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氏子寄り  作者: 晴羽照尊
第七話 蛆の掃溜め
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蛆の掃溜め 1


「でも、なんか、騒がしくない?」

 なにが『でも』なのかは解らなかった。だが、確かに、騒がしかった。大人数での姦しさが、膜を隔てて消音して、それでもなお、騒がしい。見ると、その騒がしさは、村の中央あたりにある、公民館――のような建物から聞こえた。何度も話に登場している、村の中央にある柱時計。そこに引っ掛かっているふたつのスピーカー。それらから伸びるコードが辿り着く先の、一軒の屋敷だ。実のところそこから、村全体へ向けて伝達事項などを、スピーカーを通して伝えられるらしいが、私は一度もそのスピーカーから夕方五時を知らせる以外の音声を聞いたことがなかったので、きっともう、有名無実化していたのだろう。

 ともあれ、そんな屋敷から、幾重もの声が、聞こえた。なにを言っているかは、聞き取れない。

「行ってみよっか」

 言い出したのは、私だ。まだ散歩を続けて、勉強から遠ざかっていたいという意志の表れでもある。だが、単純な興味も強かった。

 好奇心というものは、本当に動的なものだ。ことの清濁も関係なく、おもむろに人の人生を、狂わせる。


        *


 一筋ヒビの入ったところをビニールテープで簡易に補修した窓があった。そのそばに腰をかがめて、そっと顔を上げて、中を覗き見る。そうしてまず見えたのは、うじゃうじゃと群がるたくさんの大人たち。その、後頭部だった。覗き見る私たちにとっては都合のいいことに、彼らはみな、例外なく、こちらに背を向けていたのだ。

「……なにやってんだろう?」

 数秒、じっくりと観察してから顔を降ろし、窓の下に隠れるようにして、私は、照花(てるか)ちゃんに問うた。

「……なんだろね?」

 照花ちゃんも同じ疑問を持っていたらしい。互いに首を傾げて、体と、声をひそめた。

「村の大人たちが集まってたね」

 照花ちゃんに言われて、私はそう、気付く。確かに、子どもの姿はひとつもなかったような気がした。とすれば、さきほど我が家に両親やおばあちゃんがいなかったのは、この集会のため? と、思い至る。だから私は、こっそりひとりで、もう一度、公民館の中を覗き見た。

「お父さんとお母さん、いた」

 私は再度しゃがんで、照花ちゃんに報告する。

「おばあちゃんさんは?」

「解んない。いないのかも」

 お父さんとお母さんは、あの集団のはじの方に、やや距離を置いて座っていたから見つけられたが、どうにも彼らはだいぶ寄り集まっていたから、互いが互いを隠して、陰を作って群れている。ゆえに、その集団の先頭の方は、誰がいるのかほとんど見えない。そのうえ後頭部だし、なお判別は難しかった。ぱっと見ではおばあちゃんは見付けられなかったが、それでいないとも、断定はできなかったのだ。

「結局、なにやってんだろね?」

 繰り返しになる疑問を、照花ちゃんが放つ。私も首を捻った。

 すると、ちょうどいいタイミングで、騒がしかった館内が急に静まり、ぼそぼそとした、誰かの語る声だけが小さく響き始める。

「この――――だから、これは――もんじゃ」

 私と照花ちゃんは耳をそばだてるけれど、声の主はどうにも、弱々しい声で、さらにはふがふがなに言ってるのか聞き取りにくい発声をしていたらしく、断片的にしか聞き取れなかった。

 でも、だからこそ、私はその声の主が、私のおばあちゃんなのだと、理解してしまったのだけれど。

「そうだ!」

 と、おばあちゃんの声に合わせて、他の誰かの声が、逐一、いくつも、徐々に沸騰して立ち上るあぶくのように、湧いてきた。だから、おばあちゃんの声は、また、騒々しさの中に埋もれていく。

 私は、ふと、怖くなった。なにが行われているかは、この段階ではまだ、解っていない。いや、正直、あれから三年経ったいまでも、よく解っていない。でも、解っていないからこそ、それは怖ろしかった。だってそれは、私たち子どもに隠された儀式だからだ。子どもの目に触れさせまいと――そのように隠さねばならないと、大人が判断した集会だったからだ。それは、私たちの知らないところで、きっと、これまでも何度も、行われた因習だったからだ。

「では、そろそろ切り分けさせていただきます」

 そのように、声が上がった。それに合わせるように、急に火を止めたみたいに、沸騰していた声は静まった。その、水をぶっかけたような冷たい声は――最初、誰のものだか解らなかったけれど、私の、お父さんの声だった。

 だから、私は、もう一度、窓から中を、覗き見る。照花ちゃんも、隣で、一緒に。



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