氏子寄り 4
夜行族。という者たちが、江戸時代の中ごろにいたという。
そのころ、僕たちの住むこの地域では、夜な夜な、人斬りが出て、多くの死者を出していた。その人斬りを行なっていた者たちこそが、夜行族。彼らは夜道に、明かりも灯さず現れ、的確に一太刀を振るい、確実に、襲われた者は死に至った。その、あまりの手際の良さに、『鬼』とまで揶揄されたほど。
……なのだとかいうおとぎ話を、僕は、天蚕糸先輩から何度も、聞かされていた。というのも、この、夜行族。僕の知る限り――というより、うちの民族史研究室の教授の知識をもってしても、なんらの存在を示す情報が得られなかったのである。よって、誰もがそれを、天蚕糸先輩の妄想だと切り捨てているけれど、成績の優秀な彼だからこそ、そんな得体の知れない研究に没頭することを黙認されていた。……さすがにその内容で卒論は通らないだろうが、ある程度、研究のためにいろいろな都合はつけてもらえているらしい。現地調査のための休暇や、研究資料へのアクセス、研究用の器具を貸し出してもらったり。
しかし、……そういうことか。彼がそこまで夜行族にこだわる理由は、彼の故郷、烏瓜村に住む者たちこそが、その、夜行族だから。村を追い出された――殺人の罪を着せられた。その恨みを晴らすためか、あるいは単純な知的好奇心であるかは知らないが、彼は偶然、歴史から記録すら消された――あるいはもとより残されすらしなかった夜行族を見知っていて、それについてずっと、研究していたのだ。確かに、天蚕糸先輩の言でしかないとはいえ、夜行族は、やがて全員が捕まり、追放刑を受けたということらしいから、つまりその追放先が、現在の烏瓜村、ということになるのだろう。
「……教えたげるよ、ノクト」
照花ちゃんは言った。詰め寄るようににじり寄っていた足を、一度、止めて。
「あたいは嘘なんてついていない。もし仮に、昨日話した内容に嘘があるとしたら、あの頼子が、あたいの、あいつに対する嫌悪に、気付いているってことくらいだよ。ほんと、忌々しい。あのお花畑。あいつはいまだに、なーんも知らねえでのほほんと、烏瓜村で暮らしてる。――ああ、だから、一緒に村を出たくだりも嘘になるかな。……まあ、それも些末なことか。……とにかくあいつは、氏戸家が担うお役目を、とうに知っているはずの年齢に達したいまでも、なんも知らずに幸せそうに、へらへら笑って過ごしてるんだ。氏戸家のお務めも、果たさないどころか、その存在すら、知らないままにね」
「……??」
やけに深い疑問を、天蚕糸先輩は表情で表現していた。その答えとなるかはともかく、照花ちゃんは話を、続ける。
「過保護すぎるんだよ、おにーさん。あんなバカを、溺愛して溺愛して、お務めはおにーさんがひとりでやってさ。……だから、あたいが代わりにやってんの。あのお花畑の――バカ頼子の代わりにね!」
そう、感情をあらわにして声を張り上げると、いま一度、止めていた足を踏み出す。蛆虫でも踏みにじるかのごとく。一歩一歩を、力強く。天蚕糸先輩に、にじり寄っていく。
「そうか……そういうことか……解ってきた。……夜行族に関する資料に、こういうものがあった。いわく、『鬼と交われば鬼となる』。そもそも幼い記憶だけれど、当時、あの烏瓜村には夜行族――その瞳を持つ者が多すぎた。ただ子孫を繋いできただけにしては、あんな劣悪な環境で、平均寿命も短かっただろうに……そもそも、追放された当時、たった六人しかいなかった夜行族が、生き残っていること自体がおかしいんだ。そうか――」
天蚕糸先輩は、体をがたがた震わせながら、ぶつくさ呟いている。一歩一歩、照花ちゃんに歩み寄られ、一歩一歩、それから逃げるように、後退しながら。
「ノクト……あんた――」
「操介さん、だろ?」
天蚕糸先輩は、意を決したように――腹を括ったように、言った。体の震えを、止めて。指を差し、重大な事実を、突きつけるように。
「鬼の継承には時間がかかる。一説には、数年とも、十数年とも……。だったら照花ちゃん。君は、ずっと、幼いころからお兄さんと――」
「……知りすぎたね」
照花ちゃんは言って、最後の一歩を、大きく、踏み出した。天蚕糸先輩はもう、壁際まで追いやられている。それ以上、逃げ場は、なかった。そこへ深く、照花ちゃんは寄り、まるで甚平を見せびらかすように、華麗に、一回転。だから瞬間、僕の視界にも、照花ちゃんの表情が垣間見えた。やけにスローモーションに感じたその一瞬で、僕の、決してよくはない動体視力は、彼女の、ニケケ、と、笑った顔を、しっかと捉えていたのだった。
――そしてその手に握られていた、鈍色の長物も。
――それが遠心力で鋭く、天蚕糸先輩の喉元に、食い込むさまも。
――飛沫が上がって、照花ちゃんの、くたびれた色の甚平を、元来の物のように、鮮やかに染め上げたことも。
全部。全部――。




