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校内放送のスイッチを切り忘れて、つい公開告白してしまった……

作者: 墨江夢

 俺の通う高校では、昼休みにランチ放送というものが流れる。

 主な内容は生徒からのお便りを読み上げ、それについて放送部の部員がなんらかのコメントをするというものだ。


 お便りの内容は勉学への不安から恋愛相談まで、ありとあらゆるものがある。どんなお便りにも真摯に向き合いコメントをするこのランチ放送は、生徒たちから絶大な人気を誇っていた。


 この日のランチ放送のメインパーソナリティは、俺・上谷丈二(かみやじょうじ)。今日もいつも通り、届いたお便りを一つ一つ丁寧に読み上げていく。


『最初のお便りは、こちら。ハンドルネーム、未成人君主さん。「僕は現代文が苦手です。だけど大学では史学を学びたいので、文系の道に進みたいと考えています。先生からは、理系科目の方が点数が良いんだから理系に行くべきだと勧められているんですが……果たしてどちらに進むのが、正解なのでしょうか?」。……文理選択を控えているってことは、未成人君主さんは今二年生なのかな? 好きな道と得意な道、どちらに進むべきなのかは、大いに悩みますよね。どちらが正解なのかは正直わかりませんが、一つだけアドバイス。後悔しない為には、現代文を頑張りなさい。努力して現代文の点数を上げていけば、おのずと選択肢も限られてくると思います』


 未成人君主さん、心から応援しています。


『続いてのお便りは、ハンドルネーム、逆立ちしたカバさん。つまりはただのバカですね。えーと、今度のお便りは恋愛相談ですね。何々…………』


 こんな感じでこの日のランチ放送も順調に進んでいく。

 昼休みも残り10分となったところで、最後のお便りの紹介を終えた。

 

 午後も頑張るぞと意気込みながら、片付けを始めた時……事件はこの放送室で起きた。


 機材を片しながら、俺は独り言を呟く。


『はーあ。生徒たちの悩み相談を受けるのは悪い気がしないけど、たまには悩みを聞くだけじゃなくて、誰かに吐き出したくもなるよなあ。……学園のアイドルの加賀美のことが好きだなんて、誰にも相談出来ないけど』


 校内で文句なく一番可愛い女子生徒・加賀美茉莉(かがみまつり)。分不相応な彼女への恋心こそ、俺の悩みの種だった。


 加賀美は顔が良いだけじゃない。成績も良くて、人当たりも良い。休み時間の加賀美の席には、男女限らずクラスメイトたちが群がっている。


 そんな加賀美だから、当然男子たちからも人気があって。この前も野球部のエースが告白して、玉砕したって聞いたな。どんだけ高嶺の花なんだよ。


 そんな加賀美に対して、俺は特別カッコ良いわけでもなく、成績も中の上くらいの地味な男子。彼女と釣り合う筈がない。

 だからこの恋心は、誰にも打ち明けるべきじゃないんだ。勿論、加賀美本人にも。

 でも――


『誰もいないところでだったら、少しくらい本音を叫んでも良いよな? ……加賀美、大好きだぁ! 世界で一番愛してる!』


 放送室は、その性質上完璧な防音設備が備わっている。俺の吐露が、外に漏れることはないだろう。


 溜め込んでいた恋心を思いっきり吐き出して、胸の内をスッキリさせた俺は、放送室をあとにした。全校放送のスイッチが入ったままになっているとは、夢にも思わずに……。





 午後の授業も滞りなく終わり、放課後がやって来た。

 急な科目変更があったり、抜き打ちの小テストがあったとか、授業自体には特筆すべき出来事はなかった。

 いつもと変わらない、普通の授業。だというのに、午後の2時間はどうにも落ち着かなかった。なぜなら……


 ――チラッチラッ。


 クラスメイトたちが、どういうわけか頻りに俺を見ているのだ。

 口元にご飯粒でも付いているのかな? そう思ってこっそりスマホの内カメラ機能を使って確認してみるも、ご飯粒なんて付いていなかった。


 視線を向けられていると、こちらも見返したくなるのが人間の性であって、後方の席からグルリと教室の中を見回していると、ふと加賀美と目が合った。


 最初は気のせいかと思った。俺が加賀美のことを好きだから、そう勘違いしてしまっただけなのだと思った。

 だけど、目が合うなり逃げるように視線を逸らした加賀美を見ると、気のせいではなかったんじゃないかと思えてくる。……明らかに、俺のことを意識していたよな?


 午後の授業中ずっと感じていた違和感は、放課後になっても続く。

 廊下に出ると、他クラスの生徒からも凝視され、昇降口に向かうと先輩後輩からも指を差されてヒソヒソ話をされる。

 中には俺を見るなり「チッ」と舌打ちをしてくる男子生徒もいた。……え? 怖いんですけど。

 

 胸にモヤモヤを残しながらも、放課後の学校に残っている理由もないので、下校しようとすると、校門のところで加賀美が立っていた。


 遠くから眺めても、加賀美は可愛いな。友達でも待っているんだろうか?


 加賀美と俺は、ただのクラスメイト。ぶっちゃけ「さようなら」の挨拶をするような仲ですらない。

 だから彼女を一瞬横目で見るだけにして、話しかけることもせず校門通り過ぎようとした。その時、


「上谷くん」


 驚くことに、加賀美の方から声をかけてくれたのだ。

 名前を呼ばれただけで、俺の鼓動は速くなる。


「どっ、どうしたんだ、加賀美? 友達を待っているのか?」

「ううん。上谷くんを待っていたの」


 俺を待っていた? 一体どうして?


「上谷くんの気持ち、とても嬉しかった。私もあんな風に伝えられるのは初めてだったから、正直自分でも驚くくらいドキドキしちゃってるんだ」

「……うん?」


 どうしよう。加賀美が何の話をしているのか、さっぱりわからない。

 今日一日どころか、俺は入学以来数える程しか加賀美と会話していない。それも全部「先生が呼んでいたよ」みたいな業務連絡だ。

 伝言を聞いただけで、ドキドキすることなんてあるのだろうか?


「だから、一晩じっくり考えるから! 精一杯悩むから! 返事は明日まで、待ってくれるかな?」

「……あぁ。別に構わないよ」


 反射的に答えてしまったけど……返事って、何に対する返事なのだろうか?

 結局その日のうちにモヤモヤが晴れることはなかった。





 翌日の昼休み。今日のランチ放送の担当も、俺だった。


 いつも通り届いたお便りを読み上げて、一通一通に丁寧にコメントしていく。

 そして、あっという間に昼休みも残り10分となった。


『では、本日最後のお便りです。ハンドルネームは……書いていませんね。まぁ、取り敢えず文面を読み上げてみましょう。「私はこの前、ある男の子に告白されました。告白自体は何度もされたことがあるけれど、全校生徒に聞こえるように告白されるのは初めての経験で、彼の男らしさに正直クラっときちゃいました。嬉しかったです」。……全校生徒に聞こえるように公開告白するなんて、その男子生徒は大胆なことをしますね。そんなことされたら、そりゃあ心も動いちゃいますよね』


 女の子って、やっぱりこういう男らしさに惚れるんだなぁ。俺も加賀美に公開告白したら、何かが変わるだろうか?

 そんなことを考えいると、もう一枚紙があることに気がつく。


『ん? このお便り、続きがあるな。……「だから今度は私の方から伝えます。付き合って下さい……上谷くん! 加賀美茉莉より」って、え?』


 思わず声が漏れる。

 

 自分が知らないうちに公開告白していたこととか、自分の加賀美への想いが全校生徒に知られていたこととか、気になることはいくつもあるけれど。それ以上に……加賀美が俺に交際を申し込んだという事実が、俺の頭の中を埋め尽くした。


 加賀美が、俺のことを好き? あの学校のアイドルの加賀美が?

 そんなの……信じられない。このお便りだって、誰かの悪戯なんじゃないのか?


 しかし俺の予想は、良い意味ではずれる。

 トントントンと、放送室のドアがノックされる。

 まさかなと思いドアを開くと……そこには加賀美が立っていた。


『加賀美……』

『私のお便り、きちんと読んでくれたんだね。一応言っておくけど、そこに書かれていることは嘘じゃないから』


 全校放送されているのをお構いなしで、加賀美は続ける。

 それでも恥ずかしさは否めないのだろう。加賀美の顔は、真っ赤になっていた。


『それで、上谷くん。告白の返事、聞いても良いかな?』

『……返事なんて、する必要あるか? 俺の気持ちは、もう伝えただろ?』

『不本意な形で、だよね? 上谷くんの気持ちを、上谷くんの意思と言葉で聞きたいな』


 答えはわかりきっている。だから今更の告白なんて、無駄以外の何ものでもない。なんて、そういうことじゃないんだろうな。

 少なくとも、今ここで自分の気持ちを言葉にしないなんて、男らしくない。それだけははっきりしていた。


『わかった。もう一度、俺の気持ちを伝える。今度は俺の意思で、俺の言葉で。でも、その前に――』


 俺は全校放送のスイッチをオフにする。

 加賀美に伝える「好き」の二文字は、二人だけの思い出にしておきたかった。

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