13.斬新で軽やか! クールにしてキュート!!
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ヴィタリー兄様と楽しくショッピングを終えて――いろいろ買い込みすぎてもう一つカバンが必要になりました――上機嫌で屋敷に帰ったわたくしでしたが、玄関ホールで出迎えた使用人たちは一様に悲愴な表情をしておりました。
いえ、悲嘆に暮れている……といった方が正しいでしょうか。年若いメイドなどは涙を流している者もおります。
初めてのお買い物で高揚していた気分が一気に萎むのを感じます。
「ただいま戻りました。え、と……」
わたくしが戸惑っていると執事のオイゲンが進み出て、無表情に「旦那様がお待ちです」と告げました。
「まあ、予定より早いのではなくて?」
「君の髪のことは父上にも報告したからね。娘の一大事だ。早く帰ってきたんだろう」
ヴィタリー兄様が苦笑します。一大事って、たかが髪ぐらいで。
「騒ぎすぎではないでしょうか……」
「父上がどう判断されるかはわからないね。最悪の場合護衛は解雇、オイゲンや侍女たちも責任を問われる可能性もないわけではない」
「スサンナたちまで!? なぜですか」
「君はもう少し、公爵家の娘という自分の立場を考えなくてはいけないよ。彼らは僕たちが安全に快適に暮らしていけるよう、生活を整えるのが仕事だ。大げさに言えば髪一筋も傷つけないよう気を配ることが求められる。その理屈ならば、護衛はいうまでもないが、侍女も本来君を一人で行動させてはいけなかった。オイゲンは監督責任だね」
「そんな……だって、わたくしが望んで」
わたくしの発言を遮るように、ヴィタリー兄様が言葉を被せてきます。
「無論、今回のことは僕が言い出したんだから、責任は僕にある。屋敷の者には累が及ばないようにするつもりだ。父上も理不尽な方ではないから、厳しい罰を与えたりはなさらないだろう」
「ヴィタリー兄様のせいでもありませんわ。賭を持ち出したのはわたくしですもの」
「いくら君でも、僕の可愛い妹に罪を被せるのは見過ごせないな。公爵家のどら息子のせいに決まってるだろう! 軽率に賭けにのって、不必要な条件をつけてしまったのだからね」
まったくもって頭が痛い、と少し芝居がかった口調でお兄様が肩を竦めます。
「まあ、潔く怒られるさ。――父上は書斎かな?」
「はい」
オイゲンが聞くまでもなく、ヴィタリー兄様にはわかっていたのでしょう。返事を待たずにお父様の書斎がある二階へと進んでいきます。
わたくしも防御魔法を解除したカバンをスサンナに預けて、お兄様の後を追いました。
「失礼します」
「ヴィタリー……」
先に書斎に入ったお兄様を見て、口を開きかけたお父様が絶句しました。後ろにいたわたくしが目に入ったせいです。
お父様は驚愕に目を見開いて、しばらく声も出ないご様子でしたが、やがて力なく首を振ると呻くように声を出しました。
「なんという……」
「いかがですか、父上、我が妹のイメージチェンジは。とてもよく似合っていると思うのですか」
お兄様!?
大人しく謝ろうとしていたわたくしは、軽い口調で切り出したヴィタリー兄様に驚いてしまいました。
正直なところ、わたくしは髪を切ったこと自体を悪いとはいまだに感じられません。
でも、わたくしが髪を切ったことで悲しむ人がいて、誰かに咎が及んでしまうと言うのなら、その点は申し訳ないと素直に思っています。
お父様が大層ショックを受けているのは、見ればわかりますから、ご心労を与えたことだけでも謝罪しようと思ったのですが……。
「斬新で軽やか! クールにしてキュート!! 昨今、女性の自由の象徴として注目を集めているショートヘア、そのスタイルをいち早く取り入れ、ニューモードの牽引役とならんとしたアレクサンドラの行動は、まさに公爵家の娘として相応しいと言えるでしょう」
お兄様はわたくしに口を挟む隙を与えず、調子のいい言葉を並べ立てます。
書斎の椅子に座り、こちらを見るお父様の額に深い皺が刻まれていくのも見えていないようです。
「また、アレクサンドラは女性の身でありながら、勇者を目指して困難な道を歩む決意をいたしました。この髪は、その表れでもあります。我が国初の女勇者となるであろう彼女に、新時代の女性の髪型であるこのショートヘアはぴったりではありませんか」
芝居の口上のように、仰々しい口調とお辞儀をしたヴィタリー兄様でしたが、次に顔を上げたときには軽薄な様子は消え、その相貌にはごく真剣な色が現れていました。
「……と、まあ、そんな理屈でいかがでしょう」
「…………」
「鬘を作ることも考えたんですが、どうしても不自然になりますし、バレたときに余計面倒なことになりそうですからね」
「………………いいだろう」
長い沈黙の後にお父様が深く深く息を吐きました。
えーと……つまり、わたくしが髪を切ったのは新スタイルを取り入れようとした&勇者を目指す決意のためだった、という話にしますよ、とお兄様はおっしゃっている、の、ですよ、ね……?
確かに職業婦人のショートヘアに憧れてはおりましたし、武者修行に向けてちょうどいいと思っておりましたが、それが目的だった言われると大分違う気がいたします。
でも、そういうことにしなければいけない……?
回答を求めて隣のお兄様を見あげると、しょうがないなといった眼差しで苦笑いされてしまいました。
「物は言い様ってね。公爵令嬢が『金のために髪を切った』なんて、いい醜聞になりそうだろう? 事実なんか関係なしに面白おかしく騒ぎ立てたい奴はどこにでもいるし、公爵家の足を引っ張れるなら根も葉もなくても花を咲かせようと考えるバカも少なくはない。だから、先手を打ってそれらしい花を作っておくのさ」
そういうことでしたのね……。
わたくしとお兄様の賭やいろいろな事情を知らなければ、ただ金ほしさに髪を切ったと言われても仕方ありません。
いえ、一面では事実なのですが、それだけを聞くとかなり外聞が悪いのは理解できます。そこに例えば公爵家が資金難だとかわたくしが金遣いが荒いとか、嘘を交えて醜聞を作り上げられたら……!
わたくしはまだデビュー前ですが、そうやってスキャンダルをばらまかれて、社交界で立場を失った方々もいるということは耳にしております。
社交界は女の戦いの場です。決して隙を見せないよう足を掬われないよう気をつけなければならないと学院でも教わっておりましたのに、そちらへの配慮が完全に抜けておりました。
わたくしは自分の短くなった髪を右手でつまみました。たかが髪を短くしたぐらいで、と思っていましたが、わたくしの行動はかなり考えなしだったようです。
「勝手をして申し訳ありませんでした」
わたくしは今度こそ、心から深く頭を下げました。
その頭上に、諦めが入り混じりながらも、柔らかで温かな声が降ってきます。
「まあいい。よく似合っているのも確かだ」
「甘っ」
ヴィタリー兄様が口の中で小さく呟いた声は、隣にいたわたくしがかろうじて耳に入る程度でしたのに、お父様にもしっかり届いてしまったようです。
お父様に睨み付けられて、ヴィタリー兄様が首を竦めました。宝石にも例えられる美しい碧眼が、今は何だか氷のようです。
「それはそれとして、だ。私はまだ簡単な報告しか受けていないのだがね。ヴィタリー、アレクサンドラ。どうしてこんなことになったのか、くわしく、きっちりと、細部まで説明してもらおうか」
低い低いお父様のお声に、身も凍るような心地がいたしました。
読んでいただいてありがとうございました。
次回は土曜日夜に投稿いたします。
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