17.あなたのためを思って言っているのですよ
反応ありがとうございます。
続きも頑張ります。
上品な嫌味は難しい……。
いきなり憐れまれるとは思いませんでしたので、頬が引き攣りそうになりました。なんとか耐えて笑顔を保ちつつ、大伯母様の向かいのソファに座ります。
「大伯母様にお久しぶりにお会いできて、アレクサンドラは大変嬉しゅうございます」
「ええ、あなたの淑女教育がわたくしの手を離れてからは、足が遠のいてしまいましたからね。ですが、今はそれを後悔しておりますよ。わたくしがきちんとこちらの家にまで目を配っていたら、あなたにこんな振る舞いをさせたりはしませんでした」
「こんな振る舞い、とは?」
ああ、いけない。こんな無粋な切り替えし方をしては、話術の先生に減点されてしまいそう。平常心、平常心。
「その髪ですよ。まったく……スサンナ、あなたが付いていながらなんということです」
「わたくしが望んで切ったのです。スサンナは関係ありません」
お茶の仕度を終え、わたくしの横に少し離れて控えたスサンナを、大伯母様が睨み付けます。わたくしは罪のない侍女が謝るより早く、言葉を重ねました。
「この髪型は最先端のモードなのですよ、お祖母様。女性の自由を象徴するものとして、職業婦人の間で流行っているのです」
「職業婦人の真似ですって」
大伯母様が扇子の陰で蔑みの表情を浮かべます。ええ、目付きだけでわかりますわ。お父様と同じ碧色の、けれどまったく違う冷たい瞳。
「平民たちがそのような髪型をしていることは、わたくしも耳にしておりますよ、サンドラ。ですが、まさか公爵家の娘が……」
「女性騎士の方にもいらっしゃいます。わたくしも勇者を目指すうえで、長い髪より短い方が都合がよいのです」
「まあ、勇者の話も本当だったの。そうですね、わたくしも幼い頃は勇者に憧れたこともありましたよ。でも、そんな気持ちは大人になったら自然と消えるものですけどねえ。サンドラは思っていたより子供だったようですね」
わたくしは笑みを崩さないようにしつつ、秘かに歯を食いしばりました。本当にソフィーヤ大伯母様は神経を逆なでするような言い方がお上手です。
わたくしは苦手ですが、こういう技術も貴族女性には必要になります。相手を感情的にさせ、揺さぶり、暴言や失言を引き出すのです。
少々昔気質ではありますが、ある意味大伯母様は非常に貴族女性らしい貴族女性です。
だからこそ、お父様は王都に来てからのわたくしの教育を大伯母様にお任せになったのでしょう。
不甲斐ないわたくしは、一年と少しで大伯母様から匙を投げられてしましましたが。
大伯母様の教育がなくなったことは嬉しかったですし、安心もいたしましたが、お父様の期待に応えられなかったことは今でも申し訳なく思っております。
「髪を短くしたら、とても軽くて気持ちがいいんですの。きっとこれから、王都の貴族の間でも流行ると思いますわ」
大伯母様の口撃、もとい話術ががいくら巧みでも、わたくしも負けてはいられません。短くなった髪を見せつけるように、手の甲でさらさらと広げます。
大伯母様の眉が跳ね上がりました。
「そうですね。わたくしはひどい時代遅れなのやもしれません。ですがね、アレクサンドラ。あなたには理解しにくいかも知れませんが、高位貴族には高位貴族に相応しい格好というものがあるのです。あなたの母上のように伯爵家の娘であれば、軽率に流行を追っても許されるでしょう。でも、わたくしたちは流行と同時に国の伝統を背負う立場でもあるのですよ」
母の実家は建国以来続く由緒正しい伯爵家で、王族に嫁ぐことも可能です。見下される筋合いはありません。そもそも伯爵位は高位貴族です。国王陛下にお目見えを許されているのですから。
――と、言い返したいですが、我慢です。わたくしは紅茶を飲んで心を落ち着けます。
小耳に挟んだ話では、大伯母様は溺愛するお父様のお相手には別の方を考えていたのに、お母様と結婚してしまったからお怒りになったとか。
そのため、お母様やご実家には当たりが強いのです。お父様の前では隠しておられますけどね。
昔はわたくしが不出来だと母のことを悪く言われるのが悔しくて、大伯母様の課題は完璧にこなそうと必死になったものでした。
もっとも、どれほど完璧にこなそうとも、大伯母様からも家庭教師からも一度たりとも褒められたことはありませんでしたが。
「高位貴族の立場など、子供のあなたに話してもわからないことかもしれませんがね。お母上の実家では、きっと問題にはならないでしょうし」
「母の実家がどうかはわかりませんが、我が公爵家で問題にはなっておりませんので、どうかご心配なく」
心苦しさを感じつつ、わたくしはにこやかに言い切りました。申し訳なくてスサンナの方が見られません。
でもここは、お父様やお兄様だけでなく使用人も悲しませてしまいました――などと肯定しては絶対にいけない場面です。
せっかくお兄様が公爵家にとって不名誉にならないストーリーを考えてくださったのです。
いくら大伯母様といえど、真実を明かすわけには参りません。
わたくしが言い返したことで、大伯母様の柳眉がさらに上がりました。……最近のメイクは大伯母様ほど眉を細く整えず、ナチュラルに見せるのが流行ですよ、と言いたくなります。言いませんけれど。
それに大伯母様にはよくお似合いなのです。たとえ一昔前のメイクでも、お綺麗であればよいとわたくしは思うのですが、貴族女性はそういうわけにはいかないらしいのが面倒です。
前々から薄々感じておりましたが、わたくしの性格は淑女――特に高位貴族としては、正直失格なのだろうと思います。
必要ならばしますけれど、遠回しな会話よりストレートに話した方が好きですし、流行を追いかけるより自分が好きで似合うものを身につけたいと思ってしまいます。
恋愛や誰かの噂話にも関心が薄く、読書をするなら恋愛小説より冒険物や歴史物、部屋で刺繍をするより外で乗馬でもしていた方が楽しいと思う人間です。
礼儀作法は大切なことだと思いますが、大伯母様が言う『淑女に相応しい振る舞い』の多くを重要でないと感じてしまうのです。
だから、大伯母様も苛つかれるのでしょうね。
「相変わらずパーヴェルはあなたを甘やかしているのですね。おかげで我が儘に育ってしまって……ええ、わたくしが心配していた通りです」
大伯母様がぴしりと扇を閉じて、控えていた女性たちを呼び寄せました。
「もうこれ以上、黙って見ているわけにはいきません。わたくしがあなた付きの侍女たちを用意しました。いまいる侍女は全員解雇なさい」
――なんですって?
自分の顔色が変わるのがはっきりとわかりました。動揺を見せるなんて淑女として失格でしょうが、もうどうでも構いません。
そもそも公爵家の奥向きに口を出す権利は、大伯母様にだってないのです。
「そのようなことを勝手に決められても困ります」
「誰に向かって口をきいているのですか。あなたは最低限の礼儀すら忘れてしまったようですね。公爵家の娘として恥ずかしいと思いなさい」
「わたくしが礼儀知らずであるとしても、それはわたくしの責任です。お叱りはわたくしが受けますわ」
「主人が間違ったことをすれば、窘めるのが侍女の役目です。……でも、そうですね、最近は何かとうるさいですし、解雇は言い過ぎたかも知れません。それでは今いる侍女たちは小間使いや女中にいたしましょう。それでよろしいですね」
いやいやいや、いいわけがないでしょう。そんな降格人事できません。そもそもうちの人事に口を出さないでいただきたいですわ。
口を開こうとしたときに、視界の隅に真っ青な顔で静かに首を振るスサンナが映りました。
頭に上りかけていた血がすっと冷えた気がしました。はらわたは煮えくり返っていますけれどね。
大伯母様がお父様たちのいない昼間に、先触れもなしに大人数で押しかけてきたのは、子供で弱い立場のわたくしであれば、押し切ってしまえると思ったのでしょうか。
あるいは、わたくしが反抗して、大伯母様に無礼を働くことを期待したのかも知れません。
それを盾に、侍女の入れ替えをお父様に認めさせる魂胆なのかも。
反論するにしても、丁寧に礼儀正しく。喧嘩腰に口答えをして、これ以上大伯母様に付け入る隙を与えてはなりません。
「大伯母様、わたくしのことでご心配をおかけして、申し訳なく存じます。ですが、当家の使用人は充分に足りておりまして、不満もございませんの」
「あなたには不満はないのでしょうけどね」
「わたくしではなく、使用人をどうするかはお父様がお決めになっていることです」
「パーヴェルは……いえ、殿方はこういったことは不向きですよ。細かいことには気づきませんからね。この家は長く女主人が不在でしょう? そういう屋敷は、どんなによい使用人を揃えていようと、どうしても緩みが出てしまうものです。時折、新しい人を入れて引き締める必要があるのですよ」
「今はヴァレンチナお義姉様がいらっしゃいますよ」
わたくしはできるだけ無邪気に聞こえるように微笑みながら、大伯母様が無視する事実を指摘しました。
「代理ではどうしても、ねえ……。普段は領地に住んでいるのですから、目の届かないことも多いでしょう」
ヴァレンチナとはわたくしの上の兄ニコラウスが二年前に結婚した妻です。
本来、当代の公爵であるお父様の妻のお母様がこの家の女主人ですが、亡くなっておりますので、ヴァレンチナお義姉様が現在は代わりという形になります。
ニコラウス兄様がお父様の代官を務めるようなものですね。正式な女主人となるのは代替わりをしたときです。
「お義姉様が不在の時は、お父様がお決めになりますわ」
正確には奥向きのことは執事のオイゲンが取り仕切っておりますが、最終的な決定権を持つのはお父様やお義姉様です。
大伯母様はわたくしにも聞こえるように大きな溜息をつきました。そして、まるで小さな子供に辛抱強く言い聞かせる母親のような口調で語りかけてきます。
「あなたのためを思って言っているのですよ、アレクサンドラ。このままではあなたは社交界の笑い者。いいえ、あなただけでなくオルテンブルク家が――お父様やお兄様まで笑われることになります。それでもいいのですか?」
ぐっ、とわたくしは唇を噛みしめました。痛いところを突かれたのは確かです。この髪のことでは、あやうく醜聞の種を蒔きかねなかったのですから。
「パーヴェルがあなたを謹慎させたのも、そのようなみっともない姿を外に晒すことを恥ずかしく思ったからですよ。ちょうどよいではありませんか。謹慎中にみっちりお勉強して、淑女としての振る舞いを身につけましょうね」
「わたくしの謹慎についてはお父様から?」
わたくしは対外的には病気ということになっているはずです。
「……ええ、パーヴェルはわたくしに何でも話してくれますからね。まったくあなたは困った娘だと話していましたよ」
「そう、ですか……」
実際、わたくしは今現在お父様を困らせているのでしょうから、何も言い返すことはできません。
「わたくしはね、アレクサンドラ。あなたは年齢の割には賢い子だと思っているのですよ。パーヴェルにもいつもそう言っています。ただ、子供っぽいところもまだ抜けていませんから、そこを直していきましょうとお話ししているのです。今でさえ貰い手がいないのに、このままではお嫁にも行けなくなってしまいますよ」
「ありがとうございます、大伯母様」
わたくしは真っ向から相手を見つめます。満足そうに頷きかけた大伯母様は、次のわたくしの言葉で顔を強張らせました。
「確かにわたくしは十五歳でまだ未成年です。ですから、何事もお父様にご相談して決めるようにいたしますわ。ご心配には及びません」
オルテンブルク家のことを決めるのは大伯母様ではなくお父様です。
わたくしについて何事かを決めるのも大伯母様ではなくお父様です。
あなたには、何一つ決める権限はありません。――ということを、遠回しに言っているのだと、大伯母様にもわかったようです。
「――これだけ言ってもまだわからないのですか!」
「おっと、大伯母上が声を荒げるなんて、珍しいところを見てしまったな。明日は春の雪になるかも知れませんね」
ノックもせずに応接室に入ってきたのは、ヴィタリー兄様……そしてなんとお父様でした。
大伯母様が教育に関わらなくなった経緯、アレクサンドラとお父様で認識が食い違っていますが、お父様の方が本当です。
今のアレクサンドラはだいぶ大伯母様に対して警戒するようになっていますが、当時は8歳ぐらいだったので、大伯母様の言うことを鵜呑みにしてしまったのです。
読んでいただいてありがとうございました。
もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。
申し訳ありませんが、年末年始は少しお休みをいただき、次回は1月7日(土)夜から再開する予定です。
皆さま、よいお年をお迎えください。




