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行燈の灯りの下で

陽皇国(ようこうこく)


 凡そ、人に見えざる存在が、この国には在る。

 

 神と呼ばれる、それらの存在は、信仰により明確化されていたが、不可視の存在とされ、存在を明かす事は不可侵領域とされていた。不可視だが、誰もがその存在を知っている。それ程までに神とは尊大で偉大なのだと言う。

 干渉が許された存在として、代表とされるのが神子(みこ)として生まれた者だ。

 人の胎を介して生まれるそれは文字通り、神の子だ。神の色とされる白銀の髪色を持ち、夢見の力を持ってして神との対話を許される。そして、夢より伝えられた言葉を世に知らしめるのが、彼女達の役目とされた。声を聞き、その姿を認識し、相見える事が出来る存在として、皇帝と同格の権威を与えられるのだ。

 

 信仰の対象とされるのは不可視の存在だけだったが、可視出来る神もまた存在した。不可視の存在を主神とするならば、可視出来る存在は、神の眷属神とされる。人にも神にも近い存在とされ、神に直接力を賜った神の代理人として人を導いていた。

 神子と眷属神は、似て非なる物だ。神子は後世に血を残せないが、眷属神達は神子とは違い、子を残し自身の一族を持った。一族の多くは眷属神に与えられた不死を受け継ぎ、眷属神の力の象徴として、姓を名乗った。権力、武力、知性、全てにおいて、只人とは違い優れたる存在と国中に示したのだ。


――


 行燈(あんどん)の灯で、橙色に染まった部屋の中、(きょう)悠李(ゆうり)は、婚約者である(きょう)蚩尤(しゆう)の向かいに座り、自分の常識から、かけ離れた話に首を傾げた。

 本来なら、恋人として過ごす時間ではあったが、どちらも真剣な顔つきだ。歳が離れているのもあり、恋人と言うよりは師弟関係の様にも見える。実際、悠李は異国から来た異邦人である為、教わる事が多く、歩く辞書と言える程に知識を溜め込んだ蚩尤は講師として、うってつけでもあった。


「……姜家が、その不死の一族だと?」

「後は、風家(ふうけ)が、それに当たるな」


 蚩尤にとっては、当たり前の事ではあったが、異邦人で有る悠李にとっては、神話に近い御伽噺でしかない。信じていないわけでは無いが、そう簡単に飲み込める話でもなかった。考え込む仕草を見せる悠李に、蚩尤は更に続けた。


「周家と宗家は?」

「血が薄まり、不死として生まれる者は殆ど居ないと聞く。だからこそ、姜家を敵視している」

「他は?」 

「居たが、殆どが衰退した。今は、殆ど只人と変わらない一族もいれば、世俗を離れ、静かに暮らす事を選んだ者もいると聞く」


 その表情は憂を帯びている。同族と呼ばれる種族が消えていく。それは儚くも見えるが、悠李の養父や目の前の男の生きた年数を思うと、同時に異常性が垣間見えていた。


「龍人族と獣人族も、元は神の御使いとの言い伝えもある。両者の違いは、龍人族の寿命が五百年と定まっているのに対して、獣人族は、寿命は人と変わらない事だ」


 何故?と聞き返したくなる事ばかりでも、悠李は無理矢理納得するしかなかった。聞いた所で、返ってくる言葉は、神の気まぐれか、神の領域と分かっていたからだ。


「……神学は苦手な様だな」


 悠李は武芸や文学、算術と、多方面に渡り、そつ無くこなしたが神学になると自身の常識を外れ、許容範囲を越えると思考が停止した。理論で考える悠李にとって、最も苦手な分野だったのだ。

 この国で神学とは、即ち歴史であり国そのものであるとも言えた。眷属神の血が混じった一族の養女となったからには、完璧では無いにしても、教養程度には身に付ける必要がある。教科書代わりに用意された、経典は、この国の宗教そのものだった。神が存在し、導き、国を成した。そもそも、国の始まりが神であると言う神話としか思えない内容は、悠李にとっては御伽噺にも近い。蚩尤の話の内容自体は覚えるだけならば簡単なのだが、信仰心の無い悠李に信じろと言うのが到底難しかった。


「……今日は、此処までにしよう。」


 蚩尤が書物を閉じると、時間を割いて説明している蚩尤に悠李は申し訳ないと項垂れた。


「理論詰め出来ない事は、どうにも苦手で……」

「何、気にする事は無い。私も若い時は、何故この国が封じられているかを、父や祝融様に訪ねたものだ」


 意外な言葉に悠李は顔を上げ蚩尤を見るも、穏やかな顔つきに驚いた。生まれた時から、この国に生きているのならば、全て受け入れているものだと考えていた。特に蚩尤は、生まれた時から後継という立場が決まっていた様なものだと聞いていた。だからこそ、意外でもあった。


「お父上や祝融様は、何と、仰られたのですか?」


 蚩尤は、目を伏せると静かに答えた。


「ただ一言、考えるなと」

「信仰は自由なのでは?」

「どの神を崇めるかは自由だが、神を信じないのは、御法度だ。私の立場で、民の信仰を揺らがせてはならない、というのもあったのだろう」


 疑問に持つ事は許されない。神を疑ってはいけない。特に諸侯という、一つの省を背負う立場になるのなら、尚更でもあった。


「疑念を抱くな。そう言われると、余計に知りたくなるから不思議だ。だが、知る方法など終ぞ無かった。父も亡くなり、そんな悠長な考えを持っている暇も無くなったのもあったが」


 蚩尤は腕を組み、何気なく、部屋を照らす行燈を見上げた。


「だから、私と同じく神に疑問を持ち、その存在に意義を唱えた悠李の考えが、面白いとも思えた」


 それは、まだ悠李が、この国に来たばかりの頃に目に見えぬ存在を疑って発言した言葉を意味していた。

 

 ―目に見えぬもの程、不確かなものは無い。


 悠李は信仰心の無い国で育ったからこそ、その考えに至っただけではあったが、それでも違う考え方を持つ存在が、この世にいるのだと思うと蚩尤は安心も出来た。


「私の考えは、この国では異端では?」

「そうだが、私の考え自体が、この世で異質では無いと証明出来た事ではあった」


 小さな閉ざされた国で育った蚩尤には、世界には様々な考えがあるのだと、証明した。


「まあ、眷属神の末裔としては、あってはならない考えではあるが」

「では、祝融様には内緒にしておきます」


 悠李は、悪戯を隠す子供の様に、無邪気に笑って見せた。


「そうしてくれると助かる。伯父上に知れたら、また小言を言われるからな」


 そう言われて、悠李は自身の養父に当たる男が小言を言う姿を想像してしまった。今の所、悠李にそれと言って、小言を言われた事は無いものの、なんとも、容易に想像できるものだと可笑しくなった。


「蚩尤様でも、お叱りを受けたのですか?」

「子供の頃は良く叱られた。人に関心を持て、とな」


 今の姿からは、叱られるなど想像出来ないが、人嫌いと言われる男の叱られる理由が何とも蚩尤らしいと悠李は、笑みを零していた。和やかに笑う姿は自然で、行燈の灯も相まって、頬は薄紅色に染まっている。蚩尤も悠李の姿に自然と笑みが溢れると同時に、その頬に手が伸びていた。

 美しくも、愛らしい姿に、幾度か頬を指でなぞると、より頬は赤く染まった。


「明日は、非番だったか?」


 わざとらしい訊き方だ。本当は知っている癖に、悠李がどう言う反応するかを楽しんでいる。相変わらず、蚩尤は悠李を見つめるが、悠李は思わず目を逸らしていた。

 

「……その予定です」


 いつになったら、こう言った感情に慣れるのか、悠李には皆目見当もつかない。蚩尤が嫌いな訳でもなければ、そう言った真っ直ぐな物言いが苦手な訳でもない。ただ、いつまでも、弄ばれているのが少々気に食わなかった。

 剣でも敵わず、知も学ぶことが多く、言葉となれば悠李の負けは必須だ。

 優位な立場を作ろうなどとは考えていないが、何か一つでも良いから勝る物が欲しい。だが、数百年生きている男相手に、その業突くな考えは悉く打ち砕かれていた。


「不満そうな顔だ、今日は嫌か?」


 ほんの僅かな機微も読み取られ、更には楽しんでいる。悠李の事などお見通しと、真っ直ぐに伸びた漆黒の髪を弄り始めた。

 悠李は逸らしていた目線を再び蚩尤に戻した。先程まで見せていた師の顔は無く、そこにいるのは悠李を女として見ている男の姿だ。その顔を見ていると、頭の中の考え事は何一つ纏まらない。何より、蚩尤が髪を弄る手が気になる。悠李が止めさせようと手に触れると、今度は悠李の手を弄り始める始末。

 自分の感情の筈なのに、思い通りにもならず、言う事もきかない。目に見えぬ物は、何と判りづらいのだろう。感情の起伏が少ない悠李にとって、神学と同じくらいに難題だった。


「嫌では……ありません」


 またも目線を逸らしてはいたが、その答えに、色づいた頬に、その仕草に、蚩尤は満足そうに微笑んでいた。

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