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24.俺を雇いませんか?

「自分の決意を認めさせるために、髪切るとか……。せっかく、あんなに綺麗な髪だったのに」

「惜しくはありませんわ。どうせ修行に出たら邪魔になりますし」

「潔いねえ。……勇者とか、本気でなれると思ってるんですか?」

「最終的には神の御心次第ですが、なれるだけの力を付けたいと思っております」


 そうすれば、例え勇者でなくとも魔族襲来の時に戦うことができますし。


「こ……うい貴族のご令嬢だったら、勇者なんかならなくてもいいでしょう。毎日綺麗なドレス着て美味しいもの食べて、楽しく暮らしていけるんじゃないですか?」

「そんなもの、楽しくもなんともありませんわ」

「――へえ?」


 イオアンが口の端を上げて歪な笑いを作ります。


「そのドレスや食べ物が欲しくて欲しくて仕方がないのに、一生かかったって手に入らない奴らがこの世にはごまんといるんですがね」

「だからこそ、わたしには責務があるのでしょう?」


 わたくしは背筋を伸ばしてイオアンを見つめました。


「普通よりも恵まれた贅沢な暮らしをしているからこそ、いざという時の責任は重くなる。そうではありませんか?」

「……ご立派なこって」

「わたしは綺麗なドレスも美食も大好きです。ですが、勇者になれるかもしれないのに何の努力もしないままでは、それらを心置きなく楽しめないと思うのです」

「その努力は本当に必要なものですかね。百年勇者がいなくてもなんとかなったんだ。これからも大丈夫かも知れませんよ?」

「そうかもしれませんが、そうでないかもしれません。備えておいて悪いことはないでしょう。わたしは、本当に脅威が訪れたときに後悔したくはないのです」


 あのゲームがこの世界の予知であるならば。

 三年後には必ず脅威が訪れるのです。


「――それに」


 わたくしは表情を緩めて笑みを浮かべました。そして、声をひそめて話します。内緒事を打ち明けるように。


「実を言いますと、わたし、着飾ることも美食も好きですが、同じぐらい魔術の鍛錬や研究をすることも楽しいのです。今は、自分がどこまでいけるのか試してみたいのですわ」


 ミラベル様と違って、どうもわたくしは性格的にも荒事に向いているようです。

 子供の頃、領地で魔物狩りについて行ったりもしましたけど、楽しかった記憶しかございません。


「……変わったご令嬢だ」

「そうかもしれませんわね」


 軽く笑い声を立てて、わたくしはイオアンの言い分を認めました。確かにわたくしは、一般的な令嬢とは大分違っているのでしょう。


「まあ、さっきの魔術はお見事でしたがね。詠唱が短いのに強力で」

「そうでしょう? わたしが改良したのですよ」


 わたくしは自慢げに胸を張りました。

 音は空気を振動させ、空中に波を発生することで生まれます。ですので、わたくしはもともとある沈黙の魔術に音の波を止める命令を付け加え、『吹き渡る風よ、軽やかなる風の精霊よ』『しばし、その伝えの性を留めよ』といった意味のない装飾や回りくどい言い回しを削ったのです。


 効果のある神代語を見つけるまでは大変でしたわ。音の波を止めるつもりだったのに、空気の流れ全部を止めてしまって、あやうく窒息しかかったり。


「……あなたの覚悟はわかりました。実力もそれなりにあるようだ。侮って失礼なことを言ったこと、お詫びします」


 イオアンは居住まいを正して頭を下げます。わたくしは寛大ですので、よろしいですわ、と許して差し上げました。

 そのわたくしの顔を見て、イオアンが呟きます。


「だが、どうにも世間知らずっぽいし頭でっかちで危なっかしいんだよなあ……」


 失礼な。


「お嬢様、案内人(ガイド)を探してるって言ってましたよね。俺を雇いませんか?」


 意外な申し出に、わたくしは目を瞬きました。


「資格をお持ちなのですか」

「一応」


 イオアンは懐からギルドカードを出して、わたくしの前に滑らせます。

 そこには彼がギルドからCランクに認定されていることが記されていました。それは案内人の資格を与えられるランクです。

 イオアンはお若いのにかなり優秀な狩人でもあるようです。


 そういえば、ゲームでもイオアンと武者修行に出ることができましたね。

 単なる商人ではなく、案内人としての技能もあるから可能だったのでしょう。


「できれば女性の方が良かったのですけど……」

「女の案内人なんていませんよ」


 ですよねー。

 武官と同じく、狩人も男性の多い仕事です。さらにその中で案内人もできるほどのベテランとなると、女性はほぼいなくなります。


 過去にはいたこともあったそうですが、現在のギルドにはいないだろうという話は、教務主任からも聞いていたのですけど、ダメ元で当たってみようと思っていたのです。


「俺ならあなたの身分も知ってるから都合がいいでしょう。腕の方はギルドに聞いてもらえばいい」

「ご商売はよろしいのですか?」


 あー、とイオアンは視線をさまよわせました。


「商会とか見栄張ったが、家族でやってるようなまだまだ小さい店なんでね。その代わり自由は利きます。ちょうど仕入れのために狩りに行く必要があったし、渡りに船ってヤツですよ」


 なるほど。

 わたくしは頬に手を当てて少し考えました。


 確かに、身分のことを誤魔化さなくていいというのは助かります。

 護衛を連れていくので貴族であることは自然とわかってしまうと思いますが、一緒に行動するときに公爵家の娘とわからないよう振る舞うのは、神経を使うことでしょう。

 それがなくなるだけで気は楽ですし、武者修行に集中できるようになります。


 お人柄も信頼できそうな気がいたします。

 出会った時に、治安の悪い場所に足を踏み入れかけていたわたくしに声を掛けてくださいましたもの。きっと世話好きな方なのでしょう。

 髪の値段についても、交渉の仕方を実地で教えてくれようとしていましたよね。


 案内人が男性であることは問題ありません。

 婚約もしてない貴族の男女が同伴旅行(今回は修行ですが)などすれば大問題になるのに、使用人であればどんなに一緒にいようと騒がれないのです。

 面白いですわよね。


 まあ、それだけ使用人の地位が低いということなのですが……。

 平民出身の使用人など、ちょっと前までは人間扱いすらされていなかったのです。

 今回も、案内人は使用人のくくりになりますから、大伯母様ですら文句を付けてはこないでしょう。


 それに二人きりではなく、護衛もおりますしね。

 護衛も使用人扱いなので男性でも問題はないのですが、女性が付いてきてくれることになっております。


「わかりました。ギルドの方に紹介状を見せてみて、イオアンさんを指名できるかどうか聞いてみます。それで可能なようでしたら、お願いいたします」


 わたくしはテーブルの紹介状を取ると、カウンターに向かい、さきほどのスタッフの方に声を掛けました。


「ダニエル先生のご紹介ですか。あんたみたいなお嬢さんが武者修行とはねえ!」

「イオアンさんが案内人に立候補してくださっているのですが」

「ああ、イオアンなら間違いないですよ。年は若いが腕は確かだ」

「これで話は決まったな」


 わたくしは後ろにいたイオアンに振り返ると、頭を下げました。


「改めて、よろしくお願いいたしますね」


 その後はギルドスタッフに仲介してもらう形で、案内料や雇用条件、スケジュールなどを詰めて契約書を作成いたしました。


 わたくしは未成年でございますので、お父様のサインをいただくためにいったん書類を預かり、明日またギルドに伺うことにいたします。


「前金も明日でよろしいですか?」

「ああ」


 イオアンと明日の約束をして、わたくしはギルドを後にしました。

 やりました。案内人ゲットです!


 帰りの馬車の中で、わたくしは嬉しくて頬が緩むのを止められませんでした。

 相当気持ちの悪い顔になっているのか、スサンナが呆れた目で見てきますけれど、ここには二人しかいないのだからいいではないですか。


 案内人を探すのは少し時間がかかるかも知れないと思っていたので、初日で見つかるとは僥倖です。


 女性が難しいことはわかっておりましたが、男性でもわたくしを小娘と馬鹿にしない案内人を頼みたかったのですよね。

 いろいろと教えていただくことになりますから、こちらに対して偏見があるようですとスムーズな修行ができないと思ったのです。


 最初、イオアンにわたくしの武者修行をお遊びと決めつけられたのは腹立たしかったですが、誤解とわかれば謝ってくださいましたし、内心がどうであれ、お仕事だと割り切ってビジネスライクに接してくださるなら、それでいいのです。


 これで今週の安息日には武者修行に出られそうです! やったー!

 できれば平日も行きたいですわね。放課後だけでは時間が足りないかしら。初心者が行く南の森は近いから、午後に授業がない日なら出かけられそうです。


 卒業式が終われば学院は自由登校になりますし、少ししたら春の休みに入ります。

 そうしたら、泊まりがけの武者修行にも挑戦いたしましょう。その頃には、わたくしもかなり強くなっているはずです。


 楽しみですわ!

読んでいただいてありがとうございました。

反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。


今回で武者修行準備編は終了、次回から武者修行初心者編に入ります。

前回ちらっと書きましたが、大変申し訳ないのですが、一ヶ月ほどお休みをいただく予定です。

次回は3月1日水曜日昼に更新いたします。


遅筆で本当に申し訳ないのですが、忘れないでいただけたら嬉しいです。

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