18.まったく伯母上にも困ったものだ
明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
後から聞いたのですが、オイゲンが早馬を飛ばしてお父様とお兄様に大伯母様のご訪問を知らせたのだそうです。
「パ、パーヴェル」
「ご無沙汰しております、伯母上」
お父様は狼狽える大伯母様に軽く頭を下げて、わたくしの隣に腰を掛けました。お兄様はわたくしたちの後ろに立ったままです。まるで護衛騎士のよう。
「オイゲンから少し話を聞きましたが、我が家に侍女をご紹介してくださるとのこと。それは有り難い。こちらのタウンハウスは足りているのですが、カントリーハウスの方が少々心許なく」
お祖母様の連れてきた侍女候補たちの間に密やかながらも動揺が広がりました。
オルテンブルク家の領地は広く、領都も栄えてはいますけれど、やはり王都に比べれば田舎です。
王都の公爵家のタウンハウスでお勤めするのと、領都のカントリーハウスでは華やかさがまったく違います。
しかもカントリーハウスの方が広いので、きっとやらなければならない仕事はたくさんあります。
彼女たちにしてみれば、労働条件が悪くなったのですから「話が違う」と思ったのでしょう。
「ま、まあ、そうなの。でもね」
「先年の疫病は水際で阻止できましたが、川の氾濫では我が領地も多少の被害を受けましたのでね。伯母上もご存じだとは思いますが、今はその復興のために人手が足りぬ状態でして。ニコラウスもヴァレンチナも、おかげで今年の社交シーズンは王都にも来られぬほどだったのです。この家の女主人の役目を務めるヴァレンチナが不在であることで、伯母上にもご心配をおかけしたようで申し訳なく思います。ですが、ご覧の通りアレクサンドラも立派な淑女となり、伯母上の相手ができるようになりましたし、これ以上お世話をおかけすることもないかと思います」
大伯母様に口を挟む隙を与えず、お父様は滔々と切れ目なく話します。
「ところでアレクサンドラは病気療養中でして、いえ、医者の見立てではたいしたことはないとのことで大事を取っているだけですが、そろそろ部屋に戻って休ませても?」
……あら? わたくしの謹慎のことを大伯母様にお話ししたのはお父様ではないのかしら。
お父様の口調は穏やかで丁寧なのに、とてつもない圧を感じます。その圧に負けて、大伯母様は腰を浮かせました。
「え、ええ、わかりました。具合の悪いときにお邪魔して悪かったわね、アレクサンドラ。パーヴェル、侍女については少し考えたいことがありますから、一旦引き取らせてちょうだい」
「それは残念。しかし、どうぞ伯母上のお気のすむように」
お父様はうやうやしく大伯母様に礼をすると、そのままエスコートをして玄関ホールへと向かいます。
大伯母様の連れてきた侍女たちとお兄様、そしてわたくしが後から続きました。
「ねえ、パーヴェル。アレクサンドラは病気というけれど、よかったらよいお医者様をご紹介しましょうか? 特に神経にお詳しい方で、大きな病院もありますのよ」
侍女候補たちは二台の馬車にすぐ乗り込んだのに、大伯母様は馬車の横に立ち止まって話を続けようとしています。
……大伯母様はわたくしの頭がおかしくなったと言いたいようですね。精神病院に押し込めるべきだと。
この世界の精神病院は前世のような医療体制はまだ整っておらず、どちらかというと厄介者を隔離する施設のような意味合いが強いものです。
お父様の額に青筋が立ったのが見えました。それでも表情だけはにこやかに会話を続けられます。
「お心遣いには感謝いたしますが、ごく軽い風邪とのこと。当家の主治医の腕は伯母上もご存じでしょう。髪を切ったので、きっと冷えたのでしょうな」
「それですよ、公爵家の娘が短髪などまったく……パーヴェル、お前はどう考えているの?」
「我が娘ながら、大変よく似合っておりますな。長い髪も美しかったが、短い姿も新鮮で愛らしい」
お父様は即座に断言されました。そのお言葉に胸が熱くなります。
「アレクサンドラはこれから勇者を目指す身。であれば活動的な短髪を選ぶのも間違ってはいないでしょう」
「勇者なんて本気でなれると思っているの?」
「アレクサンドラの魔術の才は、月読の塔の導師にも認められておりましてな。私の娘ならば、不世出の勇者となれると信じておりますよ。いや、親馬鹿とお笑いください。しかし、才能あるものは勇者を目指すのは貴族の義務ですからな」
はっはっは、と笑いながらお父様はいささか強引にエスコートして、大伯母様を馬車に乗せました。そして御者に合図して馬車を出させます。
「そんな髪で卒業パーティーに出られると思っているの。恥を掻いても知りませんからね。わたくしはアレクサンドラのためを思って……」
大伯母様は馬車の窓から顔を出し、なおも文句を言い続けていましたが、やがては聞こえなくなりました。
そういえば、約一ヶ月後には卒業パーティーがありましたね。わたくしは二年ですので卒業は来年ですが、パーティーには在校生も参加いたします。
パーティー用のドレスはすでに作らせておりましたが、髪型が変わりましたので、多少の直しが必要になるかも知れません。
大伯母様のおかげで、大変よい気づきを得ることができました。ありがとうございます!
心のメモにデザイナーへの連絡を記していたら、お父様が勢いよくわたくしに向き直りました。
「私は困ってなどいないぞ、アレクサンドラ。いや、伯母上に困った娘だと言ったことはあるが、それはお前があまりに愛らしい行動をするから顔が緩んで困るという意味で、だいぶ昔の話だ」
「お父様……」
それをご存じということは、応接室に入る少し前から大伯母様とわたくしの会話を聞いていらしたのですね?
そういえばあの部屋には覗き窓が隠されています。もしかしてそこから様子を見ていたのでしょうか
「まったく伯母上にも困ったものだ」
「代替わりして息子たちの手が離れたからお暇なんでしょう」
ヴィタリー兄様が苦笑します。
お兄様はそのまま家に残られるようですが、お父様は家の中に入らずに、馬丁が連れてきた馬に軽やかにまたがりました。
「お城に戻られるのですか?」
「うむ、まだ少し片付けねばならない仕事が残っている」
「お忙しいのに、わたくしのためにありがとうございました」
お父様もお兄様も、馬車は時間がかかるからと、馬を駆って戻って来てくださったのでしょう。
「なんの。愛しい娘の大事とあれば当然のこと」
完爾とお笑いになったお父様ですが、表情を引き締めてわたくしをご覧になりました。
「アレクサンドラ。そなたは誠に勇者になりたいと望むのだな」
「――はい」
「そのためには厳しい修行も辞さぬ覚悟だと」
「はい」
「――よかろう」
お父様は手綱をさばき、動き出したくて逸る馬をいなしながら、厳かに宣言なさいました。わたくしが何より欲しかった言葉を。
「私の手で包みこみ、誰にも触れさせずに大切に守っていきたかったが、そなた自らが世に顕れることを望むというのなら、もう止められぬ。好きにするといい。父はそなたの道が少しでも平らかなものになるよう、力を尽くすとしよう」
「お父様!」
お父様が馬上にいらっしゃらなければ、わたくしはきっと駆けよって抱きついていたでしょう。
「ありがとうございます。お父様。わたくし、頑張りますわ!」
「ただし、謹慎の間は家にいるように。その間に武者修行ら仕度を調えなさい」
「はい! わたくし、武者修行の新しいプランを考えたのです。お父様がお帰りになったら、お話をするお時間をいただけますか?」
「無論だ。……ヴィタリー、後は任せたぞ。ではな」
颯爽とお父様が馬を走らせていかれるのを、わたくしとヴィタリー兄様は並んで見送りました。
「お兄様はお仕事は大丈夫ですの?」
屋敷の中に戻りながら、わたくしはお兄様に尋ねます。近衛騎士で王太子殿下の側近でもあるヴィタリー兄様も、お父様ほどではないにしろ、そこそこお忙しいはずなのです。
「ま、一時間ぐらいの早退だからね。明日やれば大丈夫。うちの大掃除もやらなきゃならないしね」
「大掃除?」
使用人に指示を出すことはあるにしろ、お兄様自ら掃除をすることはないはずですが……奉仕活動の一環でしょうか?
ヴィタリー兄様はわたくしの疑問に曖昧に笑って答えてはくれませんでした。
――後日、屋敷のハウスメイド二人が解雇され、わたくしは“大掃除”の意味を知ったのでした。
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次回は水曜日昼に投稿いたします。
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