15.うわ、親馬鹿。(三人称:ヴィタリー視点)
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公爵家とアレクサンドラの事情と世界設定の説明回。ヴィタリー視点の三人称です。
「……アレクサンドラが口をきいてくれない…………」
ヴィタリーが書斎に入ると、父親のパーヴェルが机の上に頭を載せて屍と化していた。
若い頃は社交界を騒がせたという美丈夫の情けない姿に苦笑が漏れる。
大人しく謹慎に入ったかと思われたアレクサンドラは、父親に許してもらうまで顔を合わせない作戦に出た。出勤や帰宅の挨拶はもちろん、謹慎中であることを盾に取り、食事も自室で取っている。
パーヴェルはただでさえ忙しくて、家にいる時間が少ないのだ。挨拶や食卓をともにできる機会が毎日毎回あるわけでもない。
貴重なその時間が皆無になり、まだ三日しか経っていないが、娘を溺愛するパーヴェルにはかなり堪えているようだった。
「父上にアレクサンドラからお手紙ですよ」
ヴィタリーは妹から預かったものを父親の机に滑らせる。しかし、手紙と言いつつ内実は違うことを彼は知っている。そして、父親もまた知っていた。
「……また計画書か」
本当に手紙であったなら大喜びで飛びつくだろうに、パーヴェルは嫌そうな表情で封を開けた。そこにはアレクサンドラの美しい字で武者修行に出かけるための工程と武者修行のスケジュールなどが書かれているとヴィタリーは知っている。
父親と顔を合わせない一方で、アレクサンドラは手紙で嘆願を続けている。ここ数回は武者修行の計画書まで同封しているのだ。
「……強情なのは誰に似たのやら」
「母上でしょう」
ヴィタリーが十四歳、アレクサンドラが七歳の時に亡くなった母エリザヴェータは、外見はおっとりして儚げに見えるが、性格は勝ち気で一度決めたら譲らないところがあった。
伯爵家の娘ながらその美貌で王家からすら望まれたのに、家族の大反対を押し切ってパーヴェルを選んだことは、今でも世紀の大恋愛と社交界で語り草になっている。
噂ではパーヴェルがエリザヴェータの求婚者(王子含む)を蹴散らして彼女を手に入れたことになっているが、母親自身が強く望んだ結果であることをヴィタリーは知っていた。
公爵家側は公爵家側で、パーヴェルには一族の娘をあてがおうという目論見があったので、嫁いでからは一部の親族からは辛く当たられたりしたようだ。
けれど、エリザヴェータは嫌味を笑顔で躱し、讒言は無視し、時には相手に手痛いしっぺ返しを喰らわせて、公爵家での地位を盤石にした。
アレクサンドラを生んだときに体を壊し、以後は公爵家の領地で静養することになったが、それまではオルテンブルク公爵家は社交界の中心となり、エリザヴェータは女主人として華やかに君臨していたのだ。
あの母が生きていたら、アレクサンドラの武者修行ももう少し簡単に許されたかもしれないなとヴィタリーは思う。
もっとも、そろそろ父親の方も陥落しそうな気もしていた。自分もそうだが、結局この父親はアレクサンドラに甘い。
それに――。
「月の塔の老人から今日もアレクサンドラを寄越せと言われた」
パーヴェルが不愉快そうに顔を歪めた。
「またですか」
「何度も断っているというのに、諦めようとせん」
月の塔とは、正式名称を月読の塔という。
王都にそびえる三つの塔のうつのひとつで、そこでは主に魔術や精霊、魔物について研究されている。
国に仕官した魔術士たちは武官であれば魔術士団へ、文官であれば月読の塔へというのが通常コースだ。
ちなみに残りの二つは神と人、医術について研究する陽見の塔、天文や気象、暦などを研究する星解の塔に分かれている。
「魔術士長も天才だって興奮してましたからねえ……」
ヴィタリーはしみじみと溜息をついた。
魔術士たちは知に貪欲だ。知識量が魔力に繋がるせいでもあるが、単純に叡智を求めることを生きがいとしている魔術バカも多い。
だから、自分たちに新しい知をもたらしてくれそうな才能を見つければ、早いうちに囲い込もうとするのだ。
「……サンドラは、それほどに力があるのか」
「学院の魔術の教師は絶賛していますね。一度に放出する魔力自体は、一緒に学んでいたミラベル・アッカーマンの方が高いそうですが、アレクサンドラはちょっと教師には思いつかないような術式を使うとかで」
ヴィタリーは前にアレクサンドラの部屋で見た護符を思い浮かべた。
魔術は学院で習った程度で奥伝にも届かなかったヴィタリーであるが、その異常性は理解できた。
治癒魔法を除き、通常、魔術というものは自然精霊に干渉する呪文と術者の魔力によって術式が完成する。呪文を特殊なインクで紙などに定着させたものが護符もまた、術者の魔力を得て発動する。
逆に言うと、どちらも術者の魔力がなければ発動しないし、発動しても魔力がなくなれば消えてしまう。
ゆえに、永続的に発動し続ける魔術は存在しない。その前に魔力が必ず尽きてしまうからだ。
魔物から採れる魔石を使えば、代わりの魔力を得ることができるため、最近は長時間使用できる魔術道具なども作られているが、今はその話は置いておく。
とりあえず、呪文を使った魔術や護符の効果は一時的なもの、というのが今までの魔術の常識であった。
けれど、アレクサンドラが作ったあの護符は『スイッチ』を入れさえすれば、永遠ではないにしろ何時間でも効果が続き、何度でも使えるのだという。
そもそも護符に書かれていた呪文が、今までに見たことのないようなものだった。
本来呪文は、主に精霊に力を貸すよう命じるものだ。魔力が強ければ強いほど高位精霊の力を得ることができる。護符に書き込む呪文は簡略化されてはいるが、魔術をかじったものには解読できる。
だが、アレクサンドラの護符に書かれていた記号は、精霊に干渉するというフォーマットは同じだが、内容が不明で、ヴィタリーにも学院の教師にもすべてを読み解くことはできなかった。
アレクサンドラ曰く、『電子』を動かして『プラスとマイナスに帯電』させるようにしているだけだと言うが、さっぱり意味がわからない。
それは学院の教師もほかの魔術士たちも同じで、だからこそアレクサンドラを彼らは欲しがるのだろう。
「ふん、魔術狂いどもの手になど渡すものか」
パーヴェルの呟きを、まあそうだろうなとヴィタリーは内心で頷く。
筆頭公爵家であるオルテンブルク家の娘であり、母親譲りの美貌の持ち主のアレクサンドラには、これまで降るように縁談が舞い込んできていた。中には王家からのものもあった。
それをこの父親は、アレクサンドラに聞くこともせず、「まだ早い」とすべて断ってしまっているのだ。
エリザヴェータの時と同様、王家をも恐れぬけんもほろろのブロックに、ついたあだ名が『鉄壁公爵』。
縁談でこそないものの、父親にとってアレクサンドラを欲しがるという意味では塔の導師も変わりない。きっと、にべもなく断ってるんだろうなあとヴィタリーは思う。
余談だが、本人の後妻の話も断りまくっている。
「とはいえ、サンドラの才の輝きは今さら隠しおおせるものではありませんよ」
「……やはり勇者にせねばならんか……」
力ある者は勇者を目指すべき――とは、法律でこそないものの、このロランクールの国是というべき基本方針である。
抜きん出た才能を示せば示すほど、勇者への期待は大きくなる。ここ百年ほど勇者が誕生していないので、その圧はなおさら高まっていた。
令嬢である、ということで今までは無意識に人々の考えから外れていたが、天才とまで持ち上げられてしまえば、注目は集まらざるを得ない。
これで本人が嫌がっていたら、話はまた変わってきただろう。しかし、本人もやる気十分ときた。
そうなると世間は勇者になるべく鍛錬をするのは当然、武者修行だって出してやるべきだという風向きになってくる。今はまだそこまでの空気ではないが、それでもちらほらそんな意見も出てきてはいるようだ。
もちろん命令でも決まりでもない。アレクサンドラを武者修行に出さずに家に閉じ込めていたって、罰されるわけではない。
ただ、宮廷や社交界でひそひそこそこそと噂され、後ろ指をさされるだけだ。もっとも面子を大事にする貴族にとっては、それがわりとダメージになるのだが。
いくら鉄壁公爵でも、風やら空気相手では分が悪い。やがては認めなければならなくなるだろう。
「魔術士どもが騒ぎ立ておって……」
「ま、本当に勇者になれるかどうかはわかりませんけどね」
「あの子がなれないわけがないだろう」
うわ、親馬鹿。
口にも表情にも出さなかったはずだが、パーヴェルはじろりとヴィタリーを睨み付けた。
その視線を躱すように、ヴィタリーは机の上からアレクサンドラの手紙を取りあげた。そこにはびっしりと武者修行の注意点や解決策などが書かれている。
「あの子は聡い子です。これから先の苦難もわかって、望んでいると思いますがね」
「だからこそ心配なのだ。サンドラは頑固なだけに弱音を吐かんだろう」
「我慢強いのは長所ですが、ひとりで抱え込んでしまうところがありますからね」
ヴィタリーの脳裏に青白い顔をした小さなアレクサンドラの姿が浮かぶ。きっと父親も同じだろう。
アレクサンドラは療養する母と一緒に、七歳までオルテンブルクの領地で過ごした。
煩わしい社交界や貴族たちの付き合いの少ない場所で、彼女はのびのびと活発に育ったのだ。
母の死後、王都で暮らすようになったアレクサンドラには家庭教師がつけられた。大伯母のソフィーヤが推薦した教師だ。
アレクサンドラは知力に不安はなかったが、マナーや社交面での教養――服や食の最先端の流行や芸術の話題など――が少々不足だった。
とはいえ、基本的なことは母親や侍女から薫陶を受けていたので、それほど苦労はしないだろうとパーヴェルもヴィタリーも思っていた。
それが甘かったことを思い知らされたのは、一年ほど後のことだ。
気がつけば彼女からは笑顔が消え、人形のように無表情で青白い顔の少女に変わってしまっていた。
ソフィーヤが時代錯誤な淑女教育を彼女に押しつけた結果だった。
父は忙しく、当時家にいた兄たちもヴィタリーも子供部屋からは卒業していて、中で何が行われているか、すべてを把握しているわけではなかった。
パーヴェルは成人直後に両親を失っていて、若くして公爵家を継がねばならなくなった時に大伯母の嫁いだ侯爵家が後ろ盾になったという恩があった。
また、オルテンブルクはソフィーヤの実家であり、彼女はエリザヴェータの療養中、公爵家の女主人の代理を務めることもあった。
オルテンブルクの使用人は彼女に命令されることに慣れていたのだ。
そのことも悪い方向に作用した。
確かにアレクサンドラが少々おてんばだったことは否定しない。けれど、父親も兄たちも溌剌とした彼女を愛したのだ。
このように、生気のない人形のような彼女を見たかったわけではない。
すぐさま家庭教師は解雇され、アレクサンドラの教育環境は見直された。
立派な淑女になったと自慢げだったソフィーヤは憤慨したが、逆に公爵家の家政への権限を失うことになった。
後に調査をしたところ体罰などはなかったようだが、母を亡くしたばかりの七歳の少女には厳しすぎる教育だったことは事実だった。
けれど、アレクサンドラは家族にひと言も泣き言は漏らさなかった。
今になっても彼女は愚痴すらこぼしたことはない。
ソフィーヤのおかげで国王陛下の御前でも見苦しくないマナーを身につけられたと、感謝さえしているという。
それもまた一面では真実だろうが、辛くなかったわけではないだろう。
父親に涙を見られて逃げ出したように、どうやらあの子は他人に自分の弱い部分を見せるのが嫌な性分のようだ。
そういう気高さを愛しいと思うもののの、兄としては少々歯がゆい。しかし、だからこそ――。
「サンドラが無理をしていないか、僕がよくよく見張っておきますよ。侍女たちにも十分に注意するよう言っておきます」
あの子に弱音を吐けるような相手が現れるまでは、自分が彼女の騎士だ、とヴィタリーは心に刻む。
「……魔物の動きはどうなっている」
「現状は変わりなく。けれど、我が国に眠るもののことを考えると、油断はできません」
「そうか……」
深々と公爵は溜息をついた。
「勇者誕生は急務ではあるな」
「では、お認めになるんですか」
「まだ許さん」
公爵の顔から父親の顔になって、パーヴェルは拗ねた表情でヴィタリーから手紙を取りあげた。
父親の悪あがきはもう少し続くようだ。
この時のヴィスタリーはそう思っていた。
鉄壁公爵のあだ名の由来をようやく明かせました(笑)。
自然精霊に命令するのが精霊魔術(略して魔術)
神霊にお願いするのが神霊魔法(略して魔法)
国に仕えている官吏→魔術士
魔術/魔法を使う人の総称→魔術師
大雑把にこんな感じです。
魔術師は精霊魔術だけでなく神霊魔法も使えます。
ただ精霊魔術の方が圧倒的に出番が多いので魔術師の名称が浸透しています。
あと神霊魔法使いの場合は修道士だったり治療師/治療士だったりと、別の職名で呼ばれるので魔法士と呼ばれることはありません。
導師というのは先生的な意味合いで、導師も官職は『魔術士』です。
アレクサンドラの魔法/魔術についての話は、また後ほど~。
読んでいただいてありがとうございました。
次回は土曜日夜に投稿いたします。
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