21.正直に申し上げると、ちょっと気持ち悪いです。
魔術Ⅲを魔術のマスタークラスに変更しました。
各コースは初級・中級・上級・マスターにクラスが分かれていて、上級で単位取得できるので、ほとんどの生徒はそこで勉強を終えます。
マスタークラスはより深く極めたい人向けマニアクラスです。
昼休みに入り、わたくしは武者修行の申請書を持って教務室を訪れました。
本当は朝提出しようと少し早めに来ていたのに、ヨゼフィーネ様に捕まって遅くなってしまったのです。
でも、おかげで始業前にミラベル様やエアハルト様たちに、武者修行のお許しが出たことをご報告できたのは怪我の功名というものでしょうか。
クリストフ様を含め、皆様にはご心配をおかけいたしましたから、やはり真っ先にわたくしの口からお話をしたかったのです。
お三方とも驚きつつも、クリストフ様のように武者修行のことを認めてくださいました。
特にミラベル様はわたくしの髪についても大変褒めていただいて、わたくしが赤面してしまうほどでした。
商家の娘であるミラベル様は、国内だけでなく外国のファッションなどにもお詳しくて、最近は世界的にもショートヘアが増えているというお話には、大変励まされましたわ。
「なんと、オルテンブルク君が武者修行に出るという話は本当だったか」
教務主任に書類を提出すると、彼は鼻眼鏡の上の目を眇めるようにしてわたくしを観察いたしました。
学院の生徒が武者修行に出るときは、日程や修行場所、予定ルートなどを学院に申請する決まりです。
事故や事件の発生時の対応のためであると同時に、武者修行も生徒の勉学の一環として考えられているからです。
武者修行中は学院に来なくても休みとしてカウントされることはありません。ただし、それで試験で悪い点をとったしても、武者修行に出ていたことを考慮されるようなことはなく、合格点に到達していない場合は落第になります。
わたくしも最初は日帰りの予定を組んでおりますが、慣れたらすぐにでも泊まりがけの修行をしたいと考えております。
なにしろわたくしには時間がないのです。
わたくしは、これまで淑女としての教育しか受けてきておりません。将来どのような立場にも立てるよう、一般的な令嬢と比べてると高水準の教育ではありますが、武芸に関しては護身術程度のものしか身につけていませんでした。それ以外は、ここ二ヶ月で身につけたものがすべて。圧倒的に何もかもが足りません。
あと一ヶ月と少しで二年生も終わります。学院にいる間にせめて皆伝はとっておかねば、三年後までに勇者になるには間に合わないでしょう。多少無理してでも詰め込まなければ。
ただ、武者修行をして勉強が疎かになるのは不本意です。生徒会の仕事にも影響させたくはありませんし、うまくスケジュールを組まなければなりませんね。
「魔術で奥伝を取ったことはマルティン先生から聞いてはいたが……まさか、公爵令嬢が武者修行に出るとはなあ。我が学院始まって以来じゃないかね? 時代は変わるものだねえ」
そう感慨深そうに呟きながら、教務主任はわたくしの申請書はしっかりチェックして、承認のサインをしてくださいました。
「案内人はもう頼んだのかね?」
「いいえ、これからです」
「そうか……。では、ギルドに紹介状を書いてあげよう」
主任は筆記用具を手に取ると、さらさらと狩猟ギルド宛に手紙をしたためてくださいました。
「ギルドに依頼すればめったなことは起こるまいと思うが、中にはタチの悪い案内人もいる。老婆心ながら、身分は隠しておいた方がいいと思う」
「はい、そのつもりです」
我が国の治安は悪くはありませんが、武者修行をするのは魔物の出るような人気の少ない場所です。身代金目当ての誘拐の可能性なども考えなくてはなりません。
そうでなくとも、女性の修行者は珍しく、絡まれやすい存在だと聞きます。しかも公爵家の娘となったら、悪目立ちすることは確実でしょう。
不心得者にとっては、わたくしが格好の獲物――前世で言うところの鴨が葱を背負った状態に見えるかも知れません。
無論、わたくしとしては、そう簡単にならず者の思う通りになる気はありませんが、わざわざトラブルの種を増やすことはありません。
わたくしの目的は勇者になること。悪人の退治ではないのです。
クリストフ様にもヴィタリー兄様にもさんざん言われておりますし、無用の危険は避けようと思っております。
主任の紹介状をありがたくいただいて、わたくしは教務室を出ました。
午後からは魔術のマスタークラスの授業を二つ連続で取っております。実技がありますので、実習服に着替えなくてはなりません。
わたくしは足早に更衣室へと向かいました。
王立学院では一時間半の授業が午前に二回、午後に二回ございます。一年時はクラスごとに基礎知識を学び、二年・三年は志望するコースに別れて授業をいたします。
また、コースをとってなくとも、興味のある授業に参加することもできます。
わたくしは経国コースと家政コースを選択しておりましたが、家政コースはすでにすべての単位を取り終えておりましたので、空いている時間に魔術の授業を入れております。
放課後も生徒会の活動がある時以外は魔術の特別授業をお願いしておりますし、三年生になりましたら魔術コースも選択するつもりです。
魔術の先生方は授業の他に個人の研究もされていますので、特別授業で余計な時間を割かれることに迷惑な顔をされることもありましたが、今ではかなり協力していただいております。
お仕事に対する情熱には、まったく頭が下がる思いです。
……まあ、その、一部には少し情熱がありすぎる方もいらっしゃるのですが。
「おお、アレクサンドラ・オルテンブルク嬢!」
魔術の実習室近くに来たところで、ねっとりした声に呼びかけられ、わたくしは身構えました。
噂をすればなんとやら。ご本人の登場です。
長い黒髪に黒衣のローブ。いかにも魔術士といった格好ですが、まだ魔術士見習いのレグノルト・クンツェです。
いかにも……といっても、実は魔術士に制服があるわけではないので、単なる物語や演劇などのイメージですが。
月読の塔に入りたかったらしいのですけど、試験に落ちて、魔術士コースの教師の助手になったという人物です。
「どうですか、あなたの魔力が急激に増えた秘密を白状する気になりましたか」
「またそのお話ですか」
わたくしは頬に手を当てて、困惑の表情を作ります。
この世界には魔力量を数値化するような便利な能力や道具はありませんが、ある程度魔術を嗜んでいれば――聞くところによると実力のある騎士なども――魔力量を感じることはできます。
彼は二ヶ月前、わたくしの魔力量が急に増えたことを訝しんで、こうしてしつこく理由を尋ねてくるのです。
「秘密などありませんと、何度もお話しております。成長期には魔力が爆発的に増えることがあると、マルティン先生もおっしゃっていたではありませんか」
わたくしの魔力が増えたのは、おそらく前世を思いだしたせいでしょうが、この方にそれを教える気にはなれません。
「嘘をつくのはおやめなさい。成長期で片付けるにはあまりにも不自然だ。何か特別な薬でも使ったか、禁術でも見つけたか。……いや、教えなくてもいい。私にあなたの体を調べさせなさい。そうすれば成長によるものか、人為的なものかすぐわかる」
「お断りいたします」
わたくしは黒ローブから伸びてきた骨ばかりの手を、さっと後ろに下がって避けました。
一応師に当たる方に無礼なのでしませんが、本当ならはたき落としたいような気分です。
魔術使いにとって魔力量は己の実力に直結する重要な要素ですから、簡単に増やすことができるのなら知りたいと思うのは当然でしょう。
けれど、こう何度も何度も尋ねられると嫌になります。一時期は授業の邪魔になるので、先生からわたくしに近づくことを禁止されていたほどなのです。
粘着質と言いますか何と言いますか……正直に申し上げると、ちょっと気持ち悪いです。
「何をしているのじゃ、レグノルト・クンツェ!」
細い手がさらにわたくしに伸ばされたところで叱責の声が聞こえて、わたくしは安堵の息を吐きました。
本日の授業の担当者であり、魔術教師のおひとりであるマルティン・キルヒナー先生がいらしたのです。
先々代の魔術士団長を務め、退職後は月読みの塔の誘いを蹴って王立学院の教師となられた方で、白いひげをたくわた好々爺といった雰囲気ですが、怒ると大変怖いのです。
「い、いえ、私は別に……」」
レグノルト助手は口の中でもごもごと言い訳をしつつ、実習室の中に逃げ込んでいきました。
読んでいただいてありがとうございました。
次回は土曜日夜に投稿いたします。
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