1.何故、わたくしは断罪されているのでしょう
わたくしが前世――異世界『日本』での記憶を思い出したのは十五歳、あと一年と少しで王立学院を卒業するという時のことでした。
同時にわたくしは、わたくしたちの現在が異世界でゲームという物語になって語られていることを知りました。
そのゲームで、残念ながら、わたくしはヒロインではなく、ヒロインのライバルとしての立ち位置を与えられておりました。
けれど、ヒロインに意地悪するようなことはなく、正々堂々と勝負を挑む気高い令嬢として描かれておりましたので、前世でわたくしが好んで読んでいたような断罪される悪役令嬢ではなかったのです。
ええ、現実のわたくしだって虐めなんか絶対にいたしませんわ!
――なのに。
「アレクサンドラ・オルテンブルク! アッカーマン男爵令嬢に対する所業、もはや許しがたい!」
何故今、わたくしは断罪されているのでしょう?
わたくしの前には怒れる三人の男性、その隣には小さく震える可憐な少女。
場所が放課後の生徒会室と少し地味ですが、まるで前世で読んだ悪役令嬢の断罪シーンそのものです。
男性陣のまん中にいるのは生徒会長にしてこのロランクール王国の第二王子クリストフ様、その右隣には書記のハノーヴァー伯爵令息エアハルト様、左には会計のコーブルク侯爵令息ヴィルヘルム様が並びます。
わたくしは副会長ですので、生徒会主要メンバー勢ぞろいですわね。
そして、この場にはもうひとり、メンバーでない方もいます。
ヴィルヘルム様の隣で小鳥のように震えていらっしゃるミラベル様です。ご商売で成功されたアッカーマン男爵家のご令嬢で、癖のあるストロベリーのような甘いブロンドに深い海のような青い瞳、今は青ざめていますが、普段はバラ色の頬をしたとても可愛らしい方。
彼女こそが、前世にプレイしたゲームのヒロインなのです。そして、この場にいらっしゃる生徒会の皆さまはゲームの攻略対象、ということになります。
ゲームではわたくしとミラベル様は切磋琢磨し合うライバルであり、やがて身分差を超えて友情を育んでいくことになるのですが、現実ではそこまで親しい関係ではありませんでした。クラスも違いますし、わたくしが記憶を取りもどすまでは、親しく言葉を交わしたことがあるかどうかさえあやしい希薄な関係です。
けれど、記憶を取りもどして以後の二ヶ月は、それなりに親しくしてきたつもりでいました。もちろん意地悪などは一切いたしておりません。
それなのに、彼女の瞳には怯えが浮かんでいて、わたくしは少なからずショックを受けました。
彼女にとって、わたくしは悪役令嬢であったのでしょうか。共に学び、お付き合いを続けてきた中で、わたくしを断罪したいほどの憤りを感じていたのでしょうか。
……いえ、まずは落ち着きましょう。わたくしには心当たりはないのです、理由を聞かねば対処もできません。
「所業、とはいかなるものでございましょうか」
動揺を隠そうと広げた扇子越しに投げた声音は、少し固すぎたかも知れません。クリストフ様の琥珀の瞳が怒りに燃え上がります。
「とぼける気か! 彼女に授業で与えられる以上の課題を押しつけたり、剣術の稽古や魔術の勉強を強要しただろう!」
「こちらに見覚えがあるのでは?」
エアハルト様がわたくしに一枚の紙を突き出します。
「あなたがアッカーマン嬢に渡したスケジュールです。放課後どころか休日もすべて潰し、睡眠時間さえ削るような過酷な鍛錬を課していますね?」
「ええ、それが何か?」
いまだに糾弾の理由がわからず、わたくしは首を傾げました。だって、そうしなければ間に合わないのですから、仕方がありません。
ゲームは、本来入学から卒業までの三年間のお話です。ヒロインは三年間でさまざまなことを勉強し、同時に攻略相手と交流を深め、卒業後はお相手と彼女の能力に見合った結末を迎えることになります。
例えばクリストフ様と身分違いの恋を成就させるなら、どの能力も平均的に高くなければなりませんし、特に容貌と社交に力を入れておかねば将来の評価が悪くなり、離婚などという結末を迎えることもあります。
そして――これが一番重要な点ですが――ゲームには攻略キャラとの個別イベントの他に、どのキャラとのルートを通ってもかならず起きるストリーイベントというものがございました。それは、ヒロインのその時点の能力によってルートが判別され、自動的に発生します。
なんと、ヒロインの能力があまりに低すぎる場合、バッドルートばかりを通ることになり、ゲームが終了して二年後にこの国は魔族に襲われ、滅亡してしまうのです。
そんな恐ろしいゲームの記憶をわたくしが思い出したのは、入学してすでに二年近く過ぎてからのことです。あわててヒロインであるミラベル様の成績を調べましたら、あまりに足りず……。
いえ、男爵令嬢としては平均的なものであるのでしょう。社交や礼儀作法などはかなり頑張っていらっしゃると思います。それに家政では優秀者に選ばれておりますし、素晴らしい刺繍の作品を作られています。
けれど、剣術や魔術などはそもそも授業を取っていらっしゃいませんし、座学も得意なものと不得意なもので極端な差があるようです。
魔族との戦いに勝利を収め、ベストエンディングを迎えるためには、勇者にならなければならないというのに。……まあ、実はそれ以外の職業に就いても滅亡しなくて済むルートがあったりいたしますが、最良の未来を目指さねばこの世に生を受けた甲斐がないではありませんか。
ストーリーイベントでも重要なものは最後の一年に集中しております。今ならまだ間に合うのです。
ミラベル様にはぜひとも心身共に鍛え、救国の勇者となっていただかなければ。ゲームのヒロインたる彼女には、それだけの能力が秘められているのですから!
「下位貴族が上位の者に逆らえないのをいいことに、無理難題を押しつけることが許されると思うのか!」
「無理ではございません! ミラベル様は才能のある方。事実、ミラベル様はこの二ヶ月で見違えるほどに上達なさいました。剣術・魔術共に先生から武者修行に出てもよいとのお許しまでいただいております」
「えっ」
クリストフ様、エアハルト様、ヴィルヘレム様が驚いてミラベル様をご覧になります。それはそうでしょう。武者修行に出るためには、剣術か魔術、どちらかの奥伝を取らねばなりません。
奥伝は奥許しとも言われ、師から奥義を修めることを許されたことの証。王立学院で剣術や魔術コースを選び、三年間鍛えても、十人に一人が取れるか取れないかという伝位なのです。
三人から見つめられ、ミラベル様は恥ずかしそうに小さく頷きました。彼女は色白で小さくて華奢で……何と言いますが、とても庇護欲をそそる感じの方です。そんな方が武者修行に出られるまでの実力があるというのですから、殿下方が驚愕されるのも当然です。
正直に申し上げると、わたくしも当初は危惧しておりました。勇者とはすわなち戦う者。ミラベル様が魔族を倒せるほどの強者となれるのかと。
けれど、もともと動き回る遊びがお好きだったとのことで、ミラベル様は教官の教えをたちまちのうちに吸収し、たった二ヶ月で奥伝まで許されたのです。それも剣術と魔術、ふたつとも。
なんという才能!
やはり彼女は勇者となるために生まれた存在であったのです。