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天才理論  作者: 三輪 圭一 ・
9/23

第九話

 今年こそ解明してやる!彼はそう思いつつ記憶した音程とリズムに合わせて歌詞を歌いあげていく。既に中間テストが終了し、冬らしい寒さの日がまばらに発生してきた頃、クラスで合唱の練習が始まった。彼のテストの結果は思いのほか好調で、ちゃんと一桁に戻っていた。そのため、いじめは緩和された。曖昧な立場にいた人が多かったという事の裏付けとなる事実が、彼を少し元気にした。まぁ、まだいじめは継続中だったが。

去年は結局分からず仕舞いだったからな、今年こそあの理解不能な現象が何によるものかを解明し、研究をステップアップさせなければ。最近全然研究が広がらないし、行き詰まっている感覚がある。早めにこの感じから脱しなければ。

斯くして、合唱コンクール本番当日。本番を前にして、彼は異様に自信に満ちた顔をしていた。

去年と比べて頭の回転の低下が明らかに無い!これならいけるかもしれない。っふふ、一体どんな事実が待ち受けているというのか楽しみだ。

じゃあお願いしまーす、という声に応じ、彼のクラスは移動を開始する。次第に彼の心拍数も上昇していく。

そしてひな壇に上り、全校生徒の前に立つ。

いいぞ!いいぞ全然頭が回る!情報収集が可能だ!これも研究の成果か?まぁ分からんが明らかに成長はしている。

指揮者が台に上り、指揮棒を振り上げる。練習通りそれを合図に皆が脚を肩幅程度に開く。そして彼は繰り返し歌った事により作成した今年版の音声データを正確に歌い上げていく。

どうだ?…まだ変化なしか。まだ始まったばかりだし仕方ない。というかこの研究が進むという事に関する興奮状態への遷移は本当に研究が進むという事に対してだけなのだろうか。もしかしたらこの状況だからこその興奮状態なのかもしれない。という事は、大勢の人々の前で集団で歌うという行為は、歌手を興奮状態へと遷移させる効果がある可能性があるな。観察してみよう。

そう思い立ち彼は指揮棒に固定しておいた視線をクラスメイトへと向ける。

うーむ。確かにある程度の興奮状態である事は見受けられるが、それと同時に冷や汗を搔いているようにも見えるな。だがまぁ興奮状態である事は確実だし、問題ないだろう。それよりも問題なのはまだ私が何も感じていないという事だ。まぁ、きっとまだ時間はあるだろうし大丈夫だろう。取り敢えず今は観察だ。自分が何も感じないなら他の人がどう感じているか観察した方が明らかに有意義だろう。…これは何だ?先ほども感じたが何か変だ。どうにも、矛盾した態度が見て取れる。顔は頑張って指揮棒を見て、時々首を動かして声が出やすいようにしていて、一見歌に全力を割いている印象を受けるが、手の端の方や脚は明らかに震えており、逃げ出したいような印象を受ける。一体これは何なんだろうか。生物とは、基本的に本能に従う。ヒトはそこに理性というおまけも付いてくるが、所詮おまけはおまけ。あまり影響を及ぼさないものと考えていたが、これほどまでに影響があるものなのだろうか。まぁ、確かに今社会が成り立っているのも、その理性というものの効果だが、欲のために法を犯すのだって、女性だなんだという話に大体の男子が興味を持つのだって、結局は本能に従っているだけに過ぎない。そして、ヒトは本能が行動の殆どを決めているものだと考えている。がしかし、この状況を見てしまうと、どうにもこの考えに欠陥があるようにしか…いや、そこまで理性が幅を利かせられるなら、いじめなんてものは存在しない。そして保身にも走らない。傍観者であろうとしない。確実に助けようとするはずだ。理性は良心と呼ばれるものを基として出来ているはずだから。…本当にそうか?そうだったら常にテレビで取り上げられている汚職事件は何故すぐにバレない?いじめが消えないのは?ヒーローが現れないのは?…もしそうだとすればヒトは…

彼が結論に至りそうになった時、会場が割れるような拍手で包まれた事により、彼の思考は一瞬そらされた。そしてすぐに歌が終わってしまった事を悟り、彼は落胆した。

嘘だろ。おい、一年、一年かけても何にも分からず仕舞いじゃないか。ははっ、クソが。

彼は結局彼にとって革新的な考えを思い浮かべる事が出来ず、そのまま合唱コンクールは終わってしまった。


冷たい北風に当てられ、鼻を赤くしながら彼と彼の友人は沈みゆく太陽を背に下校していた。

結局それから研究が何も進まないまま刻々と時は過ぎ、冬休み二週間前となってしまっていた。

「最近、皆のお前への当たりも弱まってきたな」

「あぁ、そういえばそうだな」

合唱コンクールとの間にもう一度テストがあり、彼はまた学年二位を取った。そのため、全盛期程ではないにしろ、彼は確実にカースト上位に食い込んでいた。そのため彼はまた研究しやすい環境が整ったと大歓喜していたが、あくまで謙虚な人柄を立てるようでそこまで良い反応はしなかった。

「おかげでこちらとしてもアイツらに話しかけやすいようになってて、遂に仲直りができそうだぞ」

「…ちょっと前から思ってたけど、お前どうやって仲直りさせようとしてんの?あの態度の奴らに話なんて通じないと思うし、それこそ俺の名前を出した時点で聞く耳を持つなんて思えないが」

「それな。俺も最初はダメ元だったんだけどさ」

「いやダメ元だったんかい」

「おん。それでも勇気を振り絞って話してみたらさ。アイツら意外と話聞くのよ。それと、今流れが変わって話がしやすくなったって言ったけど、改めて考えると少し不自然だよな。案外、仲直りしたかったりしてな。はっはっは」

「かもな。」

彼は曖昧な返事をしつつそんな事あるのだろうかと思案する。

ここまで約半年。俺が皆から嫌われるようにありとあらゆる手を尽くし、実際俺も精神的負担を受けていたという事実。そしてその勢いが竜頭蛇尾とはかけ離れたまさに竜頭竜尾のような徹底した体制。ここまでしておいて本心では仲直りしたい。正直言ってあり得ないと思う。いや、あってはいけないと思う。内心では仲直りしたい。と思っているという事は、最初から仲直りをしたいという考えが彼らの中に渦巻いていた訳であり、それならあそこまでする事は無いだろう。何かが変化をもたらした?それは無いと断定して良いだろう。あそこまでの徹底ぶりは他人がどうこうできる次元を超越している。

「彼奴等もきっと根は悪い奴らじゃないんだ。きっと仲直りできるって信じてたけど、卒業までに仲直り出来るとは思ってなかったよ。きっとお前のおかげだよ。ありがとう」

彼は本心とは真逆な、他の人の会話の観察によって創った会話用の思考回路を使い、自然な返しをする。

「その感謝の言葉一つでこれまでの努力が報われるってもんよ」

でも、もし仮に何かが要因で彼らの考えが変化したなら確かめてみたいものだ。

「本当に感謝してもしきれないな」

「まぁ、まだ完全な仲直りまではいってないんだがな」

仮に俺が向こうの立場だったとすると何が要因になりえるだろうか。

「そこはこれから君が何とかしてくれるでしょう?」

「その通り!あとちょっとだから待っててくれ。じゃ家着いたから。また明日なー」

そうだな、やっぱり俺は変化する事は無いだろうな。じゃあ一体何が例として挙げれるのだろうか。

「おぅ」

何が彼らの壁を壊したのだろう。

彼は何もわかっていなかった。今思うと何て馬鹿なのだろうと溜息が出る。きっとこれは若気の至りというのだろうか、いやちょっと用法が違うか。中二病だったという方が正しいかもしれないな。かなり現実的な中二病な事だ。

 その更に一週間後、彼はその友人に呼ばれ学校玄関正面のプロムナードに放課後呼ばれていた。

何だろうか。いつも教室で会ってそのまま帰るのに。

多少の疑問を持ちつつも、彼は鞄を背負い放課後プロムナードへ向かった。

「…え」

靴に履き替えプロムナードに出てきた彼はその光景を見て硬直した。そこには呼びだした友人。だけでなく他のいじめられている間も仲良くしてくれていた友達、喧嘩した元友達。そして取り巻きが十人程が待ち構えていた。

「圭一!」

彼の硬直した体が再び呼吸を始める。

「こっちこい!」

そう友人に言われ、ほぼ思考停止に陥っていた彼の脳は特に何もせず、脊髄反射的に彼の脚は人のドームに歩みだし、元友達の前で止まった。この仲直りの立役者である彼が仕切り始める。取り巻き達がより見えやすいように彼らを囲むように移動する。

「えー、それではまず木村達!」

彼らが頷き、同時に軽く頭を下げ

「ごめん!」

困惑する彼

「次、圭一!」

彼も軽く頭を下げ

「こちらこそごめん!」

静寂が通り過ぎ、木村は顔を上げ彼の手を掴む

「ありがとう!」

「おぉー!」

今度は取り巻き達が歓声を上げた。そしてそれとほぼ同時に彼の友達が彼に寄って口々に声を掛け始める

「良かったな!」

「マジで良かった!あいつ等と仲良かったから気まずかったのよな」

「良かった良かった」

…え?

この歓喜の台風に乗れていない人物が一人だけいた。

どういうことだ?何で…

そして取り巻きが木村達に催促を始める。

「なぁ、もうそろそろ帰ろうぜ」

「しっかり仲直り出来たことだし」

何で何で何で何で何で何で何でいやでも何で何で何でだって何でだけど何で何であんなに何でこれだけ耐えたのに何でそんなあっさり何で俺は何で彼奴等は何でこんな結末に何で何で何だ何だこの感覚は何がどうなってどうして…

「そうだな!」

そう言って彼らは帰る準備を始める。その空気を感じた彼はふと我に返った。

このままじゃいけない!せめて理由!理由を聞かないと!

「ちょっ…まっ」

「じゃあな!また明日!」

彼の呟きのような叫びは届かず、彼らはにこやかに帰って行ってしまった。その顔は、本当に清々しく、私からすればその顔はまさに人生において最も幸せそうな顔だった。


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