共感ー蓮介ー
平生な車内…目まぐるしく変転する情勢とは異なり多少は平穏に感じる。
そんなはずがぴょんぴょんと飛び跳ね、背伸びしてるやつがいる。と思いきや耳を塞いでみたり常時ソワソワしている。
同級生、同学校に入ってずっと同クラス。そんなわだかまりが残るような共通点を持ちながらも接点のないやつ。永恋。
そういえば最近ここ周辺に越してきたと聞いたことがある。恐らく電車に慣れていないのだろう。
大層優しく気配り上手だと誰もが感じながらも−2、3歳は幼い心を持っていそうだ。
正直あの雰囲気では小学校卒業か中学校入学…そう見られても十二分に有り得る話である。
俺は何事もないように本に目を向けた。永恋から何か視線を感じたようだが気にしないように思っていたのだが…毎々笑みが溢れている彼女は見えなかった。眉間に皺を寄せ、目が潤んでいるようにも見える。雷雨でも降るのではないか。
本を見ながらもチラチラと永恋の方向を二重三重に見るが変化はない。時間が止まった空間なのだろうか…このご時世のマスク着用の影響ではないこともはっきりとわかる。耳や鼻を塞ぎ出した永恋が目に間々入りながら俺はなぜか本からスマホへと持ち替えた。
ふとまた見ると今度は突然その場でかがみ込んでいた。具合でも悪いのだろうか…今にも押し潰されそうなこの車内で手助けに行くことは到底不可能である。
「次は〜〇〇駅〜〇〇駅〜」
俺らが降りなければならない駅のアナウンスが車内にかすかに聞こえる。
当たり前の日常のはずが、しどろもどろしている俺はアナウンス音が小さいことにも驚愕していた。
俺の感情、空気など読み取らず扉といったモノは開いてしまう。仕方ない。何があっても永恋を連れ出そうと決心した。遅刻は大恥。そして減点される成績…俺にとっても彼女にとっても宿敵なものであるはずだから…
永恋はかがみ込んだまま電車の外に押し出されていた。
俺が抱っこなんて最悪な結果にならないことに安堵してしまったが、それよりこの後彼女をどうするかである…などと考えていると永恋が顔を上げてまじまじと俺を見た。
流石に彼女は目を大きく見開いていた。
それはそうだ。電車内で記憶を失ってからホームにいるはずのない俺が近くにいる。そもそも彼女はここがホームだということも理解しているだろうか…
「優しいね。」
少し微笑んだ永恋から言葉が漏れた。不思議なやつ。
「大丈夫か?」
咄嗟に声をかけたが心から心配なのかは俺自身疑問である。
「うん、お陰様で。私、五感が敏感で…」
「感覚過敏ってやつか」
「…知ってるの?!」
「本で読んだことがある」
はっと知性的なことを言ってしまったが、先程の彼女の様子を見ていたらインターネットで検索したくなるだろう。(俺だけか?)
俺は本能的にスマホに持ち替えたようだ。
「感覚過敏の辛さはその人にしかわからない。共感はなかなかしにくいもの。でも少しでも理解者が増えるとありがたいものよ。」
赤い目で少し頬が赤らんだ永恋。この上なく活発でハツラツとしている印象だった彼女が今日は別者である。やっぱり不思議なやつだ。
従前の俺は相手を本当に理解できていたのだろうか…クラスメイトから聞き上手とは度々言われるものの無邪気に共感していたようでならない。理解とはなんだろうか。
考えれば考えるほど渦巻いてしまう俺の厄介な脳。
彼女は幼い…俺の個人の裁量で決めつけていたが、成長しているのだ。彼女は。