のボタンじゃないみたいですが」
「これはスナップボタンですわね。撥条式になっていて、上から押すだけでパチンと止めることができるのです」
わたくしはカバンをずらして、ポケットの蓋を開け閉めして見せました。
「スナップボタン……なんですか、それは」
「ボタンホールを使わないボタンですの。上の部分を下に押しつければ撥条の力でパチンと留められます。ボタン穴に通すよりずっと簡単にボタンを留められるし、力もいりません」
スナップボタンは縫うタイプではなく、金属カバーを打ち付ける撥条式のものを使っています。前世の知識を引っ張り出して作ってもらったのですが、曖昧な説明しかできなかったのに、とてもよく再現されています。
ダウム工房(お抱え工房の名前です)の工房長フロルと職人長レフには頭が上がりませんわ!
「ある程度の力がかかると外れてしまうのが難点ですが、袋の口自体は紐で縛ってありますし、ポケットには大切な物は入れませんから充分かと思いますわ」
イオアンの視線の圧がすごいです。できればリュックを手に取ってじっくり見て見たいと思っているのが伝わってきます。
とはいえ、ここは修行の森。いつ何時魔物が襲ってくるかはわかりません。
イオアンもそれをわかっているのでしょう、大きく息を吐いて視線を和らげました。
「後で、休憩の時にでも見せていただいても?」
「ええ、もちろん大丈夫ですわ!」
休憩に見せることを約束した、ちょうどその時です。
わたくしは右手の木から魔物の気配を感じました。
「……っ」
とっさに避けると、胸の辺りを何かが通り過ぎていきました。それは放物線を描いて落ち、地面を濡らします。
見あげると生い茂る樹木の葉の間に、毒々しい紫と黄色の斑点を持つカエルが目に入りました。カエルと言っても、人の顔ぐらいはある大きさです。
「ツリーフロッグですね」
どこかのんびりとイオアンが告げます。
ツリーフロッグは毒を持つカエルの魔物です。樹木を好んで住み処とし、毒で獲物を痺れさせて捕食するのです。
ただ、基本的に人間を食べることはないはずですが……。繁殖の季節ですから、気が立っているのかもしれません。
アンナが前に出ようとするのを制して、わたくしは構えました。
魔物を睨み付け、魔力をぶつけて怯ませます。
「力場展開!」
魔物をわたくしの魔力で押し包むようにして、力場を形成します。
ここで大切なのは気迫です。人間よりずっと魔力が多い生き物である魔物を力場で包むには、魔力とは別に気で圧力をかけねばなりません。
圧し負ければ力場は破られ、逃げられてしまうでしょう。
練達した剣士や魔術士は気迫だけで力場作れるそうですが、まだまだ道のりは遠そうです。
たかがカエル一匹ですら、力場に閉じ込めるのにこれほど汗をかくのですから。
睨み合っていた時間はどれぐらいだったのでしょう。長く感じましたが、ほんの一瞬だったかもしれません。
逃げることを諦めたツリーフロッグからの抵抗が緩み、何かがカチリとはまる感覚がして、力場が完成しました。
それと同時にツリーフロッグがこちらに向かって大きく跳躍してきます。閉じた口からぴゅっと毒液が吐き出されます。
人を殺すほどの効力はないにしても、目に入れば失明の危険性もあります。
『エアカーテン!』
わたくしは風の精霊に命じて、目の前に空気の膜を作りました。早い気流を作って塵や埃を遮る前世の技術です。
本来物理攻撃には向かない盾ですが、毒液を逸らせるぐらいなら充分に役に立ちます。
飛びかかってきたカエルも気流に圧されてバランスを崩し、わたくしよりもずっと前の地面にどさりと落ちます。
そこをすかさず空気の刃で首をはねました。
緑の血を流して倒れた魔物の姿がゆらめいて、空気に溶けるように消えていきます。
後には緑色の結晶が残りました。
やりました!“魔滅”成功です!!
魔物の消滅に少し遅れて力場が解消され、それとともに結晶は砕けて光の粒となり、わたくしの中へ入り込んできます。
「お嬢さま、おめでとうございます」
わたくしの斜め後ろで剣を構えていたアンナが、構えを解いてわたくしを祝福してくれました。
「ありがとう、アンナ」
わたくしは体をあちこち動かしてみます。……力がみなぎるとか、魔力が増えたとかは特に感じられませんね。カエル一匹では顕著な変化はないということでしょうか。
「……ところで、ツリーフロッグというのは群れを作る生き物でして」
イオアンののほほんとした声と同時に、わたくしの全身が総毛立ちました。魔物の気配です!
ツリーフロッグのいた樹を振り返ると、幹や枝にみっしりとカエルが取り付いています!
ひぃいいい、気持ち悪くて泣きそうです。
「仲間を一匹でも殺されると集団で襲いかかってきますので、要注意です」
「そういうことはもっと早く言ってください!」
わたくしは涙目になりながらもフリーフロッグの集団を睨み付け、魔力と気迫をぶつけました。
いいですわ、まとめて倒して差し上げます。
「頑張ってくださいね」
後ろから力の抜けた激励が届きます。
イオアン、あなた人の好さそうな顔して、意外にスパルタですわね!?
後で覚えてらっしゃい!
読んでいただいてありがとうございました。
反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。
次回は水曜日昼に投稿いたします。
もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。




