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14.女性の身で勇者を目指すなど、茨の道を歩むようなものだ

ブックマークや評価、ありがとうございます。

続きも頑張ります!

 お兄様と二人で軽率な賭のことをしっかりと怒られ、わたくしは一週間の謹慎、お兄様は一ヶ月の奉仕活動を命じられました。

 護衛は減給となってしまいましたが、スサンナや他の皆には罰はなかったので安堵いたしました。


 謹慎期間中は学院にも行けませんが、これはわたくしが短髪にした理由をさりげなく社交界に広める期間でもあるようです。

 その点については仕方ないと思っているのですが、肝心の武者修行の話になるとお父様は取り付く島がなくなってしまいました。


 ヴィタリー兄様にした説明を繰り返し、三年間だけ自由にさせて欲しいとお願いしても「許さん」の一点張り。

 わたくしに奥伝を取らせたことを怒り、あやうく学院に乗り込もうとまでしたのです。


「そなたに奥伝を取らせるなど、何を考えているのだ学院は」

「わたくしの実力を認めていただいたのです」

「才能があることなどわかっておる。しかしそなたは公爵家の娘。護身程度の術ならばともかく、それ以上の鍛錬など無用だ」

「たった二ヶ月で奥伝を許されたのです。家門の誉れと誇ってはいただけないのですか」

「女であるそなたにそのような伝位など必要ない。まして武者修行など、許すわけがなかろう」


 わたくしは唇を噛みました。ええ、この世界はこれが常識で普通です。わかってはおります。

 わかってはいるのですけれど……。


 もしわたくしが男であったなら、まだ学生の身で奥許しをいただいたことを、きっとお父様は手放しで褒めてくださったと思うのです。

 事実、一番目と三番目のお兄様が奥伝を取られたときは、家族だけではありますが、晩餐でお祝いまでしたのですから。


 わたくしはお父様に対して怒るというより、悲しくなってきてしまいました。


「お兄様たちに対してはあれだけ喜ばれたのに……わたくしは叱られるだけで褒めてはいただけないのですね」


 つい恨みがましく申し上げてしまったら、ぐ、とお父様が閉口しました。

 隣のお兄様から「あざとい」と聞こえたような気がいたします。


「……叱っているのではない。心配しているのだよ、サンドラ。女性の身で勇者を目指すなど、茨の道を歩むようなものだ。本当なら私はそなたにそんな苦労はして欲しくない。公爵家の娘として幸せな結婚をして、何一つ不自由なく暮らして欲しい。だが、そなたには力があるという。それならば、せめて辛く危険な武者修行以外の方法でと願うのは親ならば当然ではないか」


 切々と語るお父様の口調からは、わたくしへの溢れるような愛情が感じられます。けれど、けれど、わたくしは……。


「勇者になるためには、武者修行が一番の近道であることはお父様もご存じのはずです。わたくしには時間がないのです。どうか、武者修行に行かせてくださいませ」

「――だめだ」


 冷たい声にひどく傷つけられた気持ちになって、わたくしの唇が震えます。目の奥からこみ上げてくるものを押さえようとして抑えきれず、瞳からぽろりと涙が零れました。


「アレクサンドラ?」

「失礼いたします」


 お父様の慌てたような声がいたしましたが、わたくしはくるりと背を向けて、書斎から飛び出しました。

 自分の部屋に駆け戻って、椅子に置いてある天鵞絨のクッションを抱き締めて涙を吸わせます。


 恥ずかしいわ、泣いてしまうなんて。まるで、自分の思うとおりにならなくて癇癪を起こす我が儘な子供のよう。

 ああ、でも、実際わたくしは我が儘に育っているのかも知れません。


 わたくしは今までお父様に頭ごなしに否定されたことがありません。理由を付けて説明すれば、だいたいのことは受け入れていただけました。

 だから今回だって、勇者を目指すと話せば驚くかも知れないけれど、やがては許していただけると、心の底では期待をしていたのでしょう。


 何より、お兄様たちとの差を思い知らされたのがショックでした。

 世間では女性の地位が低いとは言っても、これまで我が家では大きな差を感じたことはありませんでした。

 馬術を習っても護身術を習っても、女だからと止められたことなどなかったのです。

 むしろ、いつでもお父様はよくやったね、と褒めてくださったのに。


 ――あら?

 もしかしたら、わたくし、お父様に褒めて欲しかったのかしら?

 いやだわ、なんて甘えん坊なんでしょう。

 わたくしは熱くなった頬を両手で押さえました。


「アレクサンドラ、いいかい?」


 コンコンとノックの音がして、ヴィタリー兄様が顔を覗かせます。

 わたくしが頷くと、ドアを大きく開けて入ってきます。お兄様の後ろからは、スサンナがお茶のセットの乗ったワゴンを押して入ってきました。


「迷惑を掛けたわね」


 わたくしはスサンナに声を掛けました。


「でも、スサンナたちに咎が及ぶようなことはないから安心してね。お父様にもきちんとわかっていただいたわ」


 手早くお茶の仕度を調えたスサンナは首を振ります。


「お叱りがあったとしても当然のことでございます。ただ、わたくしたちが嘆いていたのは罰を心配してではございません。アレクサンドラ様の御髪が切られてしまった、ただただそのことが悲しいのでございます」


 お兄様を気にしながらも、スサンナはきっぱりと言い切りました。スサンナのサポートに付いていたメイドもこくこくと頷いています。


「そう……」


 どうにも心苦しくて、わたくしは目を伏せました。

 わたくしの髪は――というより、わたくし自身なのでしょうけれど――思っていたよりいろんな人に大切に想われていたようです。


 髪を切ったこともですが、街の理髪店に行ったこともいけなかったに違いありません。

 わたくしの髪を整えるのは、我が家の侍女たちの仕事です。その仕事を彼女たちは愛し、誇りを持っているのですから。


 髪を切るのも伸ばすのも自由な前世の感覚に、わたくしは少し引きずられていたのかもしれません。

 ショートカットの女性騎士がいるとはいっても、それはごく少数の例外です。貴族の娘であれば髪が長いのが当然という世界の中で、わたくしが仕出かしたことは大層常識に外れた行動だったのでしょう。


 周囲が動揺するのも当然です。

 ただ、今後気をつけます、とか、二度といたしません、とかお約束できないのが辛いところです。

 だって、女性初の勇者を目指すのならば、きっとこの世界の常識とは何度も喧嘩をすることになると思うのです。


 それでも、わたくしを大切に想ってくださる方々を悲しませないように、せめて相談や報告を怠らないようにしましょうと、わたくしは心の中で強く決意いたしました。


 お茶を入れると、スサンナとメイドはわたくしとお兄様の会話を邪魔しないよう、部屋の隅に控えます。

 わたくしはティーカップを持ち上げ、口を付けました。


「……おいしい」


 猫舌のわたくしのために用意された、少しぬるめの紅茶。これもまたスサンナの心遣いです。


「父上がお気の毒なほど動揺されていたよ。君を泣かしてしまったと」

「……お気になさらないでくださるといいのですけど」


 泣き落としのような卑怯な真似で、お父様を説得したくはありません。そのために書斎から一時撤退することを選んだのです。


「いっそのこと、あそこで動揺に付け入るのも手だったと思うけどね。うまく利用しないと、せっかく流した涙がもったいない」

「わたくし、そういうのは嫌いです」


 お兄様ったら、なんてことを言うのでしょう。わたくしは、つんと顎を逸らしました。


「嫌いだとしても、やらなければならないこともあるさ。サンドラ、君が本気で勇者を目指すなら、実力以外にも障害は多い。自分の持つありとあらゆる力を使ってもぎ取るぐらいの覚悟がなければ、君の夢は単なる夢で終わってしまうだろうよ」


 まるで先ほどの考えを読まれたようで、わたくしは小さく息を呑みました。

 これから先、わたくしが困難な道を歩むことを、お兄様もわかっていらっしゃるのです。その上でわたくしにおっしゃっている。


 もっとしたたかになれ、と。


 わたくしは居住まいを正し、ヴィタリー兄様に向けて強く頷きました。お兄様のお顔に笑みが浮かびます。

 社交界で女性たちを魅了しているという、華やかできらきらしい笑顔ですが、妹のわたくしからするとちょっと胡散臭い感じがいたします。


「とりあえず、最初の障害は父上だ。さっきの君の攻撃がすでに効いてるから、畳み掛けるなら今がチャンスだね」

「攻撃って」


 失礼な。


「涙以外にも、『褒めていただけないのですか』なんて充分あざとかったよ?」

「わたくし、そんなつもりではありませんでしたわ」

「無意識だから余計始末が悪いんだよなあ……ま、それはともかく」


 紅茶を一口飲んだお兄様が真面目な顔になりました。


「応援するって約束したからね。父上から武者修行のお許しが出るよう、僕も協力してあげる。その代わり、何かあったら必ず僕に相談すること。いいね」

「……はい」


 どうやらヴィタリー兄様はわたくしに釘を刺しに来られたようです。

 わたくしはすっかり信用を失ってしまったのですね。それも仕方ありませんが。


「どちらにしろ一週間は謹慎ですし、その間にお父様のお許しが出るよう、説得の方法を考えますわ」

「その調子その調子。ところで、カバンにかけた防御魔法の護符、ちょっと見せてもらってもいい?」

「ええ、よろしいですわよ」


 わたくしが何か言うより早く、スサンナがカバンを持ってきてくれました。

 レティキュールを出そうとしたときに、薄紫のワンピースが目に入ります。あの古着屋でお兄様が買ってくださったのです。


「あの、お兄様。この服、ありがとうございました」


 買っていただいたときにも言いましたが、改めてお礼をいたします。


「愛する妹のためだ。服の一着や二着、いくらだって買ってあげる。古着というのはちょっと不本意だけどね。――そうだ。ちょっと着てごらんよ」


 なんて素敵なお申し出でしょう!

 わたくしは一も二もなく頷きました。


 レティキュールから護符を引っ張り出し、それをお兄様がご覧になっている間に、わたくしはワンピースに着替えることにいたしました。

 スサンナが手伝おうとしたのですが、練習してみたいとお願いして、ひとりで着てみます。


「いかがですか?」


 目隠しにしていた衝立から出て、ヴィタリー兄様によく見えるよう、両手を広げました。


「うん、いいね。君の瞳の色とも合っているし、髪とのバランスもいい。むしろ、ショートカットの君のためにあるような服だ」

「ありがとうございます」


 手放しの褒め言葉がくすぐったくて、わたくしは頬を緩めました。

 お買い物も楽しいですけれど、買ってきたものをこんな風に着て披露するのも心浮き立つものですね。


「ひとりでもちゃんと着られるようだね。いつの間に練習したんだい?」

「仕組みが簡単なのですもの。見ればなんとなくわかりますわ。コルセットもありませんし」


 本当は前世の記憶のおかげですが、そこは秘密です。

 もっとも背中の小さなボタンには少々手こずりました。この世界の服にはファスナーがないのが少し不便ですね。


 その後、調子に乗ったわたくしは買ってきたシャツやズボン、マントなども着てみたり、短剣を身につけてみたりと、心ゆくまでファッションショーを楽しみました。

 お付き合いいただいたお兄様が、最後の方はちょっと目が死んでいた気もしますけど、些事ですわ。ほほほ。

読んでいただいてありがとうございました。

次回は水曜日夜に投稿いたします。


もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。

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