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氏子寄り  作者: 晴羽照尊
第四話 視覚的不協和
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視覚的不協和 5


 さて、『清観の儀』のハイライトだ。儀式の本番。そして、事件の始まりでもある。

 祭殿に到着すると、厳かな雰囲気の中、おそらくノイギィ派である村人たちが十数人ほど集まっていた。彼らはほとんどが普段着である。野次馬のようなものだ。あるいは、その中に、私たちの両親やおばあちゃんも含まれていたので、保護者であったりもしたのだろう。我が家に関しては両親は来ていない。おばあちゃんと、ここまで引率してくれたお兄ちゃんだけだ。ちなみに照花ちゃんのご両親は来ていなかったようである。そもそも私は一度として、彼女のご両親――その他ご家族と会ったことがない。いや、ご家族、という観点として、そもそも私は友達のご家族をほとんど知らなかった。知っているのはせいぜい、定子ちゃんのお母さんくらいである。

 一度、少しだけ話に登場した、定子ちゃんのお母さん。ノイギィ派の現役の巫女様だ。彼女も、娘の付き添いを含めて訪れていて、相変わらず鋭い目つきで怖そうな印象を受けたのを覚えている。ちなみにこの日も巫女服だった。というより定子ちゃんのお母さんに関しては巫女服姿以外を見たことがない。

 定子ちゃんは、私たちが到着したころにはすでにいて、そのお母さんと並んで待っていた。母娘が並んで立っている、というよりは、ふたりの巫女が職責のために待機している、というような絵面だった。定子ちゃんは巫女服じゃなくて私たちと同じ白装束ではあったが。

 私たちを見つけると、定子ちゃんは少しだけ微笑んで、一度、浅く頷いた。確かに控えめな子ではあるけれど、友達を見つけたら手を振って駆け寄って来るような子だったのに、その日は大人びて凛としていた。お母さんに言い付けられていたのか、彼女自身が気負っていたのかは解らない。ともあれ、あまり賑々しくするのもはばかられたので、定子ちゃんのそばへ寄って話をしようという気にはなれなかった。

 ややあって、ケンシくんもお母さんと一緒にやってきて、最後にノクトくんが、彼はひとりでやってきた。これで役者は揃った、というところである。

 澄んだ冬の夜に、二度、手を打ち鳴らす音が響いて、「それでは定刻ですので、始めさせていただきます」と、定子ちゃんのお母さんが宣言した。


        *


 定子ちゃんのお母さんに案内され、まずは男子ふたりが、祭殿に向かって左手から内に入った。そのころになってようやく、私たちと定子ちゃんが合流する。

「定子ちゃん。今日は一日、なにしてたの?」

 私から問うた。

 定子ちゃんは少し安堵したような、肩の荷を下ろすように眉を下げて笑い、「うん」と、まず頷いた。

「準備、してた……っていうか、おかあさんのお手伝いがメインかな」

 そう言って、さらに一層、肩を落とす。どうやら疲れているように見受けられた。だからその点を読み取って「お疲れさま」と言っておく。

 定子ちゃんはまた困ったような笑いを浮かべて、力なく首を左右に何度か振った。

「今日はまだマシ。これから、もっと忙しくなるってさ」

 この日はここまでしか聞けなかったけれど、あとで聞くところによると、儀式以降は本格的な、ノイギィの巫女様としての訓練――のようなものが始まったのだとか。それでも私たちはよく遊んでいたし、定子ちゃんが巫女として活躍する場面も、ほとんど見られなかったけれど、どうやらそういうことらしい。『清観の儀』が、前述の通りノイギィ派にとって、子どもから大人へ変わる分岐点だと思えば、まあ、妥当な流れだったのだろう。よくは知らないけれど。

 この日、話がここまでしか聞けなかったのは、すぐに巫女様――つまり、定子ちゃんのお母さんが戻ってきて、今度は私たち女子を、祭殿に向かって右側へ案内し始めたからだ。「こっちよ」と、端的に言って、私たちの反応も見ずにそそくさと歩いていく巫女様を駆け足で追って、私たちは誘われた。ノイギィの祭殿、その一室。十畳ほどの部屋に、置かれた御神体。いや、あれは御神体というより彫刻だ。襖から入って正面の壁。そこに直接彫られた、巨大な狐の――ようなものの彫刻。当時はノイギィが狐の姿をした神様だとは知らなかったから、それが狐だと思うことはできなかった。し、おぼろげな記憶であれど思い返すに、あれをいま見たとして、狐と思えるかは疑問でもある。元来の姿ですら、さして狐に似せて彫られてはいなかったのだろう。そのうえ、どれだけ古い作品かは知らないが、経年によりどうやら古ぼけている様子であったのだ。ところどころひび割れてもいたし。それでもなんとか、その顔に関しては彫刻の中央、その、かなり低い、床につくほどの位置にあることはうかがえた。元来のデザインなのか、はたまた劣化のせいなのか、その双眸であろうと思われる場所には、深い深い窪みが開いていたのである。

 たくさんの蝋燭でもって、電気の通っていない烏瓜村の夜にしては、やけに明るく照らし出された、仰々しい一室だった。だがその仰々しさゆえに、完全に隔離され、外からは覗き見れないであろうという安心感はあった。あれも儀式を円滑に進めるための方策だったのだろう。ただでさえ恥ずかしい儀式なのだ、わずかでも外から中を――見えないにしても――気取られるような環境であるだけで、萎縮して、ちゃんと行うことができなくなってしまう。

「じゃ、定子」

 と、一言。母娘間の気の通ったコミュニケーションだった。それだけを残し、なんの説明もないまま、定子ちゃんのお母さんは、ぴっしりと襖を閉めて、いなくなってしまった。真四角な部屋の壁に沿うように並んだ蝋燭だけが、ぼうっと私たちを照らしていた。


        *


 ここから先は、当然だけれど、女子たちのことしか解らない。というか男子たちがどのようにこの儀式を行ったかなど知りたくもない。とはいえ、儀式かどうかはともかく、この後の男子の行動のいくらかは、否が応にも知ることにはなるのだが。

 とにかく、私たちの話だ。私たち女子の――私と、照花ちゃん、そして定子ちゃんの話である。

「えと、ひとりずつやるんだけど」

 定子ちゃんが控えめに、それでいて彼女にしては珍しく声を張って、そう、切り出した。

「わたしが最初にやるから……見てて」

 ひとりずつ行うことは知っていたが、てっきり待機している残りは背を向けたりして儀式中の人を見ないものだと思っていた私は、少々驚いた。というより、若干焦ってもいただろう。自分のものも見られるのか、と。

 しかし、定子ちゃんは先に言ってくれなかったけれど、どうやら彼女だけ、私たちに『お手本』を見せるためにあえて『見てて』と言ったらしかった。説明が欲しいところである。私は自分のも見られるかもしれないということに焦っていたし、照花ちゃんはのちに、「露出趣味かと思ったよ」とか言って、ニケケと笑うことになったのだから。



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