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23.よくも騙してくださいましたね。

 放課後、わたくしは教務主任にいただいた紹介状を手に、狩猟ギルドへと向かいました。


 朝のうちに頼んでおいたので、学院に迎えに来た我が家の馬車には家紋は入っておりません。

 それでも、見る人が見ればわかってしまうかも知れないので、ギルドから少し離れたところに馬車を止め、スサンナには馬車の中で待ってもらって、わたくしはひとりでギルドの扉を潜りました。

 その途端。


「あっ、あんた!」


 わたくしの顔を見るなり大声で叫んだのは、髪を切ったときにお世話になったイオアンでした。


「まあ、お久しぶりですね。その説はお世話になりました」


 恩人とも呼べる方との再会です。わたくしはそれなりに嬉しかったのですが、イオアンにとってはどうもそうではなかったようです。


「ああ、お世話したよ! おかげでとんでもない目に遭いましたけどね。まったく可哀想な没落貴族の令嬢かと思えば、公爵家の」


『風の精霊よ、音の波を停止し、静寂の帳を降ろせ』


 せっかくお忍びで来たとというのに、イオアンがわたくしの身分を口にしようとしましたので、急いで音声遮断の呪文を唱えました。

 でも、慌てすぎて範囲指定を忘れてしまい、ギルド全体にかかってしまったようです。


 先ほどまでの喧噪が嘘のように、周囲から音という音が消え失せました。

 わたくしはイオアンに黙ってと身振りで伝え、彼が嫌そうな顔で頷くのを見てから、呪文を解除しました。


「……なんだあ、今の?」

「沈黙の呪文か? ずいぶんと強力な……」


 音の戻ってきたギルドで、ハンターたちが怪訝そうに周囲を見回します。

 木でできたカウンターの向こうから、ギルドの受付スタッフらしき人が飛んできました。


「お客さ~ん、困りますよ。ギルド内で関係ない人を巻き込むような魔術使っちゃ」

「申し訳ありません」


 ギルドスタッフに注意され、わたくしは深々と頭を下げました。入り口近くでバタバタとしていたら、まあ、バレますわよね。


「イオアン、なんかトラブルかい?」

「……いんや、大丈夫だ。ちと頭に血が上ったが落ち着いた」


 スタッフに声を掛けられたイオアンは、心配ないと首を振りました。どうやら顔見知りのようです。


「今回もお忍びでいらしたのですか?」


 スタッフの方がこちらを気にしつつカウンターに戻ったところで、イオアンが口調を改めてわたくしに話しかけました。


「ええ。ですから、普通の口調で話していただいて大丈夫ですよ」

「へっ……いえいえ、そういうわけには参りません。後から無礼打ちにされたりしちゃたまりませんからね」

「そんなことしませんわ」

「お嬢様がそのつもりはなくとも、周りの方々がそうは思われないってことですよ」


 イオアンがちらりと周囲に目を走らせます。

 わたくしにはわかりませんが、きっとギルド内に護衛が忍んでいるのでしょう。放課後にこちらに来ることは、朝のうちに家の者に伝えてありますから。


「他の者たちにも無体はさせません。あまり身分を知られたくないのです。普通に話してくださいな」

「こっちは無体させられたから言ってんですけどね」

「どういうことですの?」

「……ほんと、なんっもしらねー顔して」


 イオアンは忌々しげな視線をわたくしに向けます。それから、


「ちょっと場所借りるぜ」


 カウンターにいるスタッフにそう断って、わたくしをギルドの隅の方へと連れていきました。

 そこには、いくつかの机と椅子が並んでいます。いかにも打ち合わせのための場所といった趣で、すでに何組みか座っている方もいらっしゃいます。

 空いている椅子に無造作に座ったイオアンは、目線でわたくしに座れと示してきました。


「狩猟ギルドにいらっしゃると思いませんでしたわ」

「あ?」

「商人とおっしゃっていたので。もしも会うなら商業ギルドの方かなと」

「俺はハンターの資格も持ってましてね。素材を集めるために狩りに行くときもありますんで。……それより」


 投げやりな口調で言ってから、イオアンはわたくしを睨み付けました。


「よくも騙してくださいましたね。あんたと別れた後、護衛に取り囲まれて寿命が縮みましたよ」


 あの時、わたくしを見失った護衛は、髪を切った後に理容室の前にいるのを見つけ、事情を知るためにイオアンを拘束したのだそうです。

 彼は何が何だかわからないうちに公爵家に運ばれ、ヴィタリー兄様の尋問を受けることになったのです。


「まったくあんたの兄さん、おっかねえの何の。せっかく買った髪も取りあげられちまうし。いや、買った以上の金は払ってくれましたけどね。わけもわからずお貴族様に怒られる恐怖ってのは、お嬢様にはわかんないでしょうねえ」

「……ごめんなさい」


 積極的に嘘をついたわけではありませんが、勘違いを正そうとしなかったのは事実です。わたくしは素直に謝っておきました。


「ま、口止め料も貰ったし、公……高位貴族に伝手ができたんで、その点は有り難かったですがね」


 殊勝な様子のわたくしを見て、イオアンは大きく息を吐きました。


「それで?」

「え?」

「ギルドへは何しにいらしたんで?」

「武者修行に出るので、案内人(ガイド)を依頼しに参り……きたのです」


 わたくしは手に持っていた紹介状を机に上に置きました。

 ぽかんとイオアンの口が開きます。


「武者修行? 誰が?」

「わたしが」


 一応お忍びですので、わたくしは口調を崩します。

 イオアンはまじまじとわたくしを見つめ、それから、吐き捨てるように言いました。


「あんたバカですか。まだ懲りてないので?」

「懲りるってなんですの?」

「あんたみたいな小娘が武者修行なんて無理に決まってるでしょう。よく考えなさいよ」

「無理ではございません。許可もきちんと得ております」

「身分があるだろうよ」

「そんなもの関係ございません」

「ちょっと平民気分を味わってみたいとか狩りに行ってみたいとか、そんな貴族のお嬢さんのお遊びに付き合わされる方の身にもなってみろつってんだよ」

「わたくしは本気です!」


 ついカッとなって、いつもの口調に戻ってしまいました。だって、またもや反対されてしまって、もうウンザリなのです。


「何故無関係のあなたに口出しされなければならないのですか」

「確かに無関係ですけどね、俺もあんたのお遊びで迷惑かけられたもんで身につまされまして」

「そのことは申し訳なく思っておりますが、それとこれとは話が別でしょう。それに、髪を切ったときもわたしは真剣でした。愚かな考えだったかも知れませんが、それでも武者修行を認めていただくために、必死だったのです」

「武者修行を認めてもらう?」


 イオアンが訝しげな表情になります。

 どうやらお兄様は、わたくしたちの賭の顛末などはお話にならなかったようです。当然と言えば当然ですが。


 わたくしは髪を切ったときの事情をかいつまんで話しました。お金を得るためであったことは言えませんから、主目的は武者修行のためということにしましたが、大枠では間違ってないので構いませんわよね。


「……あんた、バカですねえ」


 わたくしの話を聞いたイオアンはしみじみとそう呟きました。さっきとは違って、何だか温かみを感じる“バカ”です。

読んでいただいてありがとうございました。

反応いただくのも大変励みになります。感謝いたします。

次回は土曜日夜に投稿いたします。

※次で武者修行準備編が終わるので、次回更新後少しお休みをいただく予定です。

のんびり更新で申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします。

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