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いってきます

作者: KF-6378

何を書くべきかとか、色々考えますが特に思いつかないので、書きやすいものを書きました。

日常描写は書いてて楽しいものがあります。

 目が覚める。冷え切った部屋の窓のカーテンの隙間から光が漏れている。今日は重要な日だ。10時から新しい取引先の担当者との顔合わせと商品説明がある。入社して以来、先輩の竹中さんに付き添って行っていたが、今日から始めて一人で行うことになる。時計を見るとまだ5時半。気が早いことだが、少し緊張している。

 寒さで少し強張った体を起こしながら、冷たい床に足をつけベッドから起き上がる。いつもの朝の日課をこなすのだ。食パンをトースターに入れ、ヤカンを火にかけて、顔を洗いに洗面台に行くと、最近忙しくて掃除が出来ず埃が積もってる蛇口付近から目を逸らしつつお湯を出して顔を洗う。今日のための準備で遅くまで準備をしていた眼がほぐされ気持ちがいい。

 手早く顔を洗い、タオルで拭くとトースターからのよく通る景気のいい音が聞こえる。パンをさらに移しテーブルに置くと、ヤカンからの催促の声が聞こえる。焦らずリプトンのティーバッグをマグカップに入れる。待ちくたびれて不満を口にするようにシューシューと音を出すヤカンの火を止めて、カップに熱々に沸騰したお湯を縁ギリギリまで命一杯注ぐ。ヤカンをコンロに戻しがてら、マーガリンを冷蔵庫から引っ張り出し、朝の日課の成果を目の前にしながら椅子に座って一息つく。これが私の日常なのだ。

 パンにマーガリンをたっぷりと塗り、一気に大きく一口をかじる。スリープ状態のパソコンを起動させて、興味深いニュース記事はないものかとに目を滑らせながら、パンをかじり続ける。食パン2枚に紅茶。今日は少し贅沢に一昨日買った極早生蜜柑もある。気合を入れていこう。

 朝食を終えると、6時を回っていた。少しゆっくりし過ぎたかもしれない。7時になると電車も混み始めるため、早めに家から出るのがこの2年間で見つけた日々を快適に過ごすためのコツだ。流しに食器を運び、スーツに着替える。冬が近くなるとなぜかズボンが少しキツく感じるのは気のせいだということで今年も乗り切ろうとしている。去年もそうであったし、恐らく来年もそうなるだろう。

 重要なイベントというのはこの一見単調な日常のなかでもたびたびあるが、そういう時はワインにように少し濃い赤に白く2本の斜線が入った父から贈ってもらったネクタイをつけることにしている。まるで頑張れよと励まされているかのように感じるからだ。もう長いこと会うことも、声も聞いていない。24時間誰とでも連絡が取れるようになり、どこか気の休まらないこの時代の中では、身近な人はかえって連絡を取らないものなのかもしれない。今夜、久しぶりに電話でもかけてみようか。

 洗面台の前でネクタイを締め、歯を磨く。もうそろそろいい時間だ。行くとしよう。玄関で靴を履きながらふと考える。この日常の儀式も誰かがそばにいたのならまた変わるのだろうか。生活の中に恋人、あるいは、控えめにペットのような存在が訪れたのならば、たちまち攪乱され今のものとはまったく別のものへと化学変化を遂げるんだろうか、と。この単調ながらもどこかまどろむような幸せを感じている私自身もこの生活も、たちまち形を残さないほど変貌してしまうのだろうか、と。

 ただ、そんな疑問を抱きつつも電車の時間が迫りくる中で、次のことへと足を進めなければならない私は、憶病ながらも小さな一歩として、普段口に出さない言葉を誰もいない部屋に一言、残してみた。

「いってきます」

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