20.凜としたお前の雰囲気に合っている
「玄関先で何を騒いでいる。他の生徒たちが入れなくて困っているだろう」
「失礼いたしました」
わたくしは頭を下げて、邪魔にならない道の端に身を寄せました。わたくしたちの後ろにたむろっていた生徒たちが、こちらをチラチラ気にしながら玄関へ吸いこまれていきます。
一緒に移動するかと思われたクリストフ様ですが、わたくしの前に立って微笑みます。
「アレクサンドラ、登校できるようになったのだな。具合はもういいのか?」
「……はっ、ええ、はい。もう大丈夫ですわ。ご心配ありがたく存じます」
そういえば、わたくしは体調不良という名目で一週間お休みをいただいたのでした。
「卒業式前の忙しい時期に、生徒会の方もご迷惑をおかけいたしました」
「いや、お前がまとめておいてくれた資料があったからな、問題はなかった」
「恐れ入ります」
「クリストフ様! クリストフ様はアレクサンドラ様の髪型をどうお思いになりますか?」
わたくしたちから無視された格好になっていたヨゼフィーネ様が口を挟みます。
宮廷内や社交界であればマナー違反ですが、学院内では身分が下の者でも許可を取らずに発言することが許されております。
クリストフ様の視線がわたくしの髪に映りました。
また何か言われるのかな……表面上は微笑みながら、わたくしは内心身構えてしまいます。
わたくしが女だからと、武者修行に出るのを反対されたクリストフ様です。こんな髪型は女らしくないとか、おかしいとか、言われてしまうかも知れません。
けれど。
「話には聞いていたが、想像していたよりずっといいな。凜としたお前の雰囲気に合っている」
クリストフ様はわたくしを見つめながら、なんだか少し眩しそうな表情で笑いました。
わたくしは、ふ、と気持ちが楽になったのを感じました。
家族や使用人たちに心配を掛けてしまったことは反省はしております。してはおりますけれども、それでも、やはり髪を切ったことを否定的に捉える人ばかりで、少々、気持ちがささくれ立っていたのだと思います。
そこにクリストフ様のお言葉です。
身構えていた分だけ、なおさら染み入る慈雨のように、心癒やされるものを感じたのです。
「お言葉、大変有り難く。……嬉しゅうございますわ、クリストフ様」
わたくしの顔には、きっと心からの笑顔が浮かんでいることでしょう。
クリストフ様が息を呑み、大きく目を瞠られます。その頬はじわじわと赤らんでいくようです。
……わたくし、何か驚かせるようなことをしたでしょうか。
「確かにアレクサンドラ様にはお似合いでしょうけれど、貴族らしい髪型とは言えませんわ」
ヨゼフィーネ様がイライラとした様子で文句を付けてきます。
「貴族典礼には、髪型に決まりはなかったはずだが。男性は長髪でも短髪でも自由なのだ。女性が短くして悪いはずがない」
「男と女では装いは違うものですわ。これでは髪を結い上げることも出来ないではありませんか」
この国では女性は子供の頃は髪を下ろしていて、十七歳で社交界デビューを迎えると結い上げるのが普通です。
わたくしがデビュタントとなるまであと二年もありますし、それまでに髪も伸びると思うのですけど……。
でも、これほど期待されてしまうと短髪で出たくなってしまいますわね。
どうでもよろしいですけど、ヨゼフィーネ様はよほど感情的になっていらっしゃるのか、第二王子であるクリストフ様に真っ向から反論されています。
クリストフ様は反駁されたからといって気分を害されるような方ではありませんが、いつもクリストフ様のご機嫌を気にされているヨゼフィーネ様にしては珍しいことです。
「社交界デビューなど、まだ先の話であろう。それに、長髪だからまとめるのであって短髪の場合は話も変わる。それこそ、短髪には短髪に相応しい装いをすればよい」
「ですが……!」
「だが、ヘンチュケ公爵令嬢のように考える者が貴族の中に多いだろうことは理解できる」
「そうですわ! アレクサンドラ様は貴族としての自覚が足りないのではなくって?」
ヨゼフィーネ様が勝ち誇った表情でわたくしに言いました。わたくしが言い返すより早く、クリストフ様の背中がわたくしの視界に入ります。
「――だからこそ、アレクサンドラが髪を切ったことには大いに意義があると私は思う。貴族らしさとは髪の長さによって決まるものではない。大切なのは誇り高き精神であり行いだ。もちろん立場に相応しい装いも大切だろう。だが、今の貴族界は見かけだけに偏重しすぎている。公爵令嬢であるアレクサンドラが短髪となったことで、馬鹿げた風潮が少しでも是正されることを期待している」
クリストフ様はわたくしを振り返って、柔らかに微笑まれました。
「無論、私もアレクサンドラを大いに支援するつもりだ」
……これはますますお金のために髪を切ったとか言えない雰囲気ですわね……。
なんだか話が大事になりすぎてはいないでしょうか。お兄様の世論工作は順調と喜ぶべきか、行き過ぎたと嘆くべきか。
「クリストフ様のお心遣いに感謝いたしますわ。……ところで、そろそろお時間の方が」
困惑を胸の底に隠しつつ、わたくしは優雅に微笑みました。
「おおそうだ。玄関まで来ておきながら、遅刻をつけられては馬鹿らしいからな。ヘンチュケ嬢、失礼する」
「ヨゼフィーネ様、お先に」
軽く礼をして、わたくしはクリストフ様と校舎の中へ入ります。ヨゼフィーネ様は忌々しげではありましたが、引き留めようとはなさいませんでした。
クリストフ様とわたくしは、校舎の中をわたくしたちのクラスへと向かいます。
我が学院はロランクール国で唯一の王立学校です。ほかにも国立や私立の学校はありますが、王族が通われるのは国内で最も古い伝統と格式を持つこの学校だけです。
以前は貴族のみが通う学校でしたが、三十年ほど前に国内外から広く才能を集めるため、平民にも門戸が開かれるようになりました。
おかげで生徒数が急増――することはなく、もともと入学試験で一定レベル以下のものは足切りされておりますし、平民と机を並べて学ぶことを嫌った貴族がいたり、残念ながら平民の教育制度がまだ充実していないこともあり、生徒数は昔と変わらずか、むしろ少し減ったぐらいだそうです。
クラス分けは身分別となっておりまして、王族であるクリストフ様と公爵家の娘のわたくしはAクラスで、侯爵令息のヴィルヘルム様も同じクスです。
伯爵令息のエアハルト様はBクラス、男爵令嬢であるミラベル様はCクラスになります。
もっとも二年時からは授業はすべてコース選択制となるため、ホームルームで過ごす時間は始業時と終業時ぐらいのものです。
先ほどはああ言いましたが、始業時間までにはまだ少しありますので、クリストフ様とわたくしはゆっくりAクラスへと向かっていました。
時折、生徒たちとすれ違って挨拶を交わすと、わたくしの頭を見てぎょっとされたりいたします。
髪を切ったことがどれだけ常識外れであったか、充分にわかっていたつもりでしたが、他人の反応を見ると改めて大変なことだったんだなあと実感いたしますわね。
まあ、そのうち慣れると思いますが。
……でも。
わたくしは隣を歩くクリストフ様をちらりと見あげます。
クリストフ様があっさり受け入れてくださるとは思いませんでしたわ。
「……なんだ?」
少し長く見つめすぎてしまったでしょうか。クリストフ様が訝しげに尋ねてきます。
「いえ。……そ、そう、わたくし、お父様に武者修行に行くお許しをいただきましたのよ」
「だろうな」
驚くかと思われたクリストフ様ですが、ただ苦笑されただけでした。
「その髪を見ればお前の決意がどれほどのものかわかる。私ももう何も言わないさ」
……そういえばこの髪型は“ニューモードの牽引役”だけでなく、“勇者を目指す決意の表れ”でもあったのでした。
クリストフ様はお兄様の世論操作をすっかり信じ込んでしまっているようです。
「だが、脅すわけではないが、かなりきついぞ」
「兄にもさんざん言われましたわ。覚悟の上です」
「そうか。わからないことがあったら聞くといい。これでも先輩だからな」
クリストフ様は一年の終わりに奥伝を取られ、すでに何回か武者修行に出られております。
そういう意味では、確かに先輩ですわね。
「ふふ、その時はよろしくお願いいたしますね、先輩」
「任せておけ」
わたくしがおどけて言うと、クリストフ様もまた大げさに胸を叩きます。そして、わたくしたちは同時に吹き出したのでした。
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次回は水曜日昼に投稿いたします。
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