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12.そっちじゃない

反応ありがとうございます!

嬉しいです。

「ヴィタリー兄様、どうなさったのですか?」


 あまりの顔色の悪さに、わたくしは兄に駆け寄りました。お兄様はわたくしから視線を外し、片手で顔を覆います。


「どうしたの、って、まったく……。表情を変えもしないで。君の護衛の一人から、とんでもない報告を受けて慌てて駆けつけてみれば、我が家のお姫様は楽しそうに買い食いをして、ひったくりもなんなく撃退してるとくる」

「まあ、お恥ずかしいところを……怒ってらっしゃるの?」


 褒められてもよいことだと思うのですが、ちょっと心外です。あ、食べ歩きはあまりにもはしたなかったでしょうか。大伯母様に見られたら叱られそうだなとは思っていたのです。

 ちゃんとベンチに座っていただくべきだったかも。


「そっちじゃない」


 わたくしがまったく理解できずにいると、お兄様はわたくしに向き直り、短くなった髪に触れました。


「君の髪だよ。実際に目にすると衝撃でね」

「似合いますか? 軽くなってとても気分がいいんですよ」


 わたくしはヴィタリー兄様の前でくるりと一回転いたしました。短くなった髪が広がり、ぱさりと落ちて頬を叩きます。


「……どうしてこんなことをしたんだい?」

「お買い物をするのに、わたくし、手持ちがございませんでしたの」

「だったら僕に言えばいいだろう」

「だって、ヴィタリー兄様は公爵家の力を使ってはいけないとおっしゃいましたわ。それに、誰かに相談してはいけないと」

「なるほど……それでか」


 お兄様は天を仰いで、何かを呟きました。自業自得、と聞こえたような気がいたします。


「わたくし、自分の力でお金を得るにはどうしたらいいのか考えて、こうしたのですけど……いけませんでしたか?」

「……いや、僕がそういう条件を付けたんだ。父上には一緒に怒られよう」

「怒られてしまうでしょうか……」

「どうだろうね。悲しまれるとは思うけれど。君の髪は母上譲りで、父上も大層お気に入りだったから」

「あ……」


 亡きお母様のことを持ち出されると、罪悪感を覚えます。お父様がどれだけお母様を大切になさっていたか、亡くなられたときどれほど嘆かれたか知っておりますから。


「あ、あの、わたくし、切った髪を一房持っているのです。これをお渡ししたら少しはお慰みになるでしょうか」


 わたくしはレティキュールから、イオアンからもらった髪の束を取り出しました。


「やめなさい、縁起でもない」

「そ、そうですわね」


 髪が形見の品にもなり得ることを思い出して、わたくしは小袋をしまいました。


「それに髪は商人から買い戻したよ」

「ええっ?」

「君の髪が、どこかの禿げオヤジの頭に乗っかるなんて許せると思う?」


 売られた髪は基本的には鬘として利用されるのだそうです。わたくしとしては、切った後のことはどうでもよかったのですが、お兄様はお嫌だったようですね。


「君がこんなに行動的だとは思わなかったな。髪が売れるとどうして知っていたんだい?」

「お話で読みましたの。物語の中のことですから、現実でもそいう商売があるかどうか確信はありませんでしたけど……あってようございましたわ」

「もしもなかった場合はどうする気だったのかな?」

「装身具を売ろうかと」

「そちらの方がよかったなあ……」


 お兄様は肩を落として呟きます。わたくしの髪ごときが、そんなにショックなのでしょうか。ちょっと不思議です。


「お兄様はなぜこちらへ?」

「護衛のひとりから急ぎの知らせを受けてね。君は彼らを撒いたそうじゃないか」

「わたくし、そんなことはしておりませんわ」

「そのすきに髪を切られてしまったと、申し訳なさそうにしていたよ。可哀想に」


 ……もしかして、髪の毛を買い取ってくれる理髪店を探して、あちこち歩き回っていた時でしょうか。

 けっして撒く意図はなかったのですが、結果的にそうなってしまったのかも知れません。

 わたくしの表情から思い当たる節があったことを見抜いたのでしょう。ヴィタリー兄様はわざとらしく溜息をついて、わたくしの頭をすこし乱暴に撫で回しました。


「馬車を使わずさっさと家を出るし、護衛は撒くし、いつの間にか買い物のやり方を身につけているし……まったく、なんという子だ」


 お買い物ができたのは前世の知識のおかげなのですが、わたくしは曖昧に笑って誤魔化します。


「僕が思っていたより、君はずっとたくましかったようだ。それに、制御の効かない暴れ馬でもあった」

「まあ、ヴィタリーお兄様ったら、ひどい!」


 頬を膨らませ、睨み付けるわたくしに、お兄様が笑いかけます。


「君の覚悟を思い知らされたよ。……認めよう。君ならきっと、武者修行もこなせるだろう」

「お兄様!」


 わたしくは喜びのあまり、お兄様に抱きついてしまいました。でもすぐに、大切なことに気がつきます。


「いいのですか? わたくし、まだお買い物をすませておりませんのよ?」

「そのカバンは?」

「これだけは先に買ったのですけど、残りは当たりをつけただけで……」

「じゃあ、一緒に回ろうか。君がちゃんと買い物できるかどうか、見ていてあげる」

「ありがとうございます!」


 わたくしの声が弾みます。お兄様とお買い物なんて初めてです!


「なかなかいいカバンを買ったね」


 並んで歩くお兄様が、わたくしのカバンを褒めてくださいます。


「本当は背負う形の物が欲しかったのですけれど、見当たらなくて……でも、こちらも丈夫ですし持ち運びやすいんですのよ」

「背負うタイプ……背負子のことかい? 衛生兵が使っているけど、あれは動きづらいからおすすめしないなあ」

「そうではありませんの。例えば、このカバンのこことここに肩掛けをつけて、そのまま背負えるような……」


 わたくしは肩から提げていたカバンを持ち上げて、本体部分に紐をあてがって説明いたします。


「へえ?」

「わたくし、力があまりありませんでしょう? 肩から提げるより、こうして背負う方がたくさんの荷物が持てると思うのです。肩掛けベルトは幅の広い、クッション性のあるものにしたら負担が減ります。それにカバンにポケットをつけたら、とても便利ですわ」

「ふーん、確かにいいかもしれないね」


 わたくしのカバンを見つめていたお兄様は、思いのほか真剣な表情で頷いてくださいました。


「具体的なイメージがあるようだし、うちの工房で作ってもらえば?」


 お兄様の言う“うちの工房”とは、我が公爵家お抱えのダウム工房で、オーダーメイドの革製品を主に扱っております。お抱えといいつつ、最近では王室からのオーダーも承っているようです。


「よろしいんですの?」

「なかなか面白いアイディアだからね。使いやすかったら、騎士団でも欲しがるヤツがいるかもしれない」

「ありがとうございます、ヴィタリーお兄様」


 この世界は魔法はございますが、前世の小説で読んだような、無限にアイテムが入る便利な収納袋などはありません。だからこそ、大荷物になっても持ち運びしやすいカバンは重宝されるのです。

 といっても、あちらの世界でも無限収納アイテムは空想上の産物ではございましたが……。


 あ、空気を抜いて洋服や布団の容量を減らす袋などはありましたから、ああいうものを作れないでしょうか。ビニールがないと難しいかしら。でも、風の魔術を応用すれば……。

 わたくしが考えに沈んでいると、バチッとまた何かが弾けるような音がいたしました。


「つっ」

「ヴィタリー兄様、何をやっていらっしゃいますの?」


 どうやら、わたくしのカバンに触れたお兄様が防御魔術に引っかかったようです。ヴィタリー兄様は、おーいて、と呟きながら右手を振っています。


「いやー、びりっと痺れたね。これが、ひったくりを撃退した防御魔術か。どういう仕組みなんだい?」

「静電気……え、と、雷魔術の応用なのですが、わたくし以外の人間が勝手に触れると、小さな雷が発生するようにしております」

「雷? そりゃまた物騒な……」

「ごくごく小さなものですのよ。お兄様ももう痛みは引いてらっしゃるでしよう? わたくしがスリやひったくりに気づいて、身構えるための時間を稼げればいいのです」

「……僕は魔術にはあまり詳しくないけど、それにしても、あまり聞いたことのない使い方だね。そういうの、学院で習うの?」

「いえ……」


 この世界では魔術は攻撃のため、あるいは身を守るために使われることが多く、より高い威力を求められることがほとんどです。


「わたくしが自分で考えました」


 なるほど、ね……と、ヴィタリーお兄様が呟きます。その声にはどこか諦念のようなものが滲み出ていました。


「月の塔の導師たちが騒ぐわけだなあ」

「え?」


 小さな声がよく聞き取れなくてお兄様を振り仰ぎましたが、なんでもない、と首を振られてしまいました。


「うちのお姫様は、本当に勇者になれるかもしれないってこと」

「まあ……」


 真実、そうなれればいいのですが。いいえ、きっとなってみまますわ。そして魔族からこの国を守って見せます。


「なれるように頑張りますわ。お兄様も応援してくださいましね」


 わたくしが拳を握ると、お兄様は仕方ないなあと眉を下げながら、それでも笑って頷いてくださいました。

読んでいただいてありがとうございます。

次回は水曜日夜に投稿いたします。


もし面白いと思われたら、評価などいただけましたら嬉しく思います。

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