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氏子寄り  作者: 晴羽照尊
第七話 蛆の掃溜め
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蛆の掃溜め 2


 私たちは、目を剥いた。ひん剥いて、見た。片手は体を支えるように、公民館の壁について。もう片方の手で、きっと、口元を覆っていた。おそらくそのようにして、その光景を、ずっと眺めていた。目を逸らすことが、できなかった。あまりに残酷で、吐き気を催そうとも、なぜだか目を逸らせず、耐えて、見ていたのだ。

 すっかり静まり返った大人たちの中に、私のお父さんが、大きな包丁を持って分け入る。群衆が道を作り、ふたつに割れるから、私たちは、彼らがなにに群がっていたのかを、その一部を、見ることができた。

 それは、動物の死骸だった。

 お父さんはその動物のそばに腰を下ろし、一瞬ためらったあと、その包丁で、動物の体を、細かく切り落としていった。足先から、順に。肉を削ぎ落とすのではなく、ただただ一定の大きさに切り分けるように、骨ももろとも、切り落としていった。切り落とされたそばから、周りの大人たちが、それらをひとつずつ、拾い上げていく。死後、いくらか経過していたのだろう。血も、もうそんなに出ていなかった。

「よいか? ――して――――」

 おばあちゃんの、なんらかの指示が飛ぶ。そんなことなど、言われるもでもなかったのだろうか。大人たちはなにを言われても特段の反応も見せず、ただただ、機械のように切り分けられたものを、拾い、そして、あらゆる処理を施していく。

 串で刺し貫くもの。釜戸で炙り焼くもの。叩いて伸ばして、潰してこねて。重石を乗せてじっくり圧力をかけたり。台に叩きつけて一気に形を整えたり。水(?)などに漬け込み、塩(?)などをまぶし、紙(?)などに包み。多種多様な方法で、処理を進める。ただ、どの肉片も、お父さんが切り分けたものより細かくは切っていなかった。その形に、大きさに、意味があったのかもしれない。

 そうして着々と処理は進み、あらゆる方法で蹂躙されたそれらは、ひとまとめに、奥の壁の方に敷かれた布の上に積まれていった。それも、最初は群衆に紛れて見ることができなかったが、奥の壁にはどうやら、『清観(きよみ)の儀』のときにあの部屋で見た、御神体とも呼ぶべき彫刻が施されていた。つまり、あれは、ノイギィに捧げる儀式だったのだ。

 ひとつの死骸を、複数に切り分け、あらゆる方法で処理。それらをうずたかく積み上げ、捧げ物とする。おばあちゃんの指導のもと、お父さんの手で解体。村中のみんなで協力して――きっと過去にも、何度も、行われてきた、儀式。


 私たちが信仰する、ノイギィに捧げる、贄の儀式。


 とある、私たちにもっとも馴染みの深い、動物――人間の(・・・)死骸を(・・・)使って(・・・)行われる(・・・・)、儀式。


 肌色と、黒ずんだ青、黄色、そして、あまりに鮮やかな、赤色。そんな、ど田舎の烏瓜村ではなかなかお目にかかれないような、鮮明な色合いを放って、その死体は、村の大人たちの手によって――私のおばあちゃんやお父さんたちの手によって、神に捧げられていた。


「おうえ……」

 と、先に崩れ落ちたのは、照花ちゃんだった。でも、きっとあとほんのわずかの差で、私もそうなっていただろう。たぶん、私にとっては身近な大人が、こんな怖ろしい儀式の中心にいるという非現実感が、わずかに私の意識を、路頭に迷わせてくれていたのだ。

 照花ちゃんに先を越され、私は現実から逃避するタイミングを見失った。だからそこから先も、私は現実をただただ純粋に、直視することとなる。

「呪え。呪え。呪え」

 それだけはどれだけの大人が騒いでも、実によく澄んだ声で、耳に入った。

「マヅラの(もん)は、肉のひとつまで呪え。血の一滴まで呪え。呪って呪って、ノイギィに捧げろ」

 指揮をとる、おばあちゃんの声。いつもモゴモゴと、なにを言っているのか聞き取りづらい、あの、声。

「呪え」「呪え」「呪え」「呪え」「呪え」「呪え」「呪え」「呪え」「呪え」「呪え」

 扇動され、また、ヒートアップしていく、大人たち。十人十色の声音で繰り返される、とてもまっすぐな、怨恨。

 耳に水飴を流し込むようなおぞましさに、私は、地に伏した。両耳を塞いで、照花ちゃんの隣へ、身をかがめる。

「おうえぇ……!」

 と、ようやく追いついてきた私の体は、順当に吐瀉物を、排出する。それは照花ちゃんが先に出したものに重なり、血液みたいにおぞましい臭気を、極寒の中に白く、立ち上らせた。

 その、吐瀉物にまみれるように、うなだれる。そんなことになど気を遣う余裕などなく、無抵抗に私は、その中に手をついていた。ぐちゃり。と、腐肉を潰したような感触。気持ちの悪い、生ぬるさ。だからまた胃から込み上げるものがあって、でもそれを無理矢理抑え込んだから、代わりに両目から、ぼたぼたと涙が溢れ出した。それはまだ綺麗なままの手の甲に落ちて、濡らし、寒風に凍えさせる。

 ふと、その手を――吐瀉物にまみれて汚れたその手を、照花ちゃんが上から、握ってくれた。一緒に汚物に、まみれてくれた。


「……逃げよう」

 照花ちゃんは、言った。私と同じで、ぼたぼたと涙を――堰き止めようとしても溢れてしまう涙を、流しながら。


「……うん」

 だから、私はあまりに自然と、うなづいていたのだった。



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