16.なんと哀れな姿でしょう
反応ありがとうございます。
続きも頑張ります。
大伯母様襲来。
お父様へのお手紙を書き終えて、わたくしは蝋を垂らして封をいたしました。
後でヴィタリー兄様にお願いして、渡していただきましょう。
今回は譲りに譲って護衛を付ける案を出してみました。
武者修行は基本的には護衛はつけないものですか、初心者は大目に見られている部分はあります。
クリストフ様も最初の頃は付けていらしたといいますし、慣れないうちは仕方ないのかも知れません。
もちろん案内人も付ける予定です。もしも、わたくしが“魔滅”に失敗した場合は、魔物の解体をお願いしなければなりませんもの。
“魔滅”とは、魔物をただ倒すのではなく、自分の力場内に捕らえた状態で狩ったときに起きる現象です。
術者の力に屈した魔物は力場の中で形を保てなくなり、魔石だけを残して崩れ去ります。力場の中には魔物の魔力が満ち、それは術者自身の魔力や肉体強化などの効果をもたらします。
武者修行が強くなるための近道と言われる理由がここにあります。
もちろん、力場を生み出すためにはそれ相応の実力が必要です。だから武者修行には最低でも剣術か魔術の奥伝が必要とされるのです。
ちなみに“魔滅”に失敗すると、倒した魔物は動物のように骸をさらし、魔石を採るためには解体をしなくてはなりません。
もっとも、そちらの方が皮や牙などの素材も採れるので、ただ単に倒すことを目的として魔物を狩る狩人などもおります。
そういう方々は解体の技術を持っていますので、狩猟ギルドなどにお願いして、初心者のうちは武者修行のガイドをお願いするのが常道なのです。魔物の死骸を放置していたら迷惑ですからね。
修行者が解体を覚え、出くわした魔物を“魔滅”できるかどうかの見極めができるようになったら、ようやく初心者脱出です。
そういえば、長期にわたる武者修行では食糧を現地調達することもあると聞きます。野ウサギや鹿などを狩って、その肉を調理するとか。
わたくし、魔物もですけれど、動物をさばくやり方もまったくわかりませんね。カエルの解剖ならば授業でやりましたが、あれは肉を取るためではありませんでしたし。
最初のうちは短期間に留めるつもりでおりますが、わたくしもいつかは何日も泊まりがけで武者修行をすることになるのでしょう。
そういった方面の勉強もしておくにこしたことはありません。
わたくしは『やることリスト』を取りあげて、解体を学ぶ、と追加いたしました。
このリストは勇者になるために必要だと思われることを箇条書きにしたものです。
最重要ポイントはストーリーイベントの達成ですわね。
一年時の干ばつ、二年時の川の氾濫、疫病はすでに発生しております。幸い災害被害もそれほど大きいものではなく、疫病も国土への蔓延は防げたのですが、港町では多数の死者が出たと聞いております。
ゲームではヒロインの必要パラメータが高い状態であれば、いずれも彼女のアイディアなどで解決に導かれるのですが、現実では国家がすべて対応し、わたくしたちは結果を知るのみでした。
わたくしたちは学生ですし、仕方ありませんわね。
問題はこれからです。
三年時は公爵令嬢誘拐騒動、詐欺事件、地震発生、魔物大暴走とストーリーイベントが目白押しなのです。
ゲームで起きたからといって、現実でも本当になるとは限りません。ですが、一年と二年のイベントは現実になっております。三年時のイベントが発生する確率も高いのではないでしょうか。
そして、これらのイベントがすべて実際に起きたとしたら。
この国が魔族に襲われる未来も、現実のものとなる可能性は非常に高いといえます。
ゲームでは主人公のパラメータや攻略相手とのイベントフラグが優先され、ストーリーイベントを多少取りこぼしても後から挽回できましたが、現実では何がどう影響するかわかりません。
最善の方法で解決できるよう、準備だけはしておかねば。
といっても、今のところは情報を集めることと鍛錬することぐらいしかできないのですが……。
そもそもの問題点として、三年後の魔族襲来はゲームのエンディングのみで語られ、その理由も原因もまったく不明、ということがあります。
魔界に暮らす魔族が、なぜ人間界へと侵攻してきたのか。
神との争いに負け、魔族が魔界へと堕とされた神代の頃から彼らは人間界に欲望を抱いているのですが、それにしたって何かきっかけはあるはずです。
それがわかれば、もしかしたら魔族の襲来そのものをなくすことだってできるかかもしれません。
でも、主眼が恋愛なせいか、ゲームでは攻略相手との未来ばかりが念入りに描かれて、魔族についてはほんの一、二行語られるだけ。
乙女ゲームとしては正しいのかも知れませんが、現実であれば大事なのは恋愛結果より魔族襲来の方です。
全エンディングで必ずある重要要素なのですから、もう少し手がかりをくれてもいいのではないかしら。
……愚痴を言っても仕方ありませんね。
わたくしはわたくしにできることをするしかありません。
今後のイベントに関係することと魔族についての情報収集を怠らないようにいたしましょう。
余談ですが誘拐される『公爵令嬢』はわたくしです。でも、ゲーム中では詳しい事情や犯人などは語られませんでしたので、誰が、どのような目的でそんな企てをするのは不明です。
少し不満ではありますが、わたくしはヒロインではなく単なるライバルですから、描写がないのも当たり前なのでしょう。
初夏ぐらいに発生するはずなので、今からワクワクしております。
ヒロインと親しかった場合、彼女が助けに来てくれて未遂になるはずなのですが……どうなるでしょう。
意外と、助けが来る前にわたくしが自分で解決してしまうかも知れませんね。奥伝を取ったわたくしは、そう簡単に誘拐されるほど弱くはないはずです。
もちろん、油断は禁物ですけどね。
ゲームだとパラメータが表示されますけれど、現実では自分がどれぐらい強いのかわかりづらいのが難点ですわね。
そんなことを考えながら午後の鍛錬でもしようかと席を立ったときです。なんだか少し階下が騒がしいのを感じました。
少しして、わたくしの部屋をノックする音がいたしました。応えると、スサンナが姿を見せます。なんだかちょっと強張った表情です。
「ソフィーヤ・マイネック侯爵夫人がお越しです」
「まあ、大伯母様が?」
ソフィーヤ・マイネック侯爵夫人は、わたくしの父方の祖父の姉にあたる方です。
オルテンブルクの祖父母は、お父様が十八歳の時に事故で亡くなられてしまい、わたくしは肖像画でしかお顔を見たことはございません。
若くして筆頭公爵家を継がねばならなかったお父様の後見役をしてくださったのが、マイネック侯爵夫妻だと伺っております。
いえ、成人していたのですから後見ではなく後援者でしょうか。
父が独り立ちしてからも、領地で療養する母の代わりに我が家のパーティーを取り仕切ってくださったり、わたくしの家庭教師を紹介してくださったり、時には大伯母様自ら教えてくださったり、親密なお付き合いはずっと続いております。
ですので、ソフィーヤ大伯母様が先触れせずに我が家にお越しになることはよくあることなのですが……。
そういえば最近はあまりいらしてなかったような気がいたします。
「いちばん良い応接室にお通しして。わたくしも着替えたらすぐに行きますからね」
スサンナが戻っていった後、入れ替わりに入ってきた小間使いに春らしい若草色のドレスを着付けてもらいました。
頭には太めのレースを巻いて首の後ろで結び、短くなった髪があまり目立たない装いにいたします。
自室の扉を開ける前に、わたくしは大きく深呼吸して、気を引き締めました。
我が家の恩人に対して失礼とは思うのですが、わたくし、少々大伯母様が苦手なのです。考え方が合わないというか、性格が合わないというか……どっちもですね。
この短くなった髪を見たらきっとお説教が始まるに決まっています。
でも、お父様もお兄様もいないのであれば、お客さまに応対するのはわたくしの責務です。
頑張らなくてはなりません。
一階の応接室のソファには、豊かな白髪を上品にまとめた貴婦人が座っていました。わたくしの大伯母様、ソフィーヤ様です。
落ち着いたブルーグレーのデイドレスですが、春の色であるライトイエローがさりげなく衿や袖口に使われているのがセンスを感じさせます。
確か六十半ばぐらいとお聞きしておりますが、お年を感じさせないほどお綺麗です。
大伯母様の周囲には、その使用人でしょうか。お仕着せを身につけた何人かの女性がおりました。
「ソフィーヤ大伯母様、ようこそいらっしゃいました」
「……まあ、まあ」
大伯母様は淑女の礼をするわたくしの姿を見て、綺麗に整えられた眉をひそめました。不機嫌に歪む口元をさっと扇子が隠します。
「噂には聞いていましたが、なんと哀れな姿でしょう」
読んでいただいてありがとうございました。
次回は水曜日夜に投稿いたします。
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